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【68】それでも俺はやってない!


 転生七十七日目。


『良いか? 勝手に外に出るんじゃないぞ? お前が転移魔法を使えることは分かっているんだ。もしもこちらの許しなく牢の外へ出れば、その瞬間にお前の容疑は確定することになるからな』


『…………』


 ――ガシャン!


 乱暴に牢の扉が閉められ、外側から鍵が掛けられた。


 それから牢番の兵士は踵を返して去っていく。


 その場に取り残されたのは俺だけ。


 やあ、こんにちわ。クラゲです。俺は元気ではありません。意気消沈です。しょんぼりです。


 というのも、現在俺がいる場所を思えば、元気ではいられないことは分かってくれるかと思います。


 ここが何処かと言うと、アトランティスの海底都市、その一画に建てられた海底監獄の中で、牢屋の中だ。俺は罪人よろしく、牢の中に囚われているのだった。


 もちろん、逃げようと思えば簡単に逃げられる。


 今も俺は自由に魔法を使うことができるから、転移を使えば一瞬で監獄の外に逃げることができるだろう。しかし、それをするわけにはいかない。


 なぜなら、現在の俺はアトランティスで起こった連続殺人事件の重要参考人であり、容疑者だ。俺は身の潔白を証明するために、自分の意思でここにいる。もしも脱走なんてしてしまったら、自ら罪を認めるようなものだ。


 ここが現代日本なら明確な証拠なしには罪に問えないが、残念ながらここは日本ではない。高度に成熟していない社会において、時と場合によっては、裁判に明確な証拠など必要ないのだ。


 それでも俺がいまだ有罪になっていないのは、俺が使徒だからで、ネイアたちが俺の無実を訴えてくれているからだ。


 まあ、最悪有罪になったところで、転移で何処へなりとも逃げ、二度とアトランティスに来なければどうとでもなる。だから根っこのところでは気楽でいられるのだ。今の俺の命を脅かすことなんて、それこそリヴァイアサン専務レベルの超越者でもなければできないだろう。


 んで。


 なぜ、こうなったのか。


 それは転生七十五日目まで遡る。



 ●◯●



 思い返してみれば、その日からちょっとおかしかった。


 何がおかしかったのかといえば、ネイアやサーチャたちが忙しそうにバタバタとしていたことだ。何時もなら暇をみては俺のところへやって来るのに、その日は神殿内にいる時間も短かった。


 何かあったのか、神殿の外へ出掛けていたようだ。


 まさかサハギンの襲来かと思って千里眼もどきでアトランティス周囲の様子を念入りに調べてみたが、サハギンの姿はその影すらも見当たらなかった。


 神殿へ戻ってきたネイアたちは、俺へ食事を運んで来ると、申し訳なさそうに、けれど理由も告げず、今日は神殿から出ないようにとお願いしてきたのだ。


 俺は戸惑いながらも、深く追及することなく頷いた。


 理由は後で必ず教えると言われたこともある。それに俺はいまだにサハギンの巣を探していたこともあって、暇ではなかったしな。


 んで、それからさらに、なぜか部屋の外にネイアの侍女が控えるようになり、翌日。


 今度は慌ただしく、幾人かの兵を伴ったレウスとネイアたちが一緒に神殿へやって来た。


 レウスは俺に会いに来ると、挨拶もそこそこに、


『申し訳ありません、使徒様。幾つか、確認させていただきたいことが。今は理由を聞かずに、お答えいただけませんか?』


 と、非常に申し訳なさそうな顔をして、言った。


 この時点で、さすがの俺も何か問題が起きていることを悟ったさ。それも、想像が間違いでなければ俺に関する問題だ。


 その問題が何か分からないのは不安でしかなかったが、レウスやネイアたちの様子を見る限り、彼らは俺のために動いてくれているのだと思えた。


 だからその場は、何も聞かずに質問に答えた。


 質問は一昨日から昨日、そして今日と、時系列順に何処で何をしていたのか、という質問だ。


 正直に答える。まあ、答えるといっても、ほとんど神殿にいたとしか答えられないのだが。外に出たのは一昨日の散策が最後で、その時にはネイアとサーチャが一緒だった。


 一通りの質問を終えると、レウスたちは慌ただしく帰っていった。


 ネイアたちは神殿に残ったが、どこか不安そうにしている。


 相変わらず俺の部屋の前にネイアの侍女たちが交代で待機したまま、時は過ぎていき――翌日、つまり今日の朝。


 今度は大勢の兵士たちを率いたアリオンが神殿にやって来た。


 俺はアリオンに呼ばれて部屋を出て、「祈りの間」と呼ばれている広い部屋へと通された。ここは一般の人でも入ることができる場所で、いわゆる聖堂だな。いつもなら祈りに来た女神様の信者たちがいるはずだが、今日はネイアたちとアリオンと兵士たちの姿しかなかった。


 ともかくアリオンの前まで進むと、彼は深く頭を下げてから、


『使徒様に、連続殺人の容疑がかかっています』


 と言ったのだ。


 俺は数秒間、アリオンの言葉を反芻した。最初はあまりにも突然のこと過ぎて、理解できなかったのだ。


 俺が殺人事件の容疑者?


 寝耳に水にも程がありすぎるだろ!


『――ふぁッ!? ぅうええええええッ!? いやいや! 俺ッ!? いやちょっと待ってくれよ! 俺なんもしてないよ!?』


 取り乱す俺に、アリオンは真剣な顔で頷く。


『もちろん、私たちも使徒様の無実を信じています。しかし、「街中で大きなクラゲの魔物が、人を殺しているのを見た」という証言が何件もあがっていまして……』


 クラゲ違いだよぉッ!?


『事件のあらましは、こうです』


 と、アリオンが今回起きた連続殺人事件について、説明してくれる。


 それによると、一昨日、昨日と続いて、アトランティスのあちらこちらで殺人事件が32件も起きたのだという。いや多すぎだろ!


 事件が起こったのは全て海底都市。かつ、場所は海底都市の非常に広範囲に及ぶ。


 被害者たちに血縁や交友関係などの接点はなし。


 犯行はおそらく深夜に行われたとみられるが、犯人は街中で堂々と殺害に及んだと思われ、探してみると24人の目撃者がいた。


 目撃者たちは口を揃えたように、「大きなクラゲの魔物が人を殺しているのを見た」と証言している。


 しかも悪いことに、目撃者たちの証言が噂となって民たちの間に広がっているのだという。


 多くはまだ信じてはいないが、被害者たちの家族や友人、あるいは一部の者たちは「使徒とはいえ所詮は魔物。人を殺してもおかしくない」と声高に叫び、俺の身柄を拘束することを要求しているのだとか。そしてその声は、時を追う毎に強まっている……。


 そこまで話を聞いて、俺はネイアやレウスたちが色々と動き、俺に隠していたことが何だったのかを知った。


 つまり、俺が容疑者になっていることや、俺を責めている人々がいることを、俺に知られたくなかったのだろう。


 ふふ、もしかして俺がショックを受けるとでも、思ったのかな?



 ――――めちゃくちゃショックだよぉッ!!



 え!? なにそれ!? なにその冤罪はッ!!


 俺ってばこう見ても、一応女神様の使徒で、アトランティスをサハギンから護るのに尽力した功労者の一人でもあるはずなんだけど!?


 それがまさか、こんな仕打ちが待っているなんて、俺のジェリーハートはマジで壊れる5秒前だよぉ!!


 頭の中は真っ白で、ろくに思考も回らない状態だ。


 そんな俺に、アリオンは言う。


『使徒様、我々はもちろん、使徒様の無実を信じています。しかし、このままでは使徒様にとって居心地の悪いことになってしまうのは明白です。ですので……使徒様には二つの内どちらかの選択肢を選んでいただきたいと思います』


『選択肢……?』


『はい。一つは、このままアトランティスから去り、二度と戻って来ないこと。この場合、私たちは使徒様を追うことはありません。その後も真犯人を探すつもりではありますが、これを使徒様が逃亡したと見る者たちも出てきてしまうでしょう。使徒様の冤罪は必ずや晴らすつもりではありますが、一時的に疑惑は深まってしまうかもしれません。しかし、アトランティスに戻らない前提であれば、使徒様には何も関係なく、これが一番良いかと思います』


『……もう一つは?』


『もう一つは、一時的に使徒様を拘束させていただき、牢に入っていただく選択肢です。これは――』


『アリオン兄様ッ!!』


 ここでアリオンの言葉を遮り、ネイアが大声をあげた。


 見れば、珍しく――というか、初めてだな。怒りの表情を浮かべたネイアがアリオンを睨みつけていた。


『アクア様を罪人のように拘束するなど、いったい何を考えておられるのです!! アクア様は我がアトランティスの恩人なのですよ!?』


『もちろん、それは分かっているよ、ネイア。落ち着いて』


 アリオンは困ったような顔でネイアを宥めながら、続ける。


『牢に入っていただくのは、あくまでも一時的な措置だ。その間に真犯人を見つけ、使徒様の冤罪を晴らす』


『アクア様の冤罪を晴らすのは当然のことです! しかし、牢に入っていただく必要などございません! 兄様とはいえアクア様に対してあまりにも不敬ではありませんか!』


『これは――』


 と、そこでアリオンは俺の方を向いた。


『使徒様、これは兄としての我が儘なのですが、ネイアのためでもあるのです』


『ネイアの?』


『……はい。我々の不徳の致すところなのですが、被害者の家族たちをはじめ、一部の者たちは使徒様を犯人だと思い込み、強い恨みを抱いている様子なのです。使徒様が神殿にご滞在なさっていることは有名ですから、その……強行手段に出てしまう者たちが、現れてしまうやもしれず……』


『む……その場合、神殿にいる者たちが危険ってことか』


『はい』


 その言葉には、俺も考え込まざるを得ない。


 俺としてもネイアたちに何かあったら嫌だしなぁ。かといって、アトランティスから追放されるのも……せっかくネイアたちと仲良くなったのに。それに逃げるように出て行くというのも釈然としないものがある。


 ならば、選択肢は一つか。


『わかっ――』


 と、俺が頷こうとして。


『アリオン兄様! 何度も申し上げたはずです! アクア様はずっと神殿にいたと! わたくしたちがその証人では不足だと言うのですか!?』


 ネイアは納得できないらしい。


 どうも俺のアリバイを訴えてくれているようだ。


 だが、アリオンは苦いものを口に含んだような表情で、顔を横に振る。


『分かっているだろう、ネイア? 使徒様が空間魔法をお使いになることは、すでに民たちのほとんどが知るところだ。転移魔法をお使いになれば、犯行は可能だと多くの者たちが考えている。無実の証明にはならない』


『だからっ! わたくしの侍女たちがアクア様が転移で移動していないことは確認していると――!!』


『一瞬も目を離さなかったわけではないだろう? それに神殿の者たちは使徒様の味方だ。一部の恨んでいる者たちにとっては、ネイアたちの使徒様を庇うような発言は、到底信じられないだろうね』


『――――っ!?』


 ネイアは悔しそうに歯噛みした。


 俺も一時的な事とはいえ、冤罪で牢に入るのは悔しいし不本意だ。


 だけど……。


『……分かった。牢屋に入ろう』


『アクア様……っ!!』


 ネイアは悔しそうな、泣きそうな顔でこちらを見て、


『我々の力不足で、ご不便をおかけいたします、使徒様。誠に申し訳ありません』


 アリオンは深々と頭を下げた。


『いや、一時的なことなんだろ? だったら、俺の身の潔白を証明するためにも、協力するさ』


 俺はそう言った。


 それに信じてるしな。ネイアやレウス、アリオンたちが必ずや真犯人を見つけてくれるって。


 いやホント信じてるからね? 俺の冤罪を晴らしてくれること、信じてるからねッ!?



 ――――というのが、俺が牢に入ることになった経緯である。




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