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【66】平和


 転生七十四日目。


 あの日から、サハギンの襲撃は一度もなく、アトランティスには平和な日常が戻りつつあった。


『アクア様、はい、あ~ん』


『あ~ん』


 海底神殿に間借りしている一室。


 そこで俺は、いつものように用意された食事をとっている。


 ネイアが殻を外した貝の剥き身を差し出してくれるので、あえて触手を使わず、傘で覆い被さるようにして口柄から胃腔の中に取り込んで食べる。


 正直食べにくいが、わざわざネイアが「あ~ん」をしてくれるのだ。これを「あ~ん」で返さないなど、男が廃るってなもんだぜ。いや今メスだけど。


『美味しいですか?』


『美味い! 美味いぜ!』


 にこやかにネイアが問うのに、一瞬の迷いなくそう答える。


 本当は味覚がないから味なんて分からないが、これは気持ち的な問題だ。美少女に「あ~ん」をしてもらった食い物が不味いわけがないのである。おいちぃ!


 このようにネイアの手ずから食事をさせてもらえるなんて、これも刺胞が消え去ったおかげと言えるだろう。刺胞があった頃は、ネイアたちもこんなことをしようとは考えてもいなかったはずだからな。


『で、では、次は私が。アクア様、あ、あ~ん』


 そう言って今度は、サーチャが少し恥ずかしそうに、小魚を差し出してくる。


 俺はそれを『あ~ん』とネイアの時と同じようにして食べた。


『お味はいかがですか?』


『美味い! 美味いよ!』


 いや本当に美味い!


 美少女二人にお世話されながら食べる食事は最高だぜ!


 何て言うかもう、人生に勝利した気分に浸れるよね。俺クラゲだけど!


 ともかく、そうして気分良く食事を終えると、ネイアが提案してくる。


『アクア様、今日も外に出かけますか?』


『行く行く!』


 昼食の後はアトランティスの散策に出かけるのが、ここ数日の日課だった。


 海底都市を含めたアトランティスは広大で、まだまだ全部は回りきれていない。千里眼もどきで観察するのはともかく、実際に出歩いてみないと分からないことも多いしな。


 まあ、散策に行く理由は本当のところ、単に暇だからってのが主な理由なのだが。


 それでも美少女二人をお供にしたら、単なる散歩でも楽しさは段違いだ。


 んで、海底神殿から出かけると距離的な理由で散策できる範囲は自然と決まってくる。たとえばアトランティスの島の反対側へ行こうと思ったら、かなり急がないと日帰りは難しい。いわんや短時間の散策では、神殿の近場にしか行くことはできないだろう。


 そこで役立つのが、「空間転移」だ。


 毎日散策したところに「座標」を設置していけば、散策の行き帰りを転移に頼ることで、同じ場所を通らずして都市のあちらこちらを散策することができるのだ。


 俺はこの方法を使って、都市の色々な場所をネイアたちと一緒に散策していた。


 というわけで、準備を整えたらさっそく向かうことにする。


『じゃあ、昨日の場所まで転移するぞ?』


『はい、よろしくお願いします』


『お願いいたします』


 ネイアたちに確認を取り、俺たちは間借りしている神殿内の一室から、アトランティスの海底都市、その一画へと転移した。



 ――ん?



 他人に転移は掛けられないはずだろって?


 いやいや、それはそうだったんだけど、今は違うんだよ。


 以前、ネイアが俺に言っていたように、他人に転移を掛ける方法は存在した。サハギンどもが襲って来なくなったし、時間に余裕もできた俺はネイアにそのことを聞いてみたのだ。


 すると、ネイアの答えはこうだった。


『他者に魔法を掛ける時、必要となるのは魔法を受ける側の同意ですわ』


『同意? それだけ?』


『はい。おそらくアクア様は、自分以外の誰かに転移などの魔法を掛けようとして、弾かれた経験があるのだと思いますが』


『うん。まあ、誰かっていうか、魔物だけどね』


『魔物でも人でも、基本的には同じなのです。生命には例外なく魔力があります。この生命が体内に備える魔力のことを、固有魔力と呼ぶのですが、この固有魔力は他者の魔力を異物として弾く性質があるのです。ですので転移や回復魔法、水中呼吸などの支援、付与系に属する魔法を掛ける際には、魔法を受け取る側がそれを受け入れる必要があるのですわ』


『魔法を受け入れる?』


『はい。意識しなければ自然と弾いてしまう他者の魔力ですが、自身の魔力を操ることができるように、他者の魔力を弾かず受け入れることもできます』


『なるほどな。ところで、それって難しいのか?』


『いえ、非常に感覚的な操作なので練習は必要ですが、子供でもすぐにできるくらい簡単ですよ』


 ――とのことだった。


 他にも、魔法を弾く固有魔力よりも圧倒的に多い魔力を込めることで、同意無しに魔法を掛けることもできるらしいが、これは本当に大量の魔力を消費してしまうため、普通は行わないのだとか。


 そこまで聞いて、俺はふと気になった。


『限界突破』を使った後、ネイアの回復魔法が効き難かったのって、副作用とかではなく……。


『もしかして、ネイアに回復魔法を掛けてもらった時、俺ってば弾いてた?』


 だから回復魔法が効き難かったのではないか。


 だとしたら、知らないことだったとはいえ、ネイアには申し訳ないことをしてしまった。せっかく回復魔法を掛けたのに、弾かれたりしたらショックだよね、普通。


 そう思ったのだが、ネイアは『そういえば』と不思議そうに首を傾げた。


『無意識だったのでしょうか? あの時、アクア様はわたくしの回復魔法を自然と受け入れていましたわ』


『ほえ? マジ?』


『はい。まじ、ですわ』


 なんとまぁ、知らぬ内に他者の魔法を受け入れる術を、俺はマスターしていたらしい。


 これが……才能……? と、自分の触手を見つめながら、やはりあれは『限界突破』の副作用だったのかと納得する。


 ともかく、これらの説明を受けて、俺は転移を他者にも掛けられるということを知ったのだ。


 回想終わり。


 そんなわけで今日も今日とて、俺はネイアたちにも魔法を掛けて、一緒にアトランティスの街中へと転移した。


 それから三人(さん、人……? いや、細かいことは気にするな)で、街中を気の赴くままに散策していく。


 街中にある建物は、ほとんどは住宅地や店舗なのだが、中には興味深い施設もある。アトランティスの海底都市にはほぼ等間隔で、街中にも兵士たちの詰め所が散在しているのだ。


 これがなぜかと言うと、他国の軍船が侵略してきた場合、どこからでも早期に出撃し船を沈めるためであり、どの方角から侵攻されてもすぐに気づいて互いに連絡を取り合うための警戒網でもあるらしい。


 詰め所の形は大きな窓が無数に開いた塔のような見た目で、ネイアに聞いてみると、あれは窓ではなくて全て出入り口なのだとか。


 緊急時には内部に詰めている兵士が、全ての出入り口から一斉に外へ飛び出していくらしい。


 確かに考えてみれば、海の中でわざわざ階段を下りる必要も設置する必要もないし、あの形は合理的なのかもしれない。


 んで、その他には貝の養殖場なんてのもあった。


 魚人たちは基本、食料は狩猟採集と他国からの輸入に頼っているらしい。島内部の畑は小規模のようだ。しかし、中には逆に他国へ輸出している産物もあるのだとか。


 その一つが養殖場で育てている貝で、木組みの筏みたいなものから垂らしたロープが、海中に整然と並んでいる区画があった。地球での貝の養殖場にそっくりな光景だ。


 育てている貝は収穫した後に乾燥させて他国に輸出しているらしい。何でも美味しくて濃厚な出汁が出るのだとか。


 地球でも昔は干し貝などが高値で売買される時代もあったらしいし、高く売れるのだろう。


 魚人たちの海中での生活様式は、俺が想像もしなかったようなものが多々あり、街中を漂うだけでも結構面白いんだ。


 なので気になるものを見つけるとネイアたちに質問しながら、あっちへこっちへと忙しなく移動していく。


 そんな時だ。


 十数人の兵士たちを率いた、やたらイケメンの男が、親しげにネイアに話しかけてきた。


 イケメンと言っても、レウスではない。レウスはネイアと同じ白金色の髪に翡翠色の瞳だが、話しかけてきたのは黒髪に翡翠色の瞳をしたイケメンだ。


 顔立ちは優男風だが、レウスよりも体格はがっしりしているな。


 イケメンというだけで何だか反感を抱いてしまうのに、こいつはちょっとネイアとの距離感が近すぎるように思える。なので第一印象はマイナスからスタートだ! 何となく気に食わねぇぜ!


 何なんだ、このイケメンは? と、訝しげに思う俺に、ネイアがこちらを振り返って男を紹介した。


『アクア様、ご紹介いたします。こちらはわたくしの兄の一人で、アリオン・トリトン第二王子です』


『使徒様、御尊顔を拝し光栄に存じます。アリオン・トリトンと申します。兄や妹がお世話になったばかりか、アトランティスの窮地を幾度となく救っていただいたとか。王族の一人として、お礼を言わせてください。ありがとうございます』


 黒髪のイケメンはそう言うと、胸に手を当てて深く頭を下げた。


 続いて、彼の背後で付き従っていた兵士たちも、同様に頭を下げる。


『お、おう……ど、どういたしまして?』


 どうやらネイアの兄で、レウスの弟王子だったらしい。


 俺はマイナスにしていた好感度メーターを、そっと元に戻しておいた。




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