【64】ぷにぷに
『アクア様! いったいどうなされたのですか!? その可愛らしいお姿は!?』
ネイアが近い。
いや、ネイアだけじゃなくてサーチャも近い。
ミニマムボディになった俺を覗き込むように顔を近づけている。
『あ、うん。可愛? ……えっと、進化したんだよ』
『まあ!? 進化ですか!?』
『さすがはアクア様。まさか、進化されるとは……!』
二人の圧に、別に隠す理由もないので、俺は正直に答えた。
するとどうも、ネイアたちは「進化」という言葉に強く反応する。
この様子から察するに、魔物の進化というのは珍しいのだろうか?
『……進化する魔物って珍しいのか?』
『それはもう。普通、進化するには色々な条件があるとされていますから。その条件を満たして進化できる魔物というのは、かなり少ないそうですよ?』
『へぇ』
条件ねぇ。やっぱり進化するには条件があったのか。
つまり、最初の進化では俺は何らかの条件を満たしていたが、二回目以降はレベルがカンストしても「進化可能」の記載がなかったことを考えると、条件を満たしていなかったということになる。
にも拘わらず、条件を無視して進化できるのは、かなり凄いことなんじゃなかろうか?
これはクラゲ最強生物説が、にわかに現実味を帯びてきたな――などと考えていると、
『ところで、アクア様は何という種族に進化されたのですか?』
ネイアが興味津々といった様子で聞いてきた。
『お、おう。フロスト・シームーンって種族だな』
『まあ! フロスト・シームーンですの!?』
『知ってるのか?』
『はい! 別名「氷精」とも呼ばれる魔物ですね。遥か北と遥か南の海に生息していると聞いたことがありますわ。けど、実際に見たのは初めてです! フロスト・シームーンというのは、皆アクア様みたいに可愛らし――いえ、小さなクラゲさんですの?』
どうもネイアたちの反応を見ていると、この姿が可愛いと思っているみたいだな。
小さくなったのが原因だろうか。今までに見たことのない興奮の仕方をしている。ちょっと戸惑っちゃうぜ。
『いや、この姿は子供だからだな。2、3日で前くらい大きくなると思うぞ?』
『まあ……そうなのですか……』
『残念です……』
何でや。
いや、理由は分かるけども。
俺は話を逸らすように話題を変える。
『そ、そういや、他のフロスト・シームーンはどうか知らないけどさ、俺ってば、進化して触手から刺胞が無くなったんだよ。これで不意に触れたりしても大丈夫だぞ!』
今の俺は全身どこを触っても無害で安全な、ぷにぷにクラゲだと申告する。
『アクア様……』
するとネイアは両目を見開いて驚き――それから、そっと微笑んだ。
『ふふっ、では、触れてもよろしいですか?』
『おっ、おうっ!』
大丈夫だと分かってはいるんだが、ちょっと緊張するな。
上擦った声で返答すると、ネイアは俺の体を両手で掬い上げるようにして持ち上げた。彼女の手のひらに触手が触れているが、もちろん何ともない。
何ともなかったから、俺は安堵した。
緊張が解けたように脱力して、ネイアの手のひらに身を委ねる。
『ふふっ、とても触り心地が良いですわ』
『そ、そう?』
『はい、とても!』
『そっか……なら、良かったよ』
ネイアが朗らかに笑うのを見て、俺は心の強張りが解されていくような気持ちになった。
ネイアの体温を感じることはない。俺に心臓はないし、胸もない。けれど、心が満たされるような温かい何かを感じていた。
そうだ。俺はきっと……ずっとこうして、他人と触れ合いたかっ――
ぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷに。
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにっ!!
『――いやもう二人とも! さすがにぷにぷにしすぎじゃないっ!?』
ネイアとサーチャに尋常じゃなくぷにぷにされるんだけど!?
『あら、お嫌でしたか?』
『はっ!? すみません、アクア様。つい、ぷにぷにしすぎてしまいました』
『いや、別に嫌じゃないけどさ……。……もう、好きなだけぷにぷにすると良いよ……』
俺は二人に身を委ねた。
この後、めっちゃぷにぷにされた。




