【63】亜空間生成
俺は新魔法「亜空間生成」を使った。
MPが一気に500も消費され、亜空間が生成される。
これは後から色々と検証した結果分かったことなのだが、亜空間とは現実空間とは異なる場所に存在する、通常の物理法則が通用しない空間のことだ。よって、魔法を発動しても見た目上の変化は何もなかった。
しかし、術者である俺には分かる。
『おお……! これが、亜空間か……!!』
確かに亜空間が生成されたことを。
そして、その空間の存在を俺は確かに知覚している。「空間識別」でここではない何処かを覗くように、そこに空間があるのが解るのだ。
ただし、亜空間の中には光も空気も存在しないため、ただ空間の広がりを認識しているに過ぎないが。
何にせよ、魔法は成功した。
『よし。さっそく、この槍でも仕舞ってみるか』
空間魔法の亜空間といえば、「アイテムボックス」とか「ストレージ」とか呼ばれる四次元ポ◯ット的な使い方が想定される。
なので俺も、さっそく唯一の持ち物である槍を、亜空間へと仕舞ってみようと思ったのだが……、
『…………うん? どうやって仕舞うんだ、これ?』
再度説明するが、亜空間とは現実空間とは異なる場所に存在する空間であり、完全に独立した空間であると言えるだろう。
だからこそ、現実空間から亜空間に繋がる穴や扉や入り口なんてものは、存在しない。
入り口や出口がないのに、どうやって物を出し入れすれば良いんだ?
俺がそう悩んでいる内に、だいたい1分くらいが経過しただろうか。
――突如、亜空間が消滅した。
『ふぁッ!? どういうことッ!?』
正確には、亜空間が突如として認識できなくなった、というべきか。
おいおいおいおいおいッ!? ふざけんなよ!!
500ものMPを消費しながら、物を仕舞うことも取り出すこともできず、わずか1分足らずで消滅する。それなんて欠陥魔法だッ!?
『ふっ――――なんてな』
しかし、俺は余裕をもってそう呟いた。
そう、普通ならば――素人ならば、そんなふうに取り乱してもおかしくないだろう。
だが、俺ももうこの世界にはずいぶん慣れて来たし、この世界の魔法は幾つもの魔法を組み合わせて使うものだということも、すでに学習している! すなわち「亜空間生成」も、複数の空間魔法を併用することで活用できる魔法に違いないッ!
つまり、そこから導き出される結論は――!
『要するに、亜空間に「座標」を設置して「空間識別」を展開し、「空間転移」で物を出し入れするってことか』
アイテムの出し入れに、いちいち転移を使わなければならないのは面倒な上にMPの消費もバカにならないが、アイテムボックスの便利さはその欠点を補って余りある。
正直ちょっと残念な仕様ではあるが……ふっ、仕方ない。ここは俺が折れてやろうではないか。
『よし。なら、さっそく「座標」を設置して……』
そう、「座標」を設置して、「空間識別」を――。
『…………』
…………。
『…………あれ? 「座標」って、どうやって設置すんの?』
ちょっと待ってくれ。ここで少しおさらいしよう。
「座標指定」で「座標」を設置するには、自身が認識している空間である必要がある。人間のような高度な知覚機能を持たないクラゲ子ちゃんにとって、この条件を満たすためには「空間識別」の展開が必要不可欠だ。
そして、「空間識別」を展開できるのは、自分を中心とした周囲、もしくは「座標」を設置した場所から――となる。
生成した亜空間は現在、認識することができない。
認識することができないから、「座標」も設置できない。つまり、
『……これ、完全に詰んでるんだが』
どうしようもない。
どうしようもないので、
『……もう一回、亜空間を作り直すしかないのか……』
そういうことだった。
しかしまあ、亜空間を生成して1分くらいは亜空間を認識できていたので、その間に「座標」を設置すれば良いだけだ。
500MPが無駄になったのは納得いかないが、高い授業料だったと思うことにしよう。
そんなわけで、俺はもう一度「亜空間生成」を使い、今度こそ生成された亜空間に「座標」を設置することに成功した。
念のため、亜空間内に「空間識別」を展開して数分待ってみるが、亜空間が消滅する様子はない。
どうやら先程の亜空間は消滅したわけではなく、認識できなくなったことによって、存在をロストした、というわけらしい。
ちょっと期待していたのだが、最初に作った亜空間が二度目に作った亜空間と繋がっている、ということもなかった。たぶん初代亜空間は虚無の闇に呑まれたのだろう。南無。
んで、消滅しないことを確認してから、転移で物を移動してみる。
槍……は、不慮の事態で失われたりしたら嫌なので、海水を氷雪魔法の「氷結」で凍らせて、その氷を転移で放り込んでみた。
そのままさらに数分待って、やはり問題がないことを確認する。
ふむ。どうやら、ちゃんとアイテムボックスとして使えるようだな。
そこまで確認して、恐る恐ると槍を亜空間に放り込む。
さらにさらに数分様子をみて――ようやく俺は安堵した。問題はない、大丈夫だ。
思いがけず余計な手間をかけることになったが……ここから、さらに亜空間について検証していく。
まず広さ。
500MPを消費して生成できたのは、直径50メートルほどの球状空間だった。「空間識別」の領域半径は、スキルレベルが5になった現在、40メートルある。つまり直径にして80メートルの球状空間を認識できるので、「空間識別」1つで隅から隅まで認識することができた。
たぶん「亜空間生成」を発動する時に、『魔力精密操作』でブーストすればこれよりも遥かに大きい亜空間を生成できるはずだ。
しかし、直径50メートルの球状空間ってかなりの広さだ。今のところ、これより広い亜空間が必要になるとは思えない。
んで、すでに作ったこの亜空間を拡張することは、少なくとも現段階ではできないっぽいな。もしもこの空間だけで足りなくなったら、新しく亜空間を作るしかない。
そして肝心の亜空間内部の環境について。
重力はない。氷と槍は適当に転移させたところから動いておらず、何処かに落下するということもない。
空気もない。光もない。時間の流れというやつがあるのかどうかは、ちょっと分からない。これは何も、時間なんて存在しないと言う科学者みたいなことを言いたいのではなく、単に亜空間内部で物質の劣化や変化があるのかは、今の段階では不明だということだな。
少なくとも氷を入れて10分以上は経っているが、氷が溶ける様子はないみたいだ。
『さて……この中に生物を入れられるのか、だけど……』
まあ、今のところ試す気にはなれないな。
仮に生物が入れられて、かつ入れても意識を保てるとしても、空気すらないんだから長くは生きられないだろう。
それに試すとしたら、転移を自分にしか掛けられない現状、俺自身が試すことになるのだが……いや、普通に考えて嫌ですけど?
何が悲しくて、あんな発狂しそうな場所に飛び込まなくてはならないのか。ありえないでしょ。
なので、これについては保留だな。
『とりあえず、確認できるところは確認したかな?』
あとは時間をかけて検証していくしかないだろう。
そう結論を下して、俺は部屋の出入り口の方へ意識を向けた。
というのも、すでに「空間識別」で把握しているのだが、ネイアとサーチャがこちらにやって来ているのを知っているからだ。
程なくして、彼女たちは部屋の出入り口に姿を現した。
俺は触手をひらひらと振って挨拶する。
『ネイア、サーチャ、おはよう。ちょっと聞きたいんだけど、俺ってば何日くらい眠ってた?』
『アクア様。起きていらし……』
だが、なぜかネイアとサーチャがこちらを見て固まった。
その両目は驚きのためか、見開かれている。
『あ』
そこで思い出す。
そういえば俺ってば進化したばっかりじゃんね。姿そのものはあんまり変化ないかもしれないけど、大きさは現在ミニマムクラゲとなっている。事情を知らないネイアたちが驚くのも、当然だろう。
なんだけど――、
『まあっ! まあまあまあっ! まぁああっ!!』
『ね、ネイア?』
瞳にきらきらとした光を宿すと、ネイアはまあまあ言いながらスススっとこちらに近づいてきた。
何やら興奮しているようだ。よく見ると、サーチャもギラギラとした光を瞳に宿して接近していた。こっちは黙ったままだが、もしかしたら興奮度合いではネイアよりも上かもしれない。
ネイアを宥めてくれるように期待していたんだが、無駄かもしれんね。




