【61】氷精
微睡みから目覚めるように意識が浮上する。
そして俺は目覚めた。
『うむ。二回目ともなれば、スムーズな目覚めだぜ』
すでに『ポリプ化』を使うのも二回目ともなれば、特に戸惑うこともない。
目覚めた瞬間に「空間識別」を展開し、そこが海底神殿に間借りしている一室であることを確認すると、次に自分自身の変化について確認する。
まずは体だ。
『おっとこいつは……前回と同じようにミニマムになっているな……』
「空間識別」で自分自身を「見て」みれば、部屋の中には一匹の小さなクラゲちゃんがふよふよと浮かんでいた。
これが本当のポリプ化であれば、俺のクローンとなるブラザーたちがいっぱい居てもおかしくないのだが、やはりスキルの『ポリプ化』というのは、増殖するための機能は備えていないのかもしれない。あるいは何か条件があるとか。
いやまあ、増えられても正直困っちゃうから、今のままで良いけどね。
しかし、縮んだ分の体積がどこに消えたのか不思議だ。
――ともかく。
体長は触手を含めても30センチ程度と、元の大きさを考えればかなり小さい。触手の数は傘から垂れ下がっているのが12本に、口腕が5本と、変わりはないようだ。
全体の形としては、ほぼ変化はない。しかし、だ。
『むむぅっ……これは、かなりの美クラゲだな。成長したら他のクラゲどもにモテモテになってしまうのではあるまいか?』
俺もクラゲとして生きてきて、クラゲとしての価値観がちょっとは身についたのだろうか?
自分の姿を見て、お世辞抜きにかなり綺麗だということが分かった。
というのも、その見た目が美しい宝石のようだったからだ。
体の色は濁りのない透明なのだが、完全に姿が見えないということはない。傘のところには相変わらず白色のトライバルタトゥーみたいな格好いい紋様が刻まれているし、傘の天頂部付近には、真っ白な魔石が埋没している。
それだけじゃなく、透明な体は室内の照明をキラキラと内部で反射し、まるで自ら光り輝いているようにも見えるのだ。たとえるなら、熟練の職人の手によってカットされたダイヤモンドのごとく、である。
『…………美しい。我ながらあまりにも美しすぎて……何か、変なフラグが立ってしまうような気がするな』
具体的に言えば、超絶稀少生物につき、価値爆上がりで人間さんから狙われる、みたいな。
『ま、まあ良いや。気にしても仕方ねぇだろ』
そこら辺は今考えても仕方ないので、さっさとステータスを確認することにしよう。
というわけで、ステータス・オープン!
【名前】アクア
【種族】フロスト・シームーン
【レベル】1
【HP】40/40(1038)
【MP】2120/2120
【身体強度】10(47)
【精神強度】1634
【スキル】『ポリプ化』『触手術Lv.Max』『鞭王術Lv.1』『毒撃Lv.8』『蛍光Lv.Max』『擬態Lv.6』『空間魔法Lv.5』『鑑定Lv.4』『魔力超感知Lv.6』『魔力精密操作Lv.8』『MP回復速度上昇Lv.Max』『自然魔力吸収Lv.6』『魔闘術Lv.Max』『生魔変換・生』『隠密Lv.5』『魔装術Lv.8』『水魔法Lv.Max』『氷雪魔法Lv.5』『念話』『神託』『限界突破』『神降ろし』『凍撃Lv.1』『氷精Lv.1』『氷雪吸収』
【称号】『世界を越えし者』『器に見合わぬ魂』『賢者』『天敵打倒』『サハギンスレイヤー』『一騎当千』
【加護】『海神の加護』
『フロスト・シームーン』――主に極海に生息するクラゲの魔物。その身は珍味や薬の素材として高値で取引される。特に魔石は上等級の水属性と上等級の氷雪属性を含む大変に貴重な代物で、錬金術の触媒や魔道具、武器防具の素材や魔道兵器の基幹部品としても用いられる。その美しい見た目から、観賞用の生物として捕らえようとする権力者は後を絶たないが、「氷精」とも呼ばれるほど魔法に長けており、生きたまま捕獲するのは極めて困難。
……何というか、見てもらった通りだ。
新たに進化したフロスト・シームーンという種族は、だいぶ(素材としての)価値が高いらしいな。やはり人間さんに狙われないように気をつけなければならないのだろうか。
んで、【HP】と【身体強度】は前回と同じく稚クラゲモードだからか、低下中らしい。まあ、これはすぐに成長して戻るだろうから良いとして。
大幅に変化したところと言えば、やはりスキルになるだろうな。
進化する前にもサハギンどもとの戦闘で、色々とスキルレベルは上がっていたが、進化したことで成長したスキルは……『毒撃』『擬態』『魔力超感知』『魔力精密操作』『自然魔力吸収』『氷雪魔法』となる。
これらの中で特に気になる部分と言えば、なぜか『毒撃』のレベルが一気に三つも上がっていることだろうか。フロスト・シームーンは毒に特化した種族でもなさそうなのに、だ。
あえて理由を推察するなら、なぜか消えている『刺胞撃』が関係しているような気がする。
そう。
何と進化したことによって、俺の触手から刺胞が無くなってしまったのだよ!
それによって『刺胞撃』のスキルも消えてしまった……いや、もしかすると『毒撃』に吸収されたと考えるべきか? それゆえに『毒撃』のスキルレベルが上がった?
しかし、これは少し不自然な気もする。フロスト・シームーンに進化したことによって、そんな変化が起こるとはちょっと考えにくいのだ。種族の説明を読んでも、この種族は氷雪属性に特化した種族なのだから、何か特別な変化が起こるとしても、それは氷雪属性に関係するものであるはずだ。
『…………』
他に理由としては、思い当たらないことも、ないではない。
眠りにつく前のことだ。
不可抗力とはいえ、ネイアを傷つけてしまった俺は「刺胞などいらない」と心のどこかで――いや、明らかにそう思っていたのは間違いないだろう。
そんな俺の心を反映して、こんな変化が起きたのだとしたら。
『俺が望んだように変化するのか……?』
『ポリプ化』というスキルは、もしかしたらレベルを代償に種族を変化や進化できるだけのスキルではないのかもしれない。
『…………』
ぷかりと浮かびながら考える。
それはちょっと……他のスキルと比べても、凄まじい能力なのではないかと。あまりに異質な能力なのではないかと。
つまり。
そんなスキルがなぜか俺にあるということは、だ。
『この世界のクラゲって…………凄くね?』
『ポリプ化』スキルがこの世界のクラゲ、ないしはレインボー・ジェリーフィッシュの固有スキルだとしたら、この世界のクラゲって、めちゃくちゃ強くなっちゃうんじゃない? 進化に進化を重ねたら、逆に海亀とかペンギンの天敵になれるくらい強くなっちゃうんじゃない?
いやそれどころか、ポテンシャルとしてはシードラゴンすら超える可能性もある。
これはまさかまさかの、クラゲがこの世界での最強生物説もあり得るんじゃない?
『来たな……俺の時代がッ!!』
クラゲ王に、俺はなるッ!!
そう決意したところで――ふと、気づいた。
『あれ? ちょっと待てよ? 刺胞が無くなったってことはだよ?』
ミニマムボディの触手をスキルで伸ばし、部屋の床に沈んでいた長槍に巻きつける。
いつもより多めに触手を使って持ち上げてみたんだけど……、
『ちょっ、これ……っ、持ちにくいんですけど!?』
前使っていた槍も、ネイアに買ってもらったこの槍も、その素材は生物の牙と骨だ。
骨というのは海綿構造をしており、目には見えないほどの小さな穴が無数に開いている。俺はこの穴に刺胞から飛び出す極小の針を引っ掛けることで、あたかもマジックテープのように作用する粘着力を利用して、槍を振り回していたわけだ。
しかし、現在の俺の触手は、すべすべでぷにぷにの、可愛らしいだけの触手と化している。女体に直接巻きついても安心で安全な構造だ。
この状態の触手では、ちょっと勢い良く槍を振り回すと、おそらくすっぽ抜けて飛んでいってしまうだろう。
近接戦における俺のメインウェポンたる槍が使えなくなってしまうと、非常に困るんだが。
『まさかの弱体化……だと?』
俺は愕然と呟いた。




