【57】クラゲ万夫不当!
槍を保持する触手を8本に増やす。
これが動きを阻害せずに槍を振るうことのできる、最大の本数だ。これ以上使う触手を増やすと、上手く槍を振るうことができない。
だから8本。
そして、これに更に幾つものスキルを上乗せする。
『触手術』『鞭術』『魔闘術』『魔装術』に『魔力精密操作』でオーバーブーストし、槍と触手を超強化! 加えて「水中抵抗軽減」も維持すれば、『限界突破』中の今ならば俺史上最強の一撃が放てる!
『おらぁあああああ死ねぇえええええッ!!』
――一閃。
横に大きく槍を振り切る。
水中だというのにコマ落としのような、目を疑う速さで横薙ぎの一撃を繰り出す。
密集してこちらに襲いかかっていたサハギンどもは、たとえ反応できたとしても、互いが邪魔になってこれを回避することはできない。
ほとんど抵抗もなく、槍の刃は1体の平サハギンと2体の上位種サハギンと、2体の黒サハギンを両断した。
代わりに、今の超強化した一撃で、俺のMPは完全に尽きた。
だが、問題はない。
倒したサハギンどもから強奪した魔力が、槍の柄を通して俺の体に流れ込んでくる。回復したMPはおよそ80MP。――十分過ぎるッ!!
『これならぁああああッ!!』
一度の攻撃で複数体のサハギンを仕留めることのできるこの状況ならば、各種スキルによる強化を施しても、魔力の収支は収入の方が上回る。
俺は強化を継続しながら、当たるを幸いに槍を振り回した。その度に何体ものサハギンどもが両断され、強化に使用したMPを上回る速度で俺のMPが回復していく。
しかし、同時にサハギンどもの攻撃が俺の体を傷つけていった。
攻撃は最大の防御とはいえ、周囲を埋め尽くすほどのサハギンどもの攻撃を、全て防ぐことなど土台不可能だ。サハギンどもの突き出す銛が、槍が、それぞれの武器が、俺の触手を斬り飛ばし、傘に深く食い込んで肉体を抉り、少しずつ体積を小さくしていく。
痛みはない。だからまだ戦えている。
それでも長くは続かないだろう。
【HP】216/986
『限界突破』の副作用とサハギンどもの容赦ない攻撃により、凄まじい速さでHPが減少していく。このままでは2分を待たずにHPはゼロになるだろう。
だからその前に!
『使徒様ッ!!』
俺の背後でイケメンたちが、俺を庇おうとするかのように前へ出ようとした。
『前に出るんじゃねぇ!! そのまま防御に専念してろッ!!』
イケメンたちに怒鳴り声で返す。
兵士たちもすでに、全員が満身創痍だ。今、防御の陣形を崩せばその瞬間に殺られる!
『しかしッ! このままでは使徒様がッ!?』
『うるせぇッ! 大丈夫だッ! ――――今ッ!!』
話している間も槍を振るい、サハギンどもからMPを奪う。
そして、十分なMPが溜まった。およそ600MP。
瞬間、俺は間髪いれずに魔法を放つ。
『吹き飛べぇえええええッ! アクア・トルネードぉおおおッッ!!』
水魔法、アクア・トルネード。
ただし、今回は水の刃を生成しない。ただ俺と兵士たちを渦の中心に、俺たちの周囲に海流の竜巻を生み出す。
「――――!!」
「――――!?」
「――――ッ!!?」
俺たちを覆っていたサハギンの大群が、突如発生した巨大な渦に巻き込まれ、巻き上げられ、そして木の葉のように吹き散らされていく!
瞬間、俺たちは奴らの猛烈な攻撃の嵐から解放され、自由になる。
『お前ら! 全力で後退しろぉおおおッ!!』
だが、今のアクア・トルネードでサハギンどもを倒したわけではない。すぐに奴らは再び群がって来るだろう。その前にここから離脱する!
『しかし! それではアトランティスの民がッ!?』
だが、俺たちが後退すれば、それだけサハギンの群がアトランティスの街に近づくということでもある。それすなわち、アトランティスの民が危険に晒されるということでもある。
それを懸念したイケメンが抵抗しようとするが、俺は一蹴した。
『――まずは俺たちが生き延びるのが先だッ!!』
水魔法、アクア・トルネード。
ただし今度はサハギンたちにじゃない。俺を含む兵士たちの一団に、だ。
『――なッ!?』
驚愕に顔をひきつらせるイケメンたちを問答無用で巻き込んで、アクア・トルネードは「横に」走る。
海流の渦に俺と兵士たちを取り込み、水流で押し流して強制的に後退させる。そのスピードはサハギンどもが容易に追いつけないほどに速い。
そんな俺たちを追って来るサハギンどもは、自然、筆で線を引いたような一筋の細長い隊列となった。
これで良い。これを狙っていたんだよッ!!
『これで……ッ、最後だぁあああッ!!』
移動用に発動したアクア・トルネードの魔法が切れる。
サハギンどもを弾き飛ばしたのと、移動用のアクア・トルネード。水の刃を含まないこれらの消費MPは、持続時間を減らして各150MPに抑えた。
つまり、俺に残ったMPは300。
ここからさらに、100MPを消費してアクア・トルネードを発動した。目標は俺たちを追って来るサハギンども。その細長く伸びた隊列を渦の中に取り込むように、横向きの竜巻を発生させる。
これも水の刃はないとはいえ、それでも持続時間は10秒にも満たないだろう。だが、それで良い。
これは奴らを逃がさないための檻であり、砲弾が通るためのバレルであり、軌道を制御するためのガイドラインだ。
俺は最後に残った200MPを全て消費して、一つの魔法を発動させた。
『アクア・キャノン――ッ!!』
大きな水の砲弾を撃ち出す攻撃魔法、アクア・キャノン。
使徒となって強化される前でさえ、その威力は黒いサハギンキングの体を木っ端微塵に吹き飛ばすほどだった。
それが属性と『限界突破』で強化されれば、どうなるか。
アクア・トルネードの渦の中を、バレルと化して水の砲弾が超高速で飛翔する。
その内に捕らえられたサハギンどもを、次々と粉砕しながら。
砲弾が通りすぎた端から、アクア・トルネードの渦が内側から弾け飛んでいく。
そして、砲弾は渦の中を一瞬の内に駆け抜けた。細長く伸びたサハギンどもの隊列を頭から尻へ貫くようにして。
『す、すごい……ッ!!』
移動用アクア・トルネードの余勢でゆったりと海中を流れながら、イケメンが吹き飛んだサハギンどもを眺めて、呆然と呟く。
あれだけいたサハギンの軍勢は、いまやそのほとんどが姿を消していた。
だが……、
『クソっ、倒し切れなかったか……!』
生き延びたサハギンどもが再集結し、こちらへ接近してくる姿が見えた。
その数は戦闘開始当初に比べれば、遥かに少ない。けれど、目算でまだ100体近くは残っているように見える。
それに加えて。
『俺も、限界だ……』
全身から力が抜けていく。意識が薄れていく。
MPが枯渇したことで、発動していた『限界突破』が停止して、一気に負担が押し寄せた感じだ。
必死に意識を繋ぎ止めようとするが、俺の意思に反して意識は闇に落ちていく。完全に意識がなくなる前に、俺はイケメンに念話で言葉を届けた。
『イケメン、逃げろ……』
残りのサハギンは100体前後。
逃げようと思えば逃げられるし、アトランティスまで後退しても、さして被害もなく討伐することができるだろう。
俺はやれるだけのことはやったと思う。
『使徒様ッ!? しっかりしてください、使徒様ッ!!』
そして俺は意識を失った。
だが、その寸前。
『――――アクア様ッ!!』
ネイアの声が聞こえた気がした。




