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【56】限界突破


 目の前には2000を超える雲霞のごときサハギンの大群。


 今にもこちらに襲いかかりそうなサハギンどもを前に、俺はとあるスキルを発動した。


 スキル――『限界突破』


 その能力は「自分の限界以上の能力を一時的に発揮できる」というあやふやなもの。


 スキルの説明だけでは解りにくいが、簡単に言えば、それは一時的に【身体強度】と【精神強度】の値を上昇させるという効果だった。


 これを見よ。



【身体強度】40(+40)

【精神強度】1535(+1535)



 括弧内の数値を見るに、強化の度合いは元の数値の2倍なのだろう。つまり、元の数値が大きければ大きいほど、強化も大きくなる、ということだ。


【身体強度】は元が低いから数値で見るとちょっとアレだが、【精神強度】の強化値は凄まじい。実数値で3000を超えていることになる。


 そして――、


『やべぇッ!? 何もしてないのにHPとMPが下がり始めたッ!?』


『限界突破』の副作用の一つとして、発動中は常にHPとMPが下がり続けるというものがある。幸いにも減少スピードはそこまで速くはないが、急いで戦いを終わらせないと攻撃を喰らわなくても死んでしまうかもしれない。


『速攻だ! いくぞオラァッ!!』


 せっかく密集してくれているんだ。


 俺は開戦の狼煙代わりに、攻撃魔法を発動させた。


 水魔法――アクア・トルネード


 無数の水の刃を作り出し、海流の竜巻の中に巻き込むことで、竜巻に引き摺り込んだサハギンどもをミキサーにかけたように何度も切り刻む。


 そういう魔法なのだが――、


『う、うおッ!? マジでッ!?』


 しかし、以前使った時とは威力が違った。


 海底神殿前でサハギンの大群相手に使用した時は、MP500を消費して300体程度のサハギンを倒すのが精一杯だった。


 だが、今目の前で発現したアクア・トルネードは規模からして違う。


 水の刃を作り出すのも、海水を操り激流の渦を生み出すのも、以前とは比べ物にならないほど魔法の構築がスムーズだ。そのおかげというか、そのせいと言うべきか、勢い余って巨大な竜巻を生み出してしまう。


 その規模は、以前の2倍を超えている。


 あっという間に数百――目算だがおそらく6……いや、700を超えるサハギンどもが海流の竜巻に捕らわれ、瞬時にズタズタに引き裂かれていく。巨大な竜巻は瞬く間に赤黒い鮮血に染まっていった。


 これが【精神強度】が2倍になった結果なのだろうか。今ので消費したMPはおよそ400。それでいて倒したサハギンの数は2倍以上だ。


 まさか【精神強度】の上昇がこれほど魔法に影響を与えるなんて……嬉しい誤算だぜ。


『おっとバラけるつもりか!? ――アクア・バレットォッ!!』


 アクア・トルネードはサハギンの軍勢の真ん中に出現させた。それゆえに大群は中央から左右へ二つの塊に分かれ、それぞれに移動しようとしている。


 俺は二つの群が完全に広がってしまう前に、それぞれへアクア・バレットを放つ。


 幾十、幾百の水の弾丸がサハギンどもへ襲いかかり――――そして、大穴が空いた。


『は? マジ?』


 水弾が避けられたわけじゃない。


 アクア・バレットが当たったサハギンどもは、漏れなく血煙と化した。だがそれだけじゃなく、超高速でサハギンにぶち当たった水弾がその衝撃で自壊すると、その瞬間、「水中抵抗軽減」で無効にされていた影響が周囲に襲いかかるのだ。


 すなわち凄まじい運動エネルギーが衝撃力へと変換されて、着弾地点から直径数メートルもの空間に爆発のごとき衝撃波を放ち、サハギンどもの大群に弾丸の数と同じだけの穴を穿つ。


 衝撃力の解放自体は今までのアクア・バレットでも起きていた現象だ。そうじゃなきゃサハギンの上半身が吹き飛んだりはしない。


 しかし、その規模が、破壊力が、以前までとは段違いだった。


『はは……これならマジで、何とかなるかもな……!』


 もはや別物と思われるほどの魔法の威力を前にしても、俺は調子に乗ろうとは思えなかった。


 なぜならこれは、女神様の使徒として俺に与えられた力があればこそだから。最上等級の属性もなく、『限界突破』のスキルもなかったら、こんなことは逆立ちしたってできなかっただろうな。


 使徒の力ってやつは、俺が思っていた以上に凄まじいものだったらしい。


 この力にちょっと恐怖さえ覚える。


 だが、今はありがたく活用させてもらうとしよう。


『おらおらおらおらぁッ!! とにかく死ねぇッ!!』


 MPに余裕がある限り、とにかくアクア・バレットを放ちまくる。


 MPが100を下回る頃には、サハギンどもの数は優に半分以下にまで減っていた。


 だが――、


『チッ! 何だコイツら!?』


 左右に広がりバラけたサハギンどもは、俺を恐れているのか何なのか、一体すらもこちらに近づいて来ない。


 かといって恐怖に逃げ始めるというのでもない。


 奴らは俺を迂回して、背後のイケメン率いる魚人兵士たちへ、猛然と襲いかかり始めていた。


『アクア・バレットォッ!! ――クソッ、MPを回復しねぇと!!』


 隊列を組み槍衾を作り、防御に専念している兵士たち。


 当初の予定なら、防御に専念しつつも適度に後退することで、サハギンたちに囲まれないように立ち回るはずだった。だが、あれだけサハギンどもに集られてしまえば、後退することさえ叶わない。いまや兵士たちはその場から動くこともできず、釘付けにされていた。


 ああなってしまえば、彼らの力だけでサハギンの群を突破するのは不可能だろう。


 それどころか、兵士たちの死という敗北まで、さして猶予もない。


 俺は彼らを襲うサハギンどもにアクア・バレットを放つことで援護するが、遂にMPが50を下回ってしまう。


『奪魔の蛇骨牙槍』でMPを回復しなければ――いや、できなければ、かなりまずい状況に追い込まれるだろう。それに早く援護を再開しないと、兵士たちの陣形が崩れてやられる。


『クッ、逃げんな! サハギンども!!』


 こちらに近づかないサハギンどもの一体へ、触手を伸ばして何とか巻きつけることに成功する。


 すぐに触手を手繰ってサハギンのもとへ移動して、俺は新しい槍を振るい、そのままサハギンの首を斬り飛ばす。


 瞬間、槍を保持する触手を伝って、暖かい何かが流れ込んで来るような感覚。


 ステータスを確認すると、MPが今ので10回復していた。


『平サハギン一体で10回復か? この程度じゃあ、やっぱり「水中抵抗軽減」以外は使えないな』


 今、槍での一撃を強化するために使っているのは、「水中抵抗軽減」の魔法だけだ。普段ならば『触手術』や『魔闘術』『魔装術』に『魔力精密操作』のオーバーブーストなど、複数のスキルを使って強化するのだが、今の状況でそれを使ったら、せっかくのMP吸収も収支がマイナスになってしまう。


 だから「水中抵抗軽減」だけで、あとは触手の力で槍を振り回さないといけない。


 ただ幸いなのは、『限界突破』している影響か、それとも新しい槍の切れ味が想像以上に優れているのか、「水中抵抗軽減」だけでも平サハギンを倒すのに問題はない、ということか。


『次はテメェだッ!!』


 続けて、近くにいた上位種サハギンを触手で捕らえて首をはねる。手応えは少し硬いが、こちらも問題ない。回復したMPは一体で15。


 俺は次に、こちらをスルーしてイケメンたちのところへ行こうとしていた黒サハギンを触手で捕らえた。


 触手を縮めて急速接近。その勢いのままに槍を突き立てようとして、


「――!!」

『なッ!? 小癪だぞお前!』


 黒サハギンは自身が持つ槍で俺の一撃を防いだ。


「――!!」


 そして、奴が持つ槍が『魔装術』(たぶん)の光に包まれ始め、こちらもおそらく『魔闘術』で強化した腕力で、俺の槍を押し返しやがった。


『チィッ!!』


 まずい。こんなところで黒サハギンごときに苦戦している場合じゃない。


 俺は各種スキルで一瞬だけ触手と槍を強化すると、速攻で黒サハギンの胴体を両断した。


 黒サハギンを倒してMPは20くらい回復したと思うが、ステータス上では5しか回復していない。収支はマイナスではないが、効率は良くない。


 だが、黒サハギンを確実に一撃で倒すには、各種スキルによる強化が必要だ。


 時間をかけて良いなら別だろうが、今はそんな暇はないのだ。


『ならッ! 黒サハギンを無視してMPを回復させる!』


 周囲の平サハギンに上位種サハギンどもを次々と触手で捕らえて、『奪魔の蛇骨牙槍』の餌食にしていく。そうしてMPを回復しては、イケメンたちを襲うサハギンどもへと、アクア・バレットを放っていく。


 回復した端からMPを消費せざるを得ない状況が続いている。


 ジリジリと焦燥感が強くなっていく。俺のことじゃない。イケメンたちがあとどれくらい堪えられるかと。


 それというのも、サハギンたちの行動が少しばかり、常軌を逸しているからだ。


『おいおいあのイケメン、サハギンどもから恨みでも買ってんのかよ!?』


 サハギンどもは兵士たちの遥か背後、アトランティスの街など眼中にないとばかりに、ただ猛然と兵士たちへ襲いかかっているのだ。


 なぜか、兵士たちを無視してアトランティスへ向かう個体は一体もいない。


 その様はさながら、腐肉に集る蠅の群を連想させるほど。


 イケメンたちも必死に堪えているし、俺もMPの許す限りアクア・バレットで援護しているが、まるで自らの死さえ顧みない様子のサハギンたちに、防御が突破されるのも時間の問題に思えた。


 このままアクア・バレットで援護していては埒が明かない。


 大魔法で一発吹き飛ばせれば良いのだが、それをするとイケメンたちも巻き込んでしまう。いやそもそも、そのためのMPさえ回復させることはできない。アクア・バレットの援護を今以上の間隔にしてしまえば、その瞬間にイケメンたちの防御が崩れる可能性さえある。


 クソっ! 何か、何か手はないか――ッ!?


 必死で考える。


 考える。考える。考える!


 そして――!



『ダメだ! 何も思いつかないッ!?』



 有効な手は何も思いつかなかった。これが俺の限界なのか。『限界突破』のスキルは思考力の限界までは突破させてくれなかったらしい。


 仕方ない。


 本当に仕方ない。


 だって何も思いつかないんだもの。


 だから俺は、サハギンどもを狩って転移ができるだけのMPを確保すると――転移した。



『――――使徒様ッ!?』



 イケメンの前へ。


 兵士たちとサハギンどもの、わずかな間隙へ。


 すなわち、自身をイケメンたちの肉盾とするように。


『うおおおおおおおッ!! こんなところで死んでたまるかぁあああッ!! 死ぬならせめてネイアたんの谷間で死なせてくれぇええええッ!!』


 心の底から生きると叫ぶ。


 死ぬつもりは一切ない。イケメンとはいえ野郎どものために死んでやるつもりは、一切ない。


 だから。


 俺は「視界」を埋め尽くすように襲いかかって来るサハギンどもに向かって、全力で槍を振るった。




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