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【53】ネイアとデート?


 俺は海底神殿を出てアトランティスの街中をふよふよと漂っていた。


 案内役としてネイアとサーチャの二人が傍にいる。


 ネイアの護衛騎士であるサーチャはキリリとした厳めしい表情を崩さないが、俺をあちらこちらに案内してくれるネイアの表情は楽しそうだ。


 もしかしたらクラゲに自分たちの街を案内するという行為そのものが、彼女の心の琴線に触れているのかもしれない。


 いやね、ネイアたちに聞いたら俺みたいに喋る魔物というのは、やっぱりいないみたいなんだよ。彼女たちの予想では神々の眷属や高位の竜種ならば喋ってもおかしくはないとのことなんだが、普通はそれ以外で喋る魔物というのは存在しないらしい。


 つまり、俺ってばかなり珍しい存在なんだとか。


 そんな珍しい存在と一緒に行動することが、ネイアは面白いのかもしれない。


 今も――、


『アクア様! 何処か見てみたい場所があれば、遠慮なく仰ってくださいね?』


『お、おう。ありがと』


 彼女は俺の横に浮かんで笑顔で話しかけてくる。


 それだけじゃなく、俺を案内するためにわざわざ手――というか、俺の触手を引いてくれているのだ。


 そう、触手である。


 俺の触手の表面には無数の刺胞細胞が並んでいるため、普通ならば掴むことはできない。無理に掴んだとしても極小の針が刺さり、毒を流し込まれて激痛を感じてしまうだろう。


 それは俺の意思とは関係なく、反射的に行われる行為だから、俺には止めようもないことだった。


 だけど実は、『擬態』のスキルを手に入れたことによって『刺胞撃』を無効化することに成功したのだよ!


『擬態』というスキルはなかなかに便利なやつで、単に色を変えるとか体表面の質感を変えるとか、効果はそれだけに留まらなかった。


 神殿で暮らすようになり、ネイアたちと近い距離感で接することが増えた俺は、事故で触手が当たってしまうことを恐れた。なので『刺胞撃』をどうにかできないかと色々試す内に、『擬態』に秘められた素晴らしい能力を開発することに成功したのだ!


 なんと『擬態』は、少しだけMPを消費してしまうが、体の構造さえ変えることができたのだ。


 それにより、今の俺の触手表面に刺胞はなく、ただのツルツルでスベスベな触手と化している。これで念願のエロトラップテンタクルスのように、その気になればあんなことやこんなことまで可能になっちゃったわけなのだ!


 加えて、それだけではない。


『擬態』のスキルレベルを上げていけば、柔らかい触手を硬く変質させたり、本来クラゲにはない器官とかも再現できるかもしれない。たとえば心臓を作り、脊椎を作り、脳……は作れるかどうか分からないが、ともかく無脊椎動物から脊椎動物に変化できるかもしれない。魚とかね。


 もし魚に体内器官レベルで擬態することができたなら、転移に頼らない移動速度がだいぶ上がることになるから、これはちょっと練習してみる価値はあるだろう。


 体積が足りないからできるか分からないが、たとえばドラゴンとかに変身できたら最強じゃあるまいか?


 いや、リヴァイアサンとか上には上がいるってことは分かってるんだけどね。


 ――閑話休題。


 まあ、ともかく、そんなこんなで触手で他人を傷つけることなく触れるようになったってことだ。


 それでもまだ、俺としては本当に大丈夫かとビクビクしてしまうんだが、俺の触手を引くネイアには恐れる様子もない。なかなかに恐いもの知らずというか、御転婆なお姫様だぜ。


 んで、今の俺たちはアトランティスの海中都市を、少し上の辺りに浮かびながら一望しているのだが……、


『改めて見ても不思議な光景だな』


 俺がアトランティスを見つけた時には重苦しい雰囲気に包まれていた街中は、ようやくサハギンどもの襲撃が落ち着きを見せ始めていることで、活気が戻りつつあるらしい。


 あちらこちらで魚人たちが出歩いている姿を見ることができる。


 なのだが、それだけでも俺にとってはファンタジーな光景だった。


『不思議、ですか?』


 しかし、ネイアは逆に不思議そうに首を傾げた。


 確かに、ずっとここに住んでいると、不思議とは思わないかもしれないが。


『いや、魚人たちが移動するときは海中を泳いで移動してるだろ? それが空を飛んで移動してるみたいで、眺めてるだけでも結構面白いんだ』


 人々が建物の上を泳いで移動する様は、まさしく空を飛んでいるように見える、というわけだ。それがなかなかに幻想的かつ違和感を覚える光景で、ずっと眺めていても飽きない光景なんだ。


『ああ、なるほど』


 説明すると、今度は納得した、というように頷いてくれた。


『確かに、地上の都市では見ることができない光景かもしれませんね』


『うん。この光景だけでも観光資源になりそうだな』


『観光……に来る他国人はあまり多くありませんが、そういうことでしたらアトランティスの夜景は評判が良いですよ』


『ああ、確かにあの光景は凄かったな』


 と、ネイアの言葉に俺は記憶の中の光景を思い浮かべる。


 ここに来てからほとんど神殿から出ていなかったとはいえ、俺には『空間魔法』による千里眼もどきがある。しかもずっとサハギンの襲来を警戒していたのだから、必然、アトランティスの光景は昼も夜もあちらこちら覗いていたわけだ。


 だからすでに見たことがあるのだが、アトランティスの夜景は凄い。


 というのも、夜になると海中の都市が魔道具の照明によってライトアップされるのだが、その光景がまた幻想的なのだ。


 海中都市がライトアップされた光景そのものも綺麗なのだが、陸の上からそれを眺める光景もまた、光っている海の中に見える海中都市という幻想的な光景だ。


 昼は昼で幻想的で、どちらも甲乙付けがたいものがある。海で暮らすことのない地上の人々にとっては、24時間不思議な光景だろうな。


『それで、アクア様。まずはどちらへ行かれますか?』


『えーっと、最初は適当に見て回っても良いか?』


 街中に何があるのか、まだ把握しているわけではないのだ。


『はい、それでは適当に回ってみましょうか』


 そんなこんなで俺は、ネイアに触手を引かれてあちらこちらに移動する。


 その途中途中で、気になったことがあれば質問した。


『海中の都市には店とかあるの?』


『はい、ございますよ。飲食店の類いは流石にございませんが、他は一通りあると思います』


 なんと武器屋に服屋に雑貨屋と、色々あるらしい。


『行ってみたい! 特に武器屋!』


 俺はその話に勢い込んで言う。するとネイアはおかしそうに『うふふ』と笑って頷いた。


『分かりました。では、まず武器屋から回ってみましょう。こちらですわ』


 そうして、それぞれの店を冷やかしてみることになった。


 特に俺と関係があり、興味深かったのはやはり武器屋だろうか。広い店内の壁に飾られているだけではなく、店内に並んだ台の上にも、細い縄のようなもので固定されて様々な武器や防具が展示されていた。


 俺が使っている槍は黒サハギンから奪った物だが、魚人たちの武器に比べると性能は良くない。武器屋に並んでいる槍は、明らかに俺の槍を凌駕する性能の物ばかりだった。


『えーっと、店主さん?』


『はい、使徒様! 何か御用でしょうか!?』


 念話で話しかけると、店主のおっちゃんが揉み手しながら近づいてきた。顔は満面の笑みだが……すまん、俺、金持ってないんだ……。


 しかし、そんなことは告げずに商品を見せてくれと頼んでみる。


『特殊な効果が付いた武器ってある?』


 そう、ついぞサハギンどもの武器からは見ることのなかった、特殊な効果が付いた武器。人間さんたちの武器屋ならばあるに違いないと思って聞いてみれば……、


『もちろんございますよ! こちらです使徒様!』


 おっちゃんに案内されて移動した先に、それらは当然のように並んでいた。


 俺は興奮しながら、それぞれの武器を『鑑定』で調べていく。


『おお! この槍、水魔法を強化する能力が付いてるぞ! こっちの剣は切れ味アップ、この盾は挑発効果……? 凄いな、当たり前のように特殊な効果がある物ばかりじゃないか!』


 さすが魚人さんの技術力は違った。


 所詮サハギンどもの武器など、これらの品々に比べれば劣化品に過ぎないようだ。


『アクア様、気に入った物があればお持ちください』


 色々な武器を『鑑定』しながら興奮する俺に、ネイアが当然のように言う。どうやら欲しい物があれば買ってくれるということらしい。


 その言葉には凄く心がひかれた。しかし、女性に高価な物を買ってもらうというのは、男としての沽券に関わ……



『まいど、ありがとうございましたー!』



 ――武器屋の店主が、俺たちの背後で笑顔でお見送りしてくれた。


 そんな俺の触手には、一本の新しい槍がぶら下がっている。


 ……うん、今の俺ってばダンディな紳士でもなければ男ですらない、齢2ヶ月の幼女クラゲなのだった。


 幼女クラゲはそれまで持っていたサハギン製の槍を下取りに出し、足りない分のお金をネイアに支払ってもらったのだ……!!


 もちろん、サハギン製の槍なんて二束三文にしかならないから、ほとんどの金額はネイア持ちである。


『い、良いのか、ネイア!? こ、こんな高い物買ってもらって……ッ!? 俺のことちょっと、甘やかしすぎじゃないのか……ッ!?』


 アトランティスの物価がどうなっているのか、まだ正確に把握しているわけではないが、そんな俺でも分かる。新しい槍は、さすがに幼女のおねだりで買ってもらえる範疇を超越していると。


 何か悪いことでもしてしまったかのように、はわはわとしながらネイアに確認する。


 すると、ロイヤルなお姫様は何でもないような微笑みを浮かべて頷いたのだ。その様子にはセレブしか持ち得ない圧倒的な余裕があった。


『うふふ、もちろん構いませんわ。これくらいではアクア様から受けた御恩の一割にも届きません。他にも欲しい物があれば、遠慮なく仰ってくださいな。それに、アクア様はわたくしたちに、もっと甘えてくださって良いのですよ?』


『は、はわぁ……っ!! ね、ネイアしゃん……っ!!』


 セレブ、パネェ!


 俺は並みの男どもを凌駕するネイアの甲斐性にきゅんきゅんしながら、さらにアトランティスの街中を散策していった。


 とはいえ、さすがにあれもこれもとおねだりするわけにはいかない。


 それに、必要な物もそんなにないしね。というか、必要な物はない、というべきか。


 だから服屋でネイアたちが盛り上がったのには困った。


『こちらのリボンなど、アクア様には似合うのではないかしら?』


『いえ、ネイア様。私としてはこちらの帽子をおすすめいたします。海中でも簡単には脱げないようになっているみたいですよ』


『あら、それも可愛いわね。なら、一緒にこの蝶ネクタイを着けるのはどうかしら?』


『良いですね! とても可愛いです!』


 クラゲを着飾らせてどうするつもりだ。


 というか、絶対動きにくくなるだろ。蝶ネクタイとかどこにどうやって着けるつもりなんだ。


 俺は楽しそうなネイアとサーチャたちのおすすめを何とか断って店を出た。


 残念そうにする二人に気づかないふりをしながら、さて次はどこを見ようかと周辺を見渡して――、


「――――!!」

「――――ッ!!」


 時折、街の魚人たちがこちらの方に手を振りながら、笑みを浮かべて何事かを言っているのを見つける。


 俺たちが街中を散策し始めてから、実は結構そういう魚人たちがいるんだよね。


 俺は感心しながらネイアに言った。


『お姫様って言っても、ずいぶんと人気者なんだな、ネイアは』


 ここまで民衆に好かれているネイアに感心してしまう。


 だが、ネイアとサーチャはきょとんとして顔を見合わせ、それから何事か通じ合うとこちらに顔を戻した。


『いえ、あれはわたくしではなく、アクア様へ、ですわ』


『へ? 俺?』


 予想外の言葉に驚いてしまう。


 ずっとネイアに挨拶でもしているのかと思っていたが、俺に向かって言っていたのか?


 分からなかった。『念話』じゃないと言葉も分からないし、そもそもちゃんと聞こえないからな。


『ちなみに、何て言ってるんだ?』


 ドキドキしながら聞いてみる。


 もしも笑顔で『このクラゲ野郎、失せろ!』とか罵声を浴びせられていたらどうしよう。俺のジェリーハートは粉々に砕け散ってしまうぞ。


 しかし、幸いにもその心配は杞憂だったようだ。


 ネイアは笑顔で言う。


『もちろん、アクア様への感謝の言葉ですわ。アクア様がサハギンたちを討伐し、アトランティスを護ってくださったことは、すでに多くの民たちが知っていますから』


『ぉお……? おお? そ、そうなの?』


『はい!』


 なんとまぁ、俺への感謝の言葉だったらしい。


 俺はこちらへ手を振る魚人たちへ向かって、触手をふりふりと振り返してみた。すると、途端に反応が激しくなる。声は聞こえないが、歓声をあげているっぽい雰囲気があった。


『そう、なのか……』


 前世を含めても、これほど誰かに感謝されたのは初めての経験だった。


 なんか、身体中がそわそわするような、むず痒いような感覚に襲われる。


 うむ……何と言うか…………照れるぜ。




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