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【51】居候クラゲ


 俺はネイアに説明した。


 女神様から下された今回の指令、「一匹残らず虱潰しにサハギンどもを駆除せよ!」について。


 といってもまあ、説明することなんて先の一言に纏められているから、その他に改めて何かを説明する必要もないんだけどね。


 だから俺にとって重要なのは、この後だ。


 俺は少し恥ずかしげにモジモジしながら言う。


『えっとね、そんでね、俺ってば住むところがないから、しばらくこの街に居させてくれないかなって。あと、手間かもしれないんだけど、ここの住人に俺は敵じゃないってことを周知してくれないかなって……街とかも見てみたいし。あっ、もちろん、サハギンが街中に入って来てないか確かめるためなんだけどね!? ど、どど、ど、どう……ッ!?』


 極論すれば遠隔魔法でどこにいても、女神様からの指令は遂行できるわけなんだが、そんなのつまんないじゃんね。


 俺は異世界の都市を観光してみたいんだよ!


「「…………」」


 一方、俺の言葉を聞いたネイアとサーチャは、なぜか目を丸くして見つめ合っていた。


 まるで予想外の言葉を聞いたと言わんばかりだ。


 もしかして、


『クラゲの魔物をわたくしたちの街に居させるなんて危険すぎます! ダメです! 一刻も早くここから出て行ってくださいっ!』


 とか、言われてしまうのだろうか。


 そんな想像をする俺に、しかしネイアたちは視線を戻すと晴れやかに微笑んだ。


『もちろん! 構いませんわ! アトランティスに留まってくださるというのなら、神殿の一室をお貸ししますので、そこにお住まいください!』


『まさかそこまで御助力下さるとは……使徒様、ありがとうございます。感謝の念に堪えません』


 おお……?


 何か知らんが、やたら好意的な反応なんだぜ。


『それから、使徒様の使命にもちろんわたくしたちも協力させていただきますわ! 何でも仰ってくださいませ!』


 え?


『アトランティスの民一同、使徒様の崇高な使命に微力を尽くして協力いたします』


 え? え?


 ネイアたちは何でこんなにやる気なんだ?


 使命とか言っても、サハギンを狩るだけの簡単なお仕事なんだけど。そこまで畏まれると、ちょっと恐いくらいなんだけど……。


 だけどまあ、俺の要望は受け入れてもらえたようだし、問題はないのか?


『お、おう。ありがとな、二人とも。俺、嬉しいよ』


『いえ、当然のことですわ!』


 ――とまあ、こういうわけで、俺はこの神殿の一室を間借りして、しばらくの間暮らすことになった。



 ●◯●



 ――転生六十七日目。


 俺がアトランティスの海底神殿に居候することになってから、早三日が経過した。


 この間、もちろん俺はヒモの如く食っちゃ寝していたわけではない。むしろ精力的に働いていた。


 というのも、神殿の一室に居ながらにしてアトランティス中に「座標」を設置する作業をしていたんだが、その途中、何度もサハギンどもの群が襲撃を仕掛けて来たのだ。


 俺は千里眼もどきでサハギンを見つける度に遠隔アクア・バレットを放って駆逐していく。


 以前は俺の遠隔魔法に恐慌を来していた兵士の皆さんは、最近では俺が遠隔で魔法を使えるという情報が広まったのか、目の前でサハギンどもが木っ端微塵に吹き飛んでも、狼狽えることがなくなった。


 それどころかサハギンを倒してくれたことに礼を言うように、胸に手を当て、虚空に向かって御辞儀をするのだ。


 どうもクラゲの使徒がアトランティスに滞在していることが、末端の兵士までしっかりと伝わっているらしい。


 俺としては仕事だから当然のことをしているという意識なんだが、まあ、感謝されて気分が悪くなるはずもない。むしろ良い。すごく良い。感謝してくれるならもっと頑張っちゃおうかな、という気にもなる。


 俺ってば褒められて伸びる子だからね!


 そんなわけでアトランティスに「座標」を設置しつつ、千里眼もどきで見つけたサハギンどもをサーチアンドデストロイしていたわけなんだけど……そのせいで、まだろくにアトランティスの観光もできていないのは困ったところだ。


 それでもまあ、神殿の一室で眠ることができるだけでも嬉しいんだけどね。


 何しろこれまでは危険な野生動物が跳梁跋扈する野外で寝ているのと変わらない環境だったわけだからね。家というか、壁に囲まれた安全な場所で寝れるというのは素晴らしいことなんだと、改めて思い知ったよ。眠りの深さも疲労の抜け方も全然違うわ。心なしかMPの回復速度まで速くなった気がするもんね。


 それに、もう一つ良いことがある。


 今までは当然のことながら、食事をするには自分で狩りをしなければならなかった。


 だが、ここで暮らし始めてからその必要はなくなったのだ。


『お、ネイア』


『お疲れさまです、アクア様』


 俺が間借りしている一室でサハギン狩りに励んでいると、この国のお姫様にして海神の巫女、ネイアが姿を現した。


 ネイアは外にも出ないでニートしている俺のことを蔑みに来た――というわけではもちろんない。すでにネイアたちには俺が『空間魔法』を使えて遠隔で魔物を倒せることを教えているから、俺がここにいても仕事をしていると知っているんだよ!


 ちなみに、彼女は今では俺のことを名前で呼んでくれる。


 いや、俺がそうして欲しいって言ったんだけどね。いつまでも使徒様呼びじゃ他人行儀じゃん?


『お食事の用意が出来ました』


『あ、そうなんだ。いつもありがとな』


『ふふっ、いえ、これくらい当然のことですわ』


 にこやかに笑う彼女の手には、透明なガラスの蓋がされた皿があり、中には盛り付けられた食事がある。


 ネイアとその護衛のサーチャが部屋に入って来て、大きな平皿を床に置き、蓋を取ってくれた。俺は触手で皿に盛られた食事を掴み、傘の内側に運んで食べる。今日のメニューはカラフルな色をした魚と貝、エビなどだ。加えて彩りのためにか健康を気遣ってなのか、海草もある。


 ここは海の中なので当然ながら火を使った調理もできないし、調味料で味付けすることすらできない。なので全て生のままだ。ただし、貝やエビなどは殻を外してくれているから、俺にとっては消化しやすくて嬉しい。


 海草まできっちりと傘の内部に取り込んで、食事を終える。


 そんな俺の様子をネイアたちは楽しそうに見守っていた。俺が食事をする様子が興味深いらしい。たしかにまーちゃんのようなクラゲマニアには、クラゲの食事風景を見たいという人が結構いるけど。


 クラゲって消化した物を体内に取り込んでいく時に、エサによって色が変わるんだよね。ほら、基本透明だからさ。俺としては体の奥まで観察されているようで恥ずかしいんだけど。


 ああっ、俺のっ、奥までっ、見られてるぅ……っ!!


 最近ではそういうのがちょっと快感になっているのは、誰にも言えない秘密だ。


 あ、ちなみにネイアたちが一緒に食事をすることはない。


 というか、魚人たちは海の中では食事をしないらしい。多くの人はわざわざ地上に戻って食事をするのだとか。


 海の中に住んでるのに、なんで? って思って聞いてみたことがある。


 それに対するネイアたちの回答がこれ。


『アクア様の仰る通り、遥か古には魚人たちも調理などせず、そのまま獲物を食していたらしいです。しかし、時代が下って他の人類種族たちと交流を持つようになると、そういった生活様式は変わり、地上で調理した食事をとるようになっていきました』


 この話は少し長くなったので、俺が纏めよう。


 要するに、昔は生活のほとんどを海の中で行っていたため、食事も野性味溢れる生のまま一択だったらしい。


 しかし、地上で暮らす他の人類種族と交流を持つようになり、魚人たちも必然、その文化文明という衝撃を受けることになる。


 中でも特に、きちんと調理され、味付けされた料理の数々に、魚人たちは多いに驚愕することになった。


 そりゃあ、海のものは調理しなくたって美味しいものが多い。現代の地球だって生で食べる海産物が多いことから、それは分かるだろう。


 しかし、刺身だって調味料をつけて食べるはずだ。


 完全なる生と、調理された生。この違いは歴然としていた。


 魚人たちは思う。


 今まで俺たちが食べていたものって……クソだな、と。


 それに野蛮な食事をしていると、他の人類種族から嘲笑され、馬鹿にされるのも許せない。


 というわけで、魚人たちも陸に上がり、自分たちの文化文明を築くことになったのだとか。それから長い年月が流れ、今ではアトランティス王国は魚人としての強みを活かし、海洋国家として随一の造船技術、航海技術を誇り、小国ながら海上交易によって巨万の富を築くに至ったらしい。


 ふーん、なるほどね、と俺は思った。


 だが、それならば別な疑問が湧いて来るじゃないか。


 陸の上で立派に文化文明を築き暮らせているなら、なぜ今も海の中で暮らしている人々がいるのかと。




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