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【50】海神の巫女


 たくさんいたサハギンどもをジェノサイドした。


 神殿前での戦いはそうして実にあっさりと終わりを迎え、魚人の兵士たちはサハギンどもが持っていた武器の回収や、サハギンの死体そのものの回収など、戦いの事後処理に移っている。


 それにしても素朴な疑問なんだが、彼らはサハギンの死体をどうするのだろうか。


 まさか、食べ――いやいやそんなわけないか。


 俺は移動する前に目撃した光景を記憶から振り払い、現在いる場所へと意識を戻す。


 目の前にはとてもおっぱいが大きい美少女と、軽鎧を身に纏った目つきの鋭い美人の二人がいる。


 鎧を身に纏っている方の女性は、鮮やかな赤い髪を一本の三つ編みに纏め、これまた鮮やかな赤い瞳をした美人さんだ。年齢はたぶん、お姫様っぽい隣の美少女と同じくらいだろう。


 ついさっきまでは戦場らしく兜を被っていたのだが、今は脱いで脇に抱えている。


 んで、ここが何処かというと。


 あの戦いが終わった後、どこか遠巻きに俺を眺める兵士たちをおいて、俺はこちらの見目麗しい女性二人に案内され、パルテノン神殿っぽい建物の中へと案内されることになった。


 ここは神殿の中の一室というわけだ。


 一応というか、ここは海の中なので、天井のある室内に入ると昼間でも途端に暗くなる。しかし、壁面の高いところに設置された燭台のような物が、室内を柔らかい明かりで照らし出していた。


 もちろん普通の燭台ではない。台の上には蝋燭ではなく、拳大の結晶が設置されていて、その結晶が発光しているのだ。電球とも蛍光灯ともLEDライトとも違う、不思議な光である。


 室内にはテーブルや椅子の類いは何もなく、何かの道具類が壁に掛けられるようにして置かれていた。前世の記憶を持っていると違和感を覚えるが、海の中ではテーブルや椅子が必要になることはほとんどないらしい。考えてみれば無重力環境に近いしね。


 まあ、海の中で暮らす魚人たちの生活に、色々と興味は尽きない。


 だが、それらの疑問はもう少し後で解消することにしよう。


『使徒様、此度のご助力、まことにありがとうございました。使徒様が来てくださらなかったら、民たちにも多くの被害が出ていたでしょう。アトランティス王家を代表して御礼申し上げます』


『使徒様、ありがとうございました』


『あ、うん』


 二人の女性が胸に手を当て、深々と頭を下げる。


 会話はもちろん、俺の『念話』スキルによるものだ。


 当然と言えば当然なんだが、何だかすごく感謝されている。そのことに俺は、微妙に気まずい感情を覚えて、わたわたと触手を振りながら応えた。いや、アトランティスを見つけるのが遅れたのは、俺のせいではないんだけどね?


『ま、まあ、そんな気にしないでよ。俺も女神様からサハギンを倒せって言われて、やった事だからさ』


 お仕事だから、過剰に感謝されると狼狽えてしまうぜ。


『使徒様、失礼ですが、女神様というのは海神ポセイドン様のことで、間違いないでしょうか?』


『ポセ……あ、うん。そう、それそれ』


 そう言えば女神様の名前はポセイドンだったな。


 アレな名前過ぎて心の中ではずっと「女神様」呼びだったから、名前を出されると一瞬混乱してしまうぜ。


 一方、神様を「それ」呼ばわりしてしまったからか、美少女たちは目を丸くしていた。


 それから気を取り直したようにもう一度頭を下げ、


『名乗るのが遅れてしまって申し訳ありません。わたくしはアトランティス王ルビオン・トリトン・アトランティスが娘、ネイア・トリトンと申します。そしてこちらが』


 と、横の赤毛の女性を視線で示して、


『わたくしの近衛騎士で、サーチャ・ラクトです』


『サーチャ・ラクトと申します、使徒様。以後、よしなに』


 それぞれに名乗る。


 ネイアと名乗った巨乳ちゃんはお姫様っぽいなと思っていたが、どうやら本当にお姫様だったらしい。びっくりだぜ。なぜお姫様がこんな場所にいてサハギンたちと戦っていたんだろうな。もしかして、おっとりした見た目にそぐわず武闘派なお姫様なのかもしれん。


 しかし、ネイアの自己紹介には続きがあったようだ。彼女は『そして――』と続け、自らの胸元を手で指し示したのだ。


 そこに注目して下さいと言わんばかりの仕草に、俺は遠慮なく注目した。


 ネイアの手で示された胸元――正確には見事で大変に素晴らしい双丘の谷間の、少し上に、どこかで見たような紋様が刻まれているのだ。


 ただし、こちらは俺のとは違って青色をしていた。


『この海神の神殿で、海神ポセイドン様の巫女を務めております』


 巫女?


 俺は疑問に思い、ネイアに聞く。


『その紋様って、聖痕だよな?』


『はい、そうです』


『ということは、加護を貰ってるってことだよな?』


『畏れ多いことながら、いただいておりますわ』


『ってことは、ネイアも使徒だったのか?』


 まさかこんなところに使徒仲間が?


 つまり同僚ということになるか。いや、俺が使徒になったのはつい最近だから、ネイアの方が先輩であろう。ここはネイア先輩って呼んだ方が良いだろうか?


 っていうか、美人で巨乳で優しそうな先輩がいる職場って、控えめに言っても最高なんだが? 人間だった頃もそんな職場で働きたかったんだが? 手取り足取り優しく仕事を教えてもらいたかったんだが?


 しかし、そんな俺の予想とは裏腹に、ネイアは首を横に振った。


『いいえ、わたくしは使徒ではありませんわ。この聖痕は使徒の聖痕ではなく、巫女の聖痕ですので』


『ほう、なるほどな』


 どうやら聖痕には、少なくとも二種類あるようだな。


『……ところで、何が違うんだ?』


 だが何が違うのか分からないので、率直に聞いてみた。


 聖痕の形はどう見ても同じだ。違いと言えば俺のは白で、ネイアのは青色というくらい。


 だが、ネイア曰く、違いは色だけではないのだという。


 まず加護によって与えられる属性。使徒であれば水属性と氷雪属性の二つが最上等級で与えられるが、巫女だと水属性だけが最上等級で与えられる。


 次に加護と共に付与されるスキルも違う。使徒であれば『神託』『限界突破』『神降ろし』だが、巫女だと『交信』『神降ろし』の二つだけになる。


 ちなみに『交信』というのは『神託』とは違い、巫女の方からも神に声を届けることができるスキルらしい。


 与えられる加護の力としては、使徒の方が強いというのがネイアの言だった。


『なるほどな。分かりやすかったよ、ありがとう』


 一通りの説明に俺は礼を言う。


 それから、今度は俺も自己紹介することにした。


『まあ、もう知ってるみたいだけど、俺は女神様の使徒で、名前はアクアだ。よろしくな』


『はい、こちらこそよろしくお願いいたします、アクア様』


 さて、自己紹介が終わったところで、だ。


 ここにはお礼を言うために連れて来られたのだと思う。それから俺が使徒であるのか、きちんと確認するためだろう。さらに理由をあげるとするなら、ネイアたちは俺がここに来た理由も知りたがっているはずだ。


 女神様にサハギンを倒せって言われたということは、もう告げているが、それでも少し詳しく事情を説明するべきだろうな。


 俺に与えられた「サハギンを虱潰しに駆逐しろ」というオーダーは、ネイアたち魚人にとっても渡りに船のはずだ。


 つまり、彼女たちとは協力関係を結べるはずなのである。


『えーっと、ネイア』


『はい』


『俺が女神様から与えられた使命について説明しようと思うんだけど、聞いてくれるか?』


『はい、もちろんです。ぜひ、お聞かせください』


 俺が聞くと、ネイアたちは真剣な表情で頷いた。


 いやまあ、そこまで真剣に聞く必要はないんだけどな。何しろ俺の目的ってば、俺が味方だということを周知してもらって、アトランティスを自由に観光したい、ということなんだから。


 半ば以上無理だと思っていた人間さんたちとの交流。そして文化的生活……。


 それが実現するかもしれないんだからな!




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