【48】神は見捨てていなかった・2
【アトランティス王国・海神の神殿:ネイア視点】
サハギンたちとの戦いは幾日にも及びました。
一度は大軍勢を辛くも退けることに成功しましたが、全てを倒しきることはできませんでした。その後、サハギンたちは群を幾つかに分け、アトランティスのあちらこちらを断続的に襲撃するようになったのです。
数を恃みにした戦いでは分が悪いと判断したのかもしれません。
サハギンたちが何を思ってそのような襲撃方法へ変えたのか、本当のところは分かるはずもありませんが、結果的にわたくしたちに対しては、それは有効な攻撃手段となりました。
何時やって来るともしれないサハギンたちに怯え、民たちは恐怖し、兵たちは常に緊張を強いられます。襲撃がある度に兵士たちは傷つき、その数を減らし、疲労は蓄積していきました。
それでいて、サハギンたちの襲撃を完全に防げるわけでもありません。
幾人もの民たちがサハギンによって命を奪われ、あるいは拐われていきました。行方不明となった民たちがどのような目にあっているのか、想像するに難くはありませんが、あえて想像したいとも思えません。
わたくしたちとて、相当数のサハギンを倒しているはずです。
しかし、次々に襲撃してくるサハギンたちの数は、一向に減る様子を見せないのです。最初の大攻勢で襲ってきた群が3000を超えるくらいだとして、その大部分を逃がしてしまっているとしても、既に3000以上のサハギンは倒しているはずなのです。
これではまるで、何処かからサハギンが補充されているようです。
おそらくは、イヴィル・スレイブを生み出したイヴィル・ファミリアがいる場所から、こちらへやって来ているのでしょう。
ポセイドン様がファミリアを倒していただければ、そこから先、補充されることもないはずですが。それまでわたくしたちが耐えることができるかどうか。
何よりも問題なのは、アトランティスを覆う魔物避けの結界が、スレイブに率いられたサハギンたちには何の効果も示さないことです。
一つの巨大な都市を覆う結界です。結界の規模を維持するため、効力は強いとは言えません。それでも、これまでにこんな大規模な襲撃はありませんでした。
アトランティスには暗い絶望の影が、澱のように蟠っていました。
そんな時です。何度目になるでしょうか。
「――ネイア様! またしても北大神殿を目指して大規模なサハギンの群が!」
神殿の中の祭祀場で、結界の要となる海霊石へ魔力を注いでいたわたくしの下へ、緊迫した顔のサーチャ・ラクトが駆け込んで来ました。
サーチャはわたくしと同年代――18歳の女性ですが、同時にわたくしの近衛騎士でもあります。
両腕に籠手、両足にレッグガード、胸当てを装着し兜を被った出で立ちは完全武装のそれです。鮮やかな赤い長髪を一本の三つ編みにして、赤い瞳に厳しい光を湛えています。サーチャの顔立ちは殿方が放っておかないほど整っていますが、いつもキリリと引き締められ、異性を寄せ付けない雰囲気を発しています。
わたくしのためにそうしているのだと分かっていますが、これではサーチャが婚期を逃してしまうのではないかと、密かに心配していることは秘密です。
わたくし?
いえ、わたくしは巫女ですので……。
「また、ここへ、ですか……」
サーチャの方へ振り返り、物憂げに呟いてしまいます。
北大神殿。それはつまり、今わたくしがいるこの神殿のことです。アトランティスは東西南北に神殿があり、それぞれが結界の維持に必要な機能を備えていますが、北大神殿は結界の要なのです。
サハギンたちはどうやってそれを知ったのか、何度も大規模な群でここを襲撃して来ているのです。
これまでは何とか撃退することができていましたが……ここを護るために配置された兵たちも数を減らし、残った者たちでさえ色濃い疲労に限界が近い……。
「サーチャ、どれくらいの規模なのです?」
「目算にして、およそ千体を超えるかと」
「千体……」
その答えに、わたくしは唇を噛み締めました。
現在、この神殿に配置されている兵たちは100人程度です。遅滞戦闘に徹すれば、援軍はやって来るでしょう。その援軍を捻出するために、他の場所が危険に晒されようとも、です。
なぜなら、結界の要たる北大神殿を失うわけにはいかないのですから。
しかし、それでも援軍がやって来るまで、今の兵たちで耐えることができるかどうか……。
「ネイア様、今度こそは神殿から避難してください」
サーチャが真っ直ぐにこちらを見つめ、断固とした口調でそう言います。
それは、きっとサーチャもここが限界だと感じているからでしょう。彼女の立場からすれば、わたくしをこれ以上危険に晒すわけにはいかないのです。
だから、
「ごめんね、サーチャ」
わたくしは彼女に謝ります。
今回もまた、彼女の職分を拒否するような選択をすることになるから。
「ネイア様っ!! 分かっているのですか!? 今度こそここはッ!!」
「分かっています。でも、わたくしは王族で、巫女です。王族として、巫女として、最後まで民を護る責務があるのです」
それが可能かどうかではない。
そうすることが、そうして民に、王族が自分たちを見捨ててはいないと示すことが重要なのだ。
「それに、いざとなれば、わたくしの命を使ってでも――」
「ネイア様ッ!!」
サーチャが悲鳴のような声をあげる。
確かに、今のは失言だったかもしれない。近衛騎士たるサーチャの前で、自ら死を望むような発言は控えるべきだった。
「ごめんなさい」
謝った。
サーチャは怒ったような顔を変えて、今度は困ったような顔をした。いえ、あるいは途方に暮れたような、というべきかもしれません。
「ネイア様……もしも本当に、もうこれ以上はダメだと私が判断したなら、その時は、貴女を気絶させてでも、ここから逃げますからね」
「ええ、分かったわ。我が儘を言って、ごめんなさいね」
「我が儘なんて、可愛らしいものではありませんよ、これは」
サーチャは諦めたように、深くため息を吐く。その様子にわたくしはクスリと笑って、努めて明るく言いました。
「それでは戦いに赴きましょう。御供してくださいね、我が騎士様?」
「もう……ネイアったら……。分かりました、姫様の仰せの通りに」
姫様と騎士ごっこ。
わたくしとサーチャが幼い頃からしていた遊びのように言葉を交わして、わたくしたちは神殿から外へ出るために動き出した。
これが最後になるかもしれない。そう思いながら。




