【44】アトランティス
広げる。
「座標」をあちらこちらに設置していき、「空間識別」を広げていく。
その巨大な都市の全てを識別の領域内に捉えることはまだ不可能だけれど、それでもそこがどんな都市か理解できるくらいには「空間識別」を広げることができた。
(ほえー……きれー……)
人間であった頃の視界の果てまで一望するような感覚とは違う。だけど、それにも匹敵するほど広い「視界」を作り上げて、俺はただただ感嘆の念と共にアトランティスを眺めていた。
あまりにも幻想的すぎて、語彙が死んでるけど。
海洋王国アトランティス。
あるいは海洋都市国家アトランティス、とでも呼ぶべきかもしれない。
まず、都市の中心には巨大な島がある。全貌を把握するには時間をかけて「座標」を設置していかなければならないが、女神様から聞いた話では、アトランティスは巨大な島を中心に広がる都市だ。
その島がどれくらい巨大なのかは分からない。
ハワイくらいか。それとも四国くらいか。あるいは北海道ほども巨大な島なのかもしれない。正確な大きさは今はまだ推測することもできないが、間違いなく第二楽園島よりも巨大だろう。
そんな島の陸上に、アトランティスの住人である魚人たちの多くが住んでいる。地上に家を建て、他の人類種族と同じような生活を営んでいるそうだ。そして島の上には、アトランティスを治めるアトランティス王の居城である大きな城も建っているらしい。
だが、今はそこまで「視界」に捉えることはできていない。
ただ巨大な島の外縁と、その上に建つ港町があるのが見えるだけだ。
そこまでならば、文明的には中世に近いような生活様式だけれど、とりたてて驚くようなことではない。
驚くべき光景は、港町の外側、海。さらにその下に広がっていた。
島を中心とした遠浅の海。水深は10メートルから20メートルの間くらいだろうか。そんな場所に、間違いなく人の住む都市が広がっているのだ。
海の中に、海底に、白い石のような、あるいは何かの骨のような建材を利用した家々が立ち並んでいる。中にはドーム型をした丸い屋根の、何かの施設らしき大きな建物もある。
一見して、西洋の古い街並みといった印象だ。
すぐに分かる違いと言えば、煙突の類いが一切ないこと。建物に出入りするための場所が引戸になっていること。道は一切舗装されていないこと。階段の類いが一切ないこと――くらいだろうか。
探せば他にもまだまだ違いはあるのかもしれないが、少なくともパッと見た感じでは、そのまま地上にあっても違和感の少ない街並みだった。
水没した都市、とでも表現すべき光景だが、断じて遺跡の類いではない証拠に、海底に広がる都市には多くの人々が生活していた。
もちろん、その全ては魚人だ。
手足に鱗があり、少しだけ水掻きのようなものが発達している。耳にはヒレのように見える器官が生え、首筋にはエラのような亀裂が走っている。だが、それら以外は俺が想像する普通の人間と同じように見える人々。
水中であるためか、みんな薄着だ。というか、ほぼ水着だ。ヒラヒラとした服を着ている人は、今見ている限りでは存在しない。衣服で身を飾り立てることができない代わりなのか、装飾品を身につけている人や、体に入れ墨をしている人が多いようだ。
多くの人々が住まう海底都市の頭上を、竜骨を備えた大型帆船が船底を見せつけながら港へゆっくりと進んでいく。
空を飛ぶように海中を泳ぐ小魚の群が人々の頭上を通りすぎていく。
海面から降り注ぐ柔らかな陽光が、幻想的に海の中の都市を照らし出している……。
(しゅごい……きれー……)
目を奪われる。
何時間でも眺めていられそうな光景だった。
だが、だからこそ。
(なんか……みんな、表情が硬いな……)
垣間見える違和感。幻想的な都市に相応しくない不協和音。
(サハギンどものせいか……?)
海底都市の外縁には、市壁や防壁の類いは存在していない。
恐らくは、壁を設置しても海面より高くしなければ意味がないからだろう。その代わりに、アトランティスでは常に魔物避けの結界が張られていると、女神様は言っていた。
その結界は目に見えるようなものではなく、魔物が嫌う魔力の波動を絶えず流しているらしい。
ゆえに、魔石を持つ魔物は「餓えに我を忘れる」とか「怒りに支配される」とか、そういった本能をねじ伏せる強い感情――あるいは明確な意思の力がなければ、アトランティスに近づくことはないのだとか。
本来ならば俺にも有効な結界なのだが、海神の加護を持つため、俺は結界の影響を受けることがない――というのを女神様から聞いて、それだけでも使徒になって良かったと思った。
じゃなきゃせっかくアトランティスを見つけても、近づくことさえできなかったはずだからな。
しかし、それにも拘わらず、サハギンたちはアトランティスを襲っていた。
海底都市の外縁部付近――というか、都市の外側で、数十の群を作ったサハギンたちが、あちらこちらで魚人たちと戦いを繰り広げている。総数にすれば300……いや、400体は超えているだろう。
対する魚人の兵士たちは、槍や銛のような三叉の矛を武器に、サハギンたち相手に優勢に戦っていた。
俺が手を出す必要もなく、きっと兵士たちだけでサハギンを撃退できるだろうと思えた。どうも一般の兵士たちは上位種サハギンと同じくらいの強さらしいが、知能と統率では魚人たちの方が遥かに上だ。組織的な用兵により、大きな被害を出すことなくサハギンどもを倒していく。
だが。
(あー、うーん……もしかして、俺が見つけるの遅くなったせいか?)
俺が女神様から仕事を任せられ、アトランティスを見つけるまでの間も、彼らはサハギンたち相手に戦っていたのだろう。戦い続けていたのだろう。
しかもどうやら、サハギンどもは厭らしいことに群を幾つもに分けて散発的に襲撃している模様。これでは対応する兵士たちも辟易……というか、だいぶ疲労が溜まっているのも当然だ。
兵士たちの顔色を窺ってみたところ、少なくない兵士たちの目の下に隈がある。そして一部の人々は「死相かよ」と言いたくなるほど酷い顔色をしていた。
(む、胸が痛い……これが、ココロ……?)
きっと俺は悪くないと思う。俺は最善を尽くしてアトランティスを見つけたんだからさ。
だけど彼らを見ていると良心の呵責に苛まれるの。
正直、遅れてゴメンなんだよ……。
(よし、魚人の人たち! いま俺が助けてやるからな! このクラゲ界の最カワアイドル、アクアちゃんが!!)
というわけで、俺は遠隔アクア・バレットを発動してサハギンたちを駆除し始めた。
海中でアクア・バレットの威力を損なうことなく放つには、通常の「形体付与」「硬化」「水流操作」「射出」の工程に「水中抵抗軽減」も付与する必要がある。海水を使えば良いので「水生成」は省略できるが、消費としては「水中抵抗軽減」の方が大きい。
そのため、余計にMPを消費してしまうのだが、『海神の加護』のおかげか、消費MPはほとんど変わっていなかった。むしろ、ちょっとだけ少なくなっているほどだ。
それでいて、威力は上がっていた。
めちゃくちゃ上がっていた。
水弾が当たった平サハギンの上半身が、「見せられないよ!」といった感じで木っ端微塵に吹き飛んだのだ。
(――――ふぁッ!?!?!?)
ちょっと待て何だ今の威力!?
めちゃくちゃ破壊力が上がってるんだけど!? マテリアルライフルが当たって弾けたのかと思うくらいのグロ画像になっているんだけど!?
加護を貰ってから、アトランティスを探すのに専念していたために、攻撃魔法を使うのは今回が初めてだ。だからこんなに威力が上がっているなんて知らなかった。
水属性が元々の「中等級」から「最上等級」へ二階級特進を果たした結果がこんなことになるなんて、確かに女神様は水魔法の威力が上がると説明してくれていたけど、それにしても上がりすぎじゃない!?
いや、強くなる分には文句なんて全然ないんですけどね!? それでもステータスに表示されない属性の等級というパラメータが、ここまでの変化をもたらすとは……。
これが敵の属性が高いと考えた場合、あまりステータスは過信できなくなってしまうなぁ。
ともかく。
こ、こいつぁ、間違っても魚人兵士の皆さんには誤射れないぜ……ッ!!
俺は色々と戦慄しながらも、誤射に気をつけながら遠隔アクア・バレットを撃ちまくる。
ボボボボボボボボボボッ!!
――と。
もはやアクア・バレットではなくアクア・ガトリングとでも呼ぶべき威力で、平サハギンも上位種サハギンも黒サハギンも、全て一緒くたに肉片に変えていく。どいつもこいつも、多少の強さの違いなんて意味はない。数十のサハギンどもから溢れ出す鮮血により、海中が真っ赤に染まっていく。
ま、まあ、ともかく。
これでまずは、サハギンの群の一つを駆除することができた。
戦っていた魚人兵士の皆さんも、これにはニッコリだろうと様子を窺ってみると……、
「――――ッ!? ――――ッ!?!?」
「~~~~ッ!! ~~~~ッ!?」
「――――ッッッ!!」
――めちゃくちゃ恐慌状態に陥っていた。
あちらこちらに視線を彷徨わせて警戒し、皆さん恐怖に顔を強張らせている。端的に言えば、怯えている。
(…………)
あー、……まあ、ね?
考えてみれば、彼らからすれば誰がサハギンたちを殺したかなんて分かるはずもないわけで……。いきなり戦っていた相手が、自分たちは何もしていないのに木っ端微塵に吹き飛んで、驚かないはずがないわけで……。
……うん。
敵はまだまだいるんだ。俺はすぐに別の群を何とかしないとだな。
あー! 急がし急がし!!




