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【42】神は憂鬱


【神域・竜宮城:ポセイドン視点】



「ふぅ……まずいことになったのう」


 神域にある奥の座敷にて、海神ポセイドンは己の眷属たるリヴァイアサンとの繋がりを断ち、深々とため息を吐いた。


 世にも奇妙な稀人たるクラゲが見れば、そこは畳が敷かれた和風の座敷と言うだろう。そんな場所で絢爛豪華な着物を纏った海神はだらしなく横になり、肘掛けに体重を預けて気だるそうにしている。


 海神の目の前には膳に乗った熱燗とお猪口、そしてツマミらしき漬け物が置かれていた。


 海神はパリポリと漬け物を咀嚼し、手酌で注いだ酒をチビチビと舐めるように呑みながら、先程までの出来事を回想する。


 始まりは彼女を信仰する海洋王国アトランティスに、大量のサハギンたちが押し寄せたことだ。


 それが普通のサハギンであれば、幾ら数が多かろうと神たる彼女が問題視することはない。しかし、『交信』のスキルを持つ海神の巫女から報告された情報が、海神を動かすことになった。


 この世界が抱える最大の問題――「外なる者ども」


 異界より襲来した邪神と、その眷属どもの存在。


 実に忌々しい限りだが、その存在を臭わせるイヴィル・スレイブがサハギンの群に混じっているとなれば、彼女が動かないわけにはいかない。海は彼女の管理するべき領域なのだから。


 彼女はすぐにサハギンどもが何処から襲来したのかを調べ上げた。


 そうして驚く。


 サハギンどもが根城にしている無人島の地下に、邪神の眷属が潜んでいたからだ。


 イヴィル・スレイブ程度ならば、彼女の信徒である魚人たちに任せても問題はないだろう。しかし、邪神の眷属となれば話は別だ。


 ここで逃げられる前に、確実に滅ぼす必要があった。


 ゆえに彼女は自らの眷属の中でも、特に戦闘に特化したリヴァイアサンを派遣した。


 結果として、邪神の眷属の駆除は一瞬で終わる。


 そこまでは問題はない。世界中に散り、潜伏している邪神の眷属――イヴィル・ファミリアを発見し、駆除する仕事は頻繁ではないが、これまでに何度もあったことだ。数年に一度のペースでイヴィル・ファミリアは発見されている。


 だが、思いがけず発見した稀人のクラゲが問題だった。


 イヴィル・ファミリアの駆除が終わった後、何者かに『鑑定』されたことはすぐに分かった。誰が鑑定したのか、リヴァイアサンのステータスを参照しようとした愚か者を割り出すよう、【アーカーシャ・システム】の最上位管理者である【星霊アトラス】に要請する。


 回答は一瞬。


 彼女は自身の前に表示されたステータス情報を確認して――――



「…………は? バカな……」



 本当に久しぶりに、思考が空白になるような驚愕を覚えたのだ。


 アクア・シームーン。人間ではない。クラゲの魔物。それはどうでも良い。アクア・シームーンにしては異様すぎるパラメータも、あり得ないスキルの数とレベルも、異常ではあるが大きな問題ではないのだ。


 ただ看過し得ぬ情報は、『世界を越えし者』の【称号】と『空間魔法』のスキル、そして『ポリプ化』という、これまでに存在しなかったはずの新スキルを持っていることだ。


 それらの情報はどれも、このクラゲが異界からの迷い人――稀人であることの証明だった。


『世界を越えし者』と『空間魔法』、そして全く新しい見慣れないスキル。新スキルはおそらくユニークスキルだろう。高度な知性と自我を持つ稀人が、こちらの世界でステータスを付与された際に、記憶や経験、資質から自動生成されるスキルのことだ。


 称号と『空間魔法』も問題ではあるが、こちらは既知の情報だ。しかしユニークスキルは全く未知なため、彼女は急いで『詳細鑑定』を発動した。


 そうして開示された『ポリプ化』というスキルの性能に――しばし、絶句する。


「…………何じゃ、この、ふざけた効果は」


 ようようと絞り出した言葉は、苦渋に満ちている。


 それは到底看過し得ないスキルであった。


『ポリプ化』の性能を簡潔に言うならば、「レベルを代償に進化する」というもの。だが、この世界において進化というのはそれほど簡単に行えるものではない。


 進化するには、進化先の種族ごとに、幾つもの条件が存在する。レベル、保有しているスキル、パラメータの高さ、獲得している称号、特定種族の討伐、そして生存日数。


 幾つもある条件を満たして進化できる者は稀だし、進化できたとしても、ほとんどの者は一回だけだ。対して、レベルを代償とするだけで進化できるなど、そんなものは無条件に等しい。その気になれば何度でも進化を繰り返すことができてしまう。


 それはあまりにも破格なスキルだった。


「今はどうとでもなるが、いずれは手に負えなくなるやもしれぬ……」


 放っておくにはあまりにも危険な存在だ。


 危険、なのだが……それ以上に、そもそもの話。


「稀人であるのは、間違いないか……」


 稀人。


 珍しい存在ではあるが、無限の寿命を持つ神たる彼女は、他にも稀人の存在を知っている。それこそ何人も。『ポリプ化』のようにふざけた性能を持つユニークスキルさえ、何度か見てきた。神からすれば、稀人は珍しくはあれど、そこまで驚く存在ではない。


 だが――――それは遥か昔の話だ。今はいない。稀人がこの世界に来訪することなど、あり得ないのだ。あり得てはいけないことなのだ。


 ステータスが付与されているということは、イヴィル・ファミリアやイヴィル・スレイブではない。しかし、だからと言って安心はできない。奴らは非常に慎重で狡猾だ。今では制限はあるもののステータス情報を偽る術を開発したとの、他の神々からの報告もある。そもそも言葉巧みに地上の民を煽動し、自分たちの信奉者を作り上げ、あるいは無自覚の協力者たちを生み出している。


 ゆえに、あのクラゲが邪神側の協力者でないとは断定できない。


 それに行動も怪しかった。


「む……! リヴァイアサン、そやつを逃がすな!」


 クラゲが魔法を発動しようとした。


 それを見て、海神は「空間転移」で逃げようとしたクラゲを捕らえるようリヴァイアサンに指示する。リヴァイアサンはすぐにクラゲの未熟な魔法術式に干渉し、転移座標を変更する。そして新たに転移を発動するのを阻害すれば、クラゲを逃がしてしまうこともない。


「ただの稀人であれば良いが……邪神の一党であれば消さねばならんの……」


 冷然たる決意を秘めて、海神はクラゲの前に姿を現す。


 リヴァイアサンを中継することで神域から己の力を行使し、クラゲの前に姿を現したのだ。


 そうして『心通』によって会話を試み――目の前のクラゲが、おそらくはただの稀人であることに、微かに安堵する。


 クラゲには教えていないが、通常の『念話』スキルとは違って、神々の使う『念話』……というより、『心通』という名のスキルは相手の思考、感情をかなりの精度、深度で読み取ることができる。


 もしも相手が自身に敵対する存在であったなら、相手が自分自身を完璧に偽っていない限り、ほぼ確実に敵対者かどうかを看破することが可能だ。


 それによれば、クラゲに敵対的な意思はないと分かった。自らが語った転生してからの経緯にも嘘は見られない。おまけに会話できる存在と出会い、実際に会話するのはこれが初めてだというのだから、知らず知らずの内に邪神たちの協力者に仕立て上げられている可能性も、極めて低いだろう。


 だが、だからといって問題は一切解決していなかった。


 邪神どもの能力を思えば、これでもまだ邪神どもの一党ではないと断言はできない。今は記憶を封じられているだけかもしれない。まあ、疑い出せばキリがないのが本当のところだ。


 というよりも、今の世界に稀人が「存在するはずがない」以上、クラゲと邪神がどこかで繋がっている可能性は非常に高いはずなのだ。それが偶然にしても、意図的なものにしても。


 可能性としては偶然の方が高く、そうであれば、クラゲは単に巻き込まれた被害者ということになるのだが……。


 だとしても、消してしまった方が安全ではあるし、後腐れもない。


 だが、と彼女は必然であった場合について考える。


(もしも邪神どもと接触があるのならば……)


 わざと泳がせておくという手もある。


 このクラゲというエサで姿を隠している邪神本体を釣り上げることができるかもしれない。それはこの世界の神々にとって悲願だ。まあ、可能性はかなり低いだろうが。


(こやつ自身に敵対する意思はないようじゃ……となれば、釣り糸の先のエサとしてみるのも一興か……)


 彼女は決断する。


 エサには針と糸が必要だ。ゆえに、自らの加護を与えて使徒とすることを。


 クラゲが使徒になれば、もしも善からぬことを企んだとて、使徒との繋がりを介して彼女は神域外に力を行使することができる。簡単に言えば、周囲に被害を及ぼすことなく、いつでもクラゲを殺すことができる、ということだ。


 加護とはいえ力を与えるのに不安を覚えないでもなかったが、安全装置としてはこれ以上のものはない。


 彼女はクラゲを使徒にした。


 そうして名を与え、とりあえずの使命を言い渡す。それは特に重要事ではないが、もしも邪神とクラゲが繋がっていたならば、どこかで接触はあるだろう。彼女としてはクラゲの動向をひっそりと監視するしかない。エサは放ったのだ。ならば後はじっと待つのみ。


「とはいえ、本当にあやつがただの稀人であったならば、接触はないかもしれんの……」


 だが、それはそれで別に良い。


 邪神と関係がないのであれば、本当に己の使徒として使うだけだ。転移ができる手駒というのは、相当に使い勝手が良い。何しろ空間属性など、稀人でもなければ普通は持たない。稀人が現れなくなってからすでに一万年以上。空間属性を持つ存在は、かつての稀人たちの血筋からも失われていた。隔世遺伝する余地もないほどに、それは希薄になっている。


 だから、一番の問題は別のこと。


 それはすでにアトラスには報告済みだ。調査はアトラスしか行えないから、彼女が急いで何かをする必要はない。


 だが、他の神々には報告しておく必要があるだろう。


 稀人がいる。つまりそれは、他世界との交流の一切を拒絶する【世界門】が開いたということ。


 ならば、新たな邪神がこちらへ来ていないという保証はない。この世界の神々が【世界門】を開くことなどあり得ないのだから、開いたのは神々ではない何者かということになる……。


「いや……そうではないか」


 ふと、彼女は気づく。もしかしたら、逆の可能性もあるのではないか、と。


 開いたのは恐らく邪神勢力。それは間違いあるまい。


 しかし同時に違和感を覚えてもいた。もしも【世界門】が不正に開かれていたのならば、この世界の管理者たる神々が、海神たる自分が、なぜ今まで気づかなかったのか、という。


 クラゲの言葉を信じるならば、およそ二ヶ月前にはこの世界に来ていたことになるのだ。この間、他の神々も【星霊アトラス】も気づかないことなどあり得るのか。


 邪神どもの技術力は、そこまで巧妙で高度になっているのかと。もしもそうだとしたら、自分たち神々を大きく上回る力だ。だが、客観的な事実として、死に損ないの邪神どもにそんな力が残っているとは考えにくい。


 ゆえに、最悪を想定するならば――それは、【世界門】が正規の手順でもって開かれていた場合。


 その可能性を想定しているからこそ、彼女は他の神々にこの件を報告することに躊躇いを覚える。だが、結局は可能性でしかなく、真実を見通せない現状、すべての神に報告しなければならない。彼女の抱いた懸念も交えて。


「やれ……これは荒れるのう……」


 自分のせいではないとはいえ、こんなことを報告しなければならないのは、彼女にしても憂鬱だった。


 もしかしたら邪神だけではなく、神々にも対立が起こるかもしれないから。




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