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【36】大怪獣決戦


 仮称リヴァイアサンはその巨体を起こし、遥か上空から第二楽園島を縦に裂けた金色の双瞳で見下ろしていた。


 竜に似た形の顔からは表情の変化は窺えないが、金色の瞳は冷徹な光を宿しているようにも思える。明らかに知性を持つ者の冷たい輝きだ。


 そんなリヴァイアサンが見下ろす先には、人工物は何もない。ただ海岸線と森が広がるばかりであり、そこにいるのは鳥や鼠、栗鼠や虫などの小動物ばかりだ。いや、それら小動物たちも、あまりにも圧倒的すぎる存在を前にして、死んだように息を潜めている。


 だが、リヴァイアサンが見つめているのが、それら小動物たちなどではないことに、俺は気づいていた。


 かの存在の視線の先、島の陸上のそのまた地下には、海底洞窟から続くサハギンたちの巣が広がっているはずだった。「空間識別」を展開している俺だからこそ、それは間違いないと断言できる。


 なぜ、リヴァイアサンがサハギンたちを気にしているのかは分からない。


 ただ、それが明らかに敵意だったことは、次の瞬間に証明された。


「――――」


 リヴァイアサンが、その巨大な口をパカリと開けた。


 ぞろりと並んだ、寒気がするほど鋭い牙の奥で、口腔に光が灯る。


 急激な魔力の高まり。


 次の瞬間、リヴァイアサンの口から光が放たれた。そう認識できたのは、リヴァイアサンが見下ろしていた場所で巨大な爆発が起こってからだった。サハギンたちの洞窟に展開させていた無数の「空間識別」が、ただ圧倒的な光に塗り潰される。


 爆発。


 轟音。


 震動。


 あまりにも激しいそれらは、島の反対側にいる俺にまではっきりと伝わるほどだった。突如として海中に波が起こり、俺の体が激しく翻弄される。


(う、ぉおおおおッ!?)


 体が流されないように、慌てて「水流操作」で姿勢を落ち着かせた。


 そうして意識を、リヴァイアサンたちを捉える「空間識別」へと集中させる。


(う、そだろ……?)


 大気中に巻き上がる粉塵は、キノコ雲のような形を作っていた。


 そして徐々に晴れていく粉塵の下、つい先ほどまで島があった場所には巨大なクレーターが穿たれ、今も大量の海水が流れ込み続けている。


 クレーターの大きさは、島の三分の一を優に消し飛ばす大きさだった。歪な円形をしていた島の形が、まるで三日月のように姿を変えている。


 地下にいたサハギンたちなど、跡形もなく消し飛んだであろうことは想像に容易い。極めて異常な再生能力を誇ったキングやクイーンとて、あれほどの一撃を受けては生きていないだろう。


 そして彼らが文字通り消滅したことは、「空間識別」によって把握している。もしも原型を留めて吹き飛んだだけならば、「空間識別」の性能によってそれを知覚できているはずだからだ。


 俺では殺し方さえ分からなかったキングとクイーンは、呆気なく死んだ。消滅したのだ。


(うそ、だろ……)


 だが、洞窟内にあった存在で唯一形を失わずに残ったものがある。


 それは卵形をした漆黒の球体。


 サハギンを黒サハギンへと変えていた黒い卵が、広域に展開した「空間識別」の領域内にあった。


 クレーターの中心、流れ込む海水の中で、黒い卵がドクンッと脈動した。


 次の瞬間、黒い卵が内側から爆ぜるように形を変える。


 黒い霧のような、靄のような不定形なナニカは体積を数千倍にも膨張させ、うぞうぞと蠢いて形を成した。


 蛸の足のような漆黒の触手が数十、あるいは数百本もぞろりと生え出し海底を踏みしめる。そしてその上にはサハギンのような魚顔を持った上半身が生み出された。


 体長にして300メートルにも届くだろう。


 下半身が蛸、上半身がサハギンの、漆黒の異形が姿を現した。


(なんだこれ)


 もはや呆然とするしかない。


 突如として現れた2体の巨大生物が向かい合っている。そのあまりに現実感のない光景に、まるで特撮映画でも見ているような気分になって危機感が湧いてこないのだ。これが現実だとは思えない。


 そんな俺の見ている前で、先に漆黒の異形が動いた。


 ――否。動こうとした。


 漆黒の異形は仮称リヴァイアサンを排除するためにか、巨大な触手を蠢かし、歩くように前へ出る。そして上半身では右拳を振りかぶり、莫大な――ただ莫大ということしか分からないほどの魔力を集めて、リヴァイアサンを攻撃しようとした。


 それら一連の動作は、その巨体ゆえにゆっくりとしたものに見えた。しかし実際は、恐るべき速さで行われたのだろう。


 だが、それよりもさらにリヴァイアサンの方が速かった。


 金色の双瞳で漆黒の異形を睥睨していたリヴァイアサンは、身動ぎ一つしなかった。その巨体を動かし、牙を突き立てるでもなく、ただ魔力だけを用いて全てを終わらせた。


 異形の足元で海面が蠢く。


 ざわりと震え、重力に逆らい盛り上がり、それは数十の巨大な棘と化して異形の巨体を貫いた。


 膨大な海水によって生み出された無数の棘は、その桁外れのスケールさえ無視すれば不格好な剣山のように見える。鋭い棘によって体のあちこちを貫かれた異形は、だが苦鳴さえあげることはない。まるで苦痛など感じていないかのように平然と、構えた拳を振り抜こうとして。


 ――――全てが凍りついた。


 異形を貫く剣山ごと、その足元の海水も含めて、一瞬にして冷気の靄を漂わせる氷塊へと変化したのだ。しかし、それがただの氷塊などではない証拠に、異形の巨体も貫かれた氷の棘から極低温の冷気に侵食されたかのように凍りついていく。その全身を真っ白な霜が覆い尽くし、巨大な氷像が出来上がるのに、然したる時は掛からなかった。


 直後。


 何の脈絡もなく、異形の氷像が砕け散る。


 まるで全てが粒子の細かい砂と化したかのようにざあっと形を失って、ただ雪崩の瀑布のように雪のごとき氷の粒子をばらまいた。


 後には凍りついた海だけが残っている。


 異形は完全に形を失い、サハギンキングがそうしたように異常極まる再生能力を発揮して、蘇るということもない。完全なる消滅だ。


(…………)


「空間識別」で一部始終を観察していても、何が起こったのか理解できない。


 おそらくリヴァイアサンが使ったのは『水魔法』と『氷雪魔法』だろう。だが、それらの魔法スキルをレベルカンストして、さらに自身のレベルを上げたところで、リヴァイアサンと同じことができるとは思えない。


 そもそもただの『水魔法』や『氷雪魔法』が、あの漆黒の異形に有効なダメージを与えることができるとさえ、俺には思えなかったのだ。


 つまり、俺が見た以上の何かをしていたのだろう。今の俺には理解さえできない、魔法的な攻防があったに違いない。


 それが何か、どのようなスキルによるものなのか、どうしても気になったというわけではない。


 けれど危機感も現実感も麻痺していた俺は、思わず――そう、思わず、戦いに勝利したリヴァイアサンを『鑑定』してしまったのである。



 ――【鑑定不能】



 表示されたのは、ただその一文のみ。


「――――」


 そして次の瞬間、静かな光を湛える金色の双瞳が、こちらを「見た」。




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