【32】サハギン増えすぎ問題
『ポリプ化』によって進化してから、十数日が経過した頃。
のんびりと日々を過ごしていた俺のもとに、平サハギンどもが姿を現すようになった。
ここいらは水深も浅く、棲んでいるのは小魚や小さいカニ、エビなどの小動物ばかりだ。なのでサハギンどもはこちらにまで狩りに出向いてくることはなかった。体の大きい獲物を狙った方が狩りの効率が断然良いし、ここは奴らの根城である洞窟から島のほぼ反対側だからね。
なのでサハギンたちはほとんどこちらに来ることはないと思っていたのだが、ここ最近、何体ものサハギンたちがこちらへやって来るようになったのだ。
もちろん、俺はそいつらを見かける度に倒した。
俺のホームグラウンドたる場所を荒らされては困る。黒サハギンから手に入れた槍の練習がてら、俺はサハギンたちをバッタバッタと薙ぎ倒していった。
進化したし新しいスキルも手に入れたしで、もはや平サハギンごときに苦戦する俺ではない。「空間障壁」もあるし、ほとんど攻撃を受けることもなく一方的な戦闘だったよ。
――なのだが。
(ちょちょちょッ! ちょ待ってッ!! 幾ら何でも多すぎるだろ!!)
それからさらに数日。
俺は絶えることなくやって来るサハギンたちを倒しながら、流石におかしいだろと悲鳴をあげていた。
いやね、一体や二体くらいなら別に良い。それくらいなら偶々こちらに来ることもあるだろう。だけどここ数日で二十体以上のサハギンたちと遭遇しているのだ。
しかも直近では、見慣れない姿のサハギンたちも混じり始めていた。
これは幾ら何でもおかしい。はっきり言って異常だ。
遅まきながらそう気づいた俺は、久々にサハギンどもの根城を「空間識別」を使って覗いてみた。
ここ最近は色んな場所を眺めてみたり、「座標」の設置場所を増やしたり、他の島や大陸を探してみたりしていたので、サハギンどもには注意を払っていなかったのだ。
しかし、俺が目を離していた隙に、奴らの洞窟では大きな変革が起こっていた。
まず一つ目、数が滅茶苦茶増えている。
これは一目瞭然だった。洞窟の中だけではなく、その外側、島の反対側に広がる海のそこかしこで、大量のサハギンたちが狩りに勤しんでいた。おまけに海だけではなく、島の陸上でも積極的に狩りをしているようだ。
洞窟の中を覗いてみれば、そこにもウジャウジャとサハギンたちがいる。
総数がいったい何体になるのか、数える気にもならない。数千体は余裕で超えてるんじゃないかな……。
んで、恐ろしいのが大量のサハギンたちに結構な割合で見慣れない姿の――おそらくは上位種らしき存在が混じっていることだ。普通の平サハギンよりも若干体格が良く、持っている武器も骨製の銛よりも立派で殺傷力が高そうな代物ばかりであり、さらに言えばヴァリエーションも豊富だった。
だが、混じっているのは「普通の上位種」ばかりではない。
「普通の上位種」というのは、つまり、『鑑定』が効く奴らのことだ。対して「普通じゃない上位種」とは、黒サハギンたちのことである。
こいつらの数もかなり多い。
上位種が全体の三割だとすれば、黒サハギンたちは全体の一割ほどもいるだろう。一割と言っても分母の数が大きいので、黒サハギンだけでも相当な数になる。
おいおい、サハギンってこんなペースで増えんのかよ……。
そんな呑気な感想を抱いていられるのも、そこまでだった。
異変の二つ目。
キングとクイーンみたいな奴らがいた。
まさに「みたいな」としか言いようがない。他のサハギンとは一線を画する存在感を放つ、異様なサハギン。
俺がキングと呼称した方は、ボディビルダーのように筋骨隆々の、身長2メートル近いサハギンで、配下のサハギンどもを従えていたのだ。その威風堂々とした筋肉はとても魚類とは思えないほどで、「キレてる! キレてるよ!」「肩にちっちゃいジープのせてんのかい!」「腹筋6LDK!」などと叫びたくなるほどだ。
そしてクイーンの方は産卵場所である地底湖にいた。
こちらは普通のサハギンとは、かなり見た目が違っていた。上半身はサハギンに近い人型なのだが、下半身は足が完全に退化しており、魚だ。人型の上半身に魚の下半身で、大きな括りで言えば人魚と同じだと言えなくもないのだが、そんなに美しい外見ではない。はっきり言って異形の魚という形容がしっくりくる。
何よりもこのクイーン、デカイ。
全長が10メートルくらいあり、腹部はパンパンに膨らんでいる。その巨体ゆえに陸上に上がることはできないようで、常に地底湖の中にいて、産卵しているのだ。
このクイーンのせいで、毎日数百体ずつサハギンたちが増えていく。
それで、俺がなぜこいつらをキングとクイーンみたいな奴らと呼んでいるかというと、種族名が不明だからだ。こいつらは体色が黒色――つまり、『鑑定』が効かないのである。
正確な種族名が判らないので、暫定的にキングとクイーンと呼んでいるわけだ。
さて。
これらの異変の何が問題かと言うと、「サハギン増えすぎ問題」ということになる。
増えすぎたサハギンたちも、当然、生きていくためには食料を必要とする。毎日大量のサハギンたちが海へ出て、食料を狩ってくる。しかも未だに「黒い卵」への捧げ物も欠かしていないようなので、必要とされる食料はさらに増える。
当然、付近の海域だけではこれだけのサハギンたちを養うことはできない。サハギンたちは海底洞窟近辺から外洋へと狩りの場を広げ、さらに島の反対側である俺のホームグラウンドまで来るようになった――というわけだ。
現在、海底洞窟近辺では、サハギンたちに狩り尽くされて魚たちが消えつつある。このペースで数が増えれば、島周辺は死の海域となり、島の陸上からも小動物たちは一掃されることになるだろう。
実は黒サハギンと上位個体のサハギンたちが数百の群を作り、外洋へ旅立っていったことが何度かあるのだが、死んだのかどうしたのか、帰ってきていない。
もしかしたら食料の不足を悟ったサハギンたちが群を分けたのかもしれないが、彼らと会話することができない俺には真実は不明である。
だが、それでも遠からず島周辺の生き物が狩り尽くされるだろうことは、想像に難くない。
サハギンの繁殖ペースがこれで普通だとするならば、この世界のサハギンはとてつもなく危険な存在だろう。周辺の生態系に対する影響は甚大で、極めて破滅的な生物だと言わざるを得ない。
流石の俺も2、3体のサハギンくらいなら余裕で勝てるようになったとはいえ、数百体のサハギンに集られては一溜りもないだろうな。
自身の安全を考慮するならば、この第二の楽園を離れ、新天地目指して旅立つ他はない……。
そんなことを考え始めたのが、昨日――つまり、転生四十九日目のことだ。
そして一日じっくりと考えてみた俺は、自らの行動方針を決定した。すなわち……、
(――――そうだ、レベル上げをしよう!)
できる限りサハギンどもを狩り、レベル上げするということを。
いや、よくよく考えたら今の俺にとってサハギンは経験値的に美味しい相手なのよね。
もちろん、命の危険があるならさっさと逃げるところだけど、安全を確保するだけならば、今の俺にとっては容易いことだった。
確かにサハギンの数は爆発的に増えたが、その間、俺だって何の成長もしていなかったわけではない。いやむしろ、俺ってばかなり成長したと言っても過言ではないのではないかしらん?
現在、転生五十日目の俺のステータスを見てもらえば納得してもらえるだろう。
それが、これだ。
【名前】なし
【種族】アクア・シームーン
【レベル】12
【HP】345/345
【MP】974/974
【身体強度】27
【精神強度】731
【スキル】『ポリプ化』『触手術Lv.Max』『鞭術Lv.5』『刺胞撃Lv.Max』『毒撃Lv.1』『蛍光Lv.Max』『擬態Lv.1』『空間魔法Lv.4』『鑑定Lv.4』『魔力超感知Lv.1』『魔力精密操作Lv.2』『MP回復速度上昇Lv.Max』『自然魔力吸収Lv.2』『魔闘術Lv.8』『生魔変換・生』『隠密Lv.3』『魔装術Lv.4』『水魔法Lv.9』
【称号】『世界を越えし者』『器に見合わぬ魂』『賢者』『天敵打倒』
【加護】なし
『毒撃』――触れた対象に魔法毒を付与する。付与する毒の強さは消費するMPとスキルレベルに依存する。
『擬態』――自身の肉体の色、形を変化させ、姿を擬態する。擬態には程度によりMPを消費する。
『魔力超感知』――『魔力感知』よりも広範囲かつ、より微量の魔力も鮮明に知覚する。
『魔力精密操作』――魔力を精密に操作することができる。それにより、スキル、魔法の威力上昇、消費魔力削減の効果がある。効果の度合いはスキルレベルに依存する。
『自然魔力吸収』――周囲に偏在する自然魔力を吸収し、MPを回復することができる。吸収できる魔力量はスキルレベル、そして周囲の自然魔力濃度に依存する。




