【31】サハギンは繁殖期
俺は海底洞窟の反対側で、穏やかな日々を送っていた。
できる限り危ない橋は渡らず、確実に勝てると思う獲物だけを狩る。そしてスキルの修練などを地道に積みながら、安心安全な穏やかな海で心安らかに暮らす……。
これが俺の求めていたものだったんだ……!!
元人間としては、この世界の人間さんたちと交流してみたくはある。しかし、そのためには何処にいるかも分からない人間さんたちを探して、この大海原を当てもなく彷徨わなければならない。しかも外洋にはシードラゴンをはじめたとした化け物たちがウヨウヨいる。
それでも何時かは、何とかかんとかして人間さんたちと交流したい。その願望は捨ててはいない。
だけど、死の危険を冒してまでやろうと思うほど、強い願望ではなかった。
俺には『ポリプ化』という素晴らしいスキルもあるし、寿命の問題もない。ならばこのまま安全な場所で生きていても、何時かは海を余裕で渡れるくらいに強くなれるはずだ。
なら、人間さんたちに会いに行くのは、強くなった時で良いじゃない。
今は会ったところで、コミュニケーションをとることもできないんだからさ。
強いて難点を挙げるとするなら、割と毎日毎日暇で困るというくらいだ。まあ、それもスキルの修練や魔法の使い方の研究などで、しばらくは暇を潰すことができるだろう。
何てったって地球にはない魔法という存在だ。面白くないわけがない。
地味に「空間識別」と「座標」を駆使して千里眼もどきをしているだけでも、これが結構暇を潰せるんだ。
そうそう、その暇潰しの一貫として、「水生成」で生み出された水が消えるのか消えないのかの謎を解明してみた。
実は『水魔法』なんだけど、『空間魔法』と同じで「座標」のある場所なら自由に遠隔発動することができたのだよ!!
いやー、これはむしろ『空間魔法』さんが優秀すぎると言うべきかもしれない。おそらく『空間魔法』の「座標」と「空間識別」を用いれば、『水魔法』だけでなくどんな魔法でも遠隔で発動できるっぽいんだよね。
今は魔法による攻撃手段がない俺だが、攻撃魔法を確立した暁には、安全圏から一方的に敵を倒せるようになるかもしれない。
何より素晴らしいのが、「座標」を用いれば発動する距離によって消費MPが変化することない、という点だ。
MPの問題もなく魔法の弾幕を撃ちまくり、一方的に軍勢を駆逐する俺……。
え? ちょっと待って? マジでチートじゃないそれ?
想像したら俄然やる気が湧いてきたんだけど。
ともかく。
話は戻って「水生成」の水が消えるか消えないのかってことだよ。
島の陸上にデッカイ岩があったんだけど、その上のちょっとした窪みに「水生成」で水を生み出し、注いでみたんだ。そしてしばらく観察してみたんだけど、この水、10分くらいしたら綺麗さっぱり消えてしまった。
簡単に蒸発して消えるような水量ではないので、確実だ。
消えるってことは、やはり飲み水としては適さないっぽいな。まあ、海の中で生きていける俺にとっては、だから何だという程度の問題なんだけど。人間さんたちからしてみれば、ちょっとがっかり魔法かもしれんね。
まあ、そんなこんなで魔法の研究などで暇を潰しつつ、時間は流れていった――。
●◯●
転生50日目。
ハロー、皆様、クラゲだよ。
お久しぶりだけど元気してた? 私は元気です。
元気は元気なんだけどねぇ……最近、正確には五日くらい前からちょっと困ったことが起きている。
俺が住んでいるのは相変わらず第二の楽園たる島の、サハギンたちの海底洞窟反対側に広がる、穏やかな浅い海だ。
なんだけど……ちょっとこれを見てほしい。
【名前】なし
【種族】シーサハギン・ランサー
【レベル】6
【HP】547/547
【MP】48/48
【名前】なし
【種族】シーサハギン・ソードマン
【レベル】8
【HP】623/623
【MP】67/67
お、【HP】と【MP】が見えてるじゃんって?
そうなんだよ。数日前にようやく『鑑定』さんのレベルが上がって見えるようになったんだよ。これで今まで不明だった色んな奴らのパラメータが少しは判るようになったんだよね。
いやいや、それはまあ嬉しいことなんだけど、そうじゃなくて。
現在、俺の目の前には「3体」のサハギンがいます。うん、3体。2体は鑑定した通りの奴らだけど、残る一体はお馴染み黒サハギンだ。
こいつが鑑定できないのは知ってるから良いとして、問題は、ここが海底洞窟とは反対側の海域だということだ。つまり、俺のメインホームだ。
今までサハギンどもは巨大な獲物が少ないこちら方面にはほとんど来なかったんだけど、ここ数日、頻繁にやって来るようになっていた。
なぜか?
その理由は簡単だ。答え、こいつらの数が増えたから。ファイナルアンサー!
まあ、詳しい事情の説明は後でするとして、まずはこいつらを片付けてしまおう。
え? お前倒せんのかって? この前遭遇してたサハギン三太郎よりも強い奴らだろって?
……ふっふっふっ! 俺を舐めちゃあいけねぇぜ。
俺はこちらに向かって接近してくるサハギンどもと真正面から相対する。どうやら俺ってば、人間だけでなくサハギンたちにとっても貴重な食料兼素材となるらしく、発見されると問答無用で襲いかかってくるんだよね。
まったく迷惑な話だぜ。
ともかく。
奴らが武器を構えたところで、俺はいつぞやのように「空間障壁」を2枚展開する。展開場所は黒サハギン以外の2体、その正面至近だ。
これで数秒程度は時間を稼げる。この間に、まずは面倒な黒サハギンを倒す。後ろの2体は以前のような平サハギンではなく上位種族なのだが、黒サハギンの方が戦闘力は高いのだ。
「――――!!」
まだ黒サハギンの持つ槍は俺に届かない距離だが、残念だったな。そこはすでに俺の間合いだ。
先手必勝。最初にこちらから攻撃する。
俺は槍を保持する4本の触手と槍に対して、幾つものスキルと魔法を行使する。
『触手術』で触手を伸ばし、さらに強化。『鞭術』『魔闘術』『魔装術』で触手と槍を強化し、さらにそれを『魔力精密操作』でオーバーブーストする。そして最後に「水中抵抗軽減」を触手と槍に掛けて準備は完了。
触手の先で槍が光り輝いた瞬間、俺は薙ぎ払うように槍を振るった。
「――――ッ!?」
黒サハギンは防御さえ間に合わなかった。
水中であるというのに水の抵抗もなく振るわれた槍の速度は、奴らが対応できる速度を大きく超える。槍の刃は黒サハギンを胴体から上半身と下半身に両断し、盛大に鮮血を海中に撒き散らした。
「――――!?」
「――――!!」
んで。
一方のサハギンどもだが、「空間障壁」に衝突した後、呆気なく黒サハギンが倒されたのを確認して、すぐさま逃走に移っていた。
迷う様子もなく俺に背を向ける判断の速さは流石である。しかし、そこもすでに俺の間合いの中なのよね。
俺は展開していた「空間障壁」を消去すると、背を向けたサハギン2体に触手を巻きつけた。
5メートルくらいは距離があったのだが、巻きつくまでは一瞬だった。いまや、俺の触手が動くスピードはかなり速い。『触手術』や『鞭術』の効果というよりも、「水中抵抗軽減」の効果が大きいだろう。
ま、そんなわけで、サハギンくらいのスピードだと逃げることはできないんだよね。
「~~~~ッ!?」
「~~~~ッ!?!?」
サハギンどもに巻きつけた触手は、それぞれ2本。だけど逃がさないだけならそれで十分だ。もはや拘束する必要もない。
触手がサハギンどもに触れた瞬間、奴らは苦しそうに踠き始めたのだから。
『刺胞撃』と『毒撃』によって、このまま数分も触手を巻きつけていれば、奴らは死ぬだろう。動けなくなるだけなら、それよりもさらに早い。
だが、毒で殺す意味は特にないので、俺は彼らに止めを刺してあげることにした。
黒サハギンを両断した時と同じように、幾つものスキルと魔法を重ね掛けした槍で、サハギンたちの首をはねた。
これで戦闘は終了だ。
苦戦のくの字もない一方的な殺戮だった。いや~、俺も強くなったもんだぜ。一時は『水魔法』使えね~とか思っていましたが、「水中抵抗軽減」だけでもかなりの良魔法だったわ。『触手術』その他のスキルに武器を装備したことでシナジーを発揮して、このようにサハギン程度なら苦戦することもなくなってしまったのだから。
とりあえず、俺は両断した黒サハギンの上半身を補食する。
これも槍という武器を持ったおかげで、これまで喰えなかったサハギンも喰えるようになったのだ。そう、デカくて喰えないなら小さく刻めば良いじゃない、というわけだな。刃物という文明の利器の偉大さが身に染みるぜ。
まあ、それでも狩ったサハギン1体丸々全部を喰えるわけじゃないのだが。
ともかく。
俺はサハギンを消化しながら、奴らが持っていた武器を回収して海底の砂場に突き立て(いざという時の予備として回収しているんだ)、それからのんびりとここに至るまでを回想した。
俺の戦闘力が爆上がりした理由じゃなくて、サハギンたちが大繁殖した理由なんだけどね。




