ジャックがなかなか豆の木を登らない
ジャックと母親は貧乏暮らしで毎日を困窮しておりました。この窮状を打開すべく、母親は飼い牛を市場で売ってくるようジャックにいいましたが、ジャックは道すがら出会った男に言われるがまま、牛と魔法の豆を交換してしまったのです。
家に帰ったジャックは魔法の豆しかもっていなかったので、母親は激怒し窓から魔法の豆を捨ててしまいました。
次の日目を覚ますと、その豆はすでに成長しており、空高く伸びて天をついていたのでした。
「ほ~ら見ろ、ほ~ら見ろ、母さん! 僕のいう通り、魔法の豆だったろ?」
「んまぁ。鬼の首をとったように。昨日まで『ごめんなさいマァマァー』って泣いてたのはどこの誰よ」
「でもすっげぇ! おじさんの言ったことは本当だったんだ! これは魔法の豆だ!」
「──で? ていう」
「え?」
「それでこの豆の木がどうなるっていうの? 今日の食事にも困ってるって言うのに」
「それは……」
「登ってみる?」
「登ってはみないっス」
「なんでだよ。登れよ」
「いやぁ危ない」
「んなこたぁ分かってんのよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずよ」
「でもメリットないし」
「バカね。この豆の木の位置なら雲の上にある人喰い巨人の城に絶対行ってる。経験上間違いない。その人喰い巨人の城から宝物を盗んできて裕福な暮らしをするのよ」
「やけに“人喰い巨人”をフィーチャーしてるけど? 行かないでしょ。そんな危険なところに」
「言えた義理じゃないでしょ。何のための魔法の豆よ。さっさと登って今日の夕飯に間に合わせなさい」
「答えは『ノー』です」
「ふざけんな。登って金持ってこい」
「いやー、高いし、怖いし」
「大丈夫、大丈夫。しっかりしがみついてりゃ豆の木から落ちないし、人喰い巨人なんて滅多に帰ってこないから」
「だって落ちない保証も、巨人が帰ってこない保証もないでしょ?」
「大丈夫よ。だけど下見たらダメよ? あと城に入っても音とかたてないようにするのよ?」
「やっぱりだ! 無理です。無理ゲー」
「いいの。ここで逃げてたら一生そのままよ? 豆の木だっていつかは枯れるだろうし」
「だったら母さんが登ればいいじゃん?」
「バカだね、この子は。だったら誰が夕飯作るの?」
「それは~、僕がやります」
「あ~無理だね。出きるわけない。適材適所。母さんは夕飯を作る。お前は豆の木を登る」
「やめて。そういう登るの待ったなしな状況作るの」
「いややめない。じゃ母さんは夕飯の準備するから。後ヨロシク」
そう言って母親は家の中に入ってしまいました。
ジャックはしばし豆の木を見上げて身震いした後に笑い出します。
「ひゃっひゃっひゃ! ウケるー。笑うくれー高ぇー!」
試しに豆の木の蔓に足をかけて、ギチギチと音を立てて登ってみました。
「うわ! たっけぇ! すっげぇたっけぇ! こりゃ無理だわー。こりゃ登るの無理だよー!」
そこに家の台所の窓がガラリと開いて母親の怒鳴り声です。
「まだ1メートルも登ってないじゃないか! さっさと登れ!」
「いやもう50メートルは登ったしょー」
「曲がってる膝おろしたら地面につくくらいしか登ってないよ」
「ひえーーー!!」
「せめて豆取ってこい!」
「豆もずいぶん高いところになってるよ?」
「そうだよ」
「無理」
「無理でもいいから登れよ」
「今日は無理」
「明日は登れんのかよ」
「ホントは登れるけど、今日は無理」
「ホントってなんだ?」
ジャックは恐る恐る足を大地に下ろすとバランスを失ったように大げさに倒れて怪我をした振りをしました。
「うわ、いってぇ! すげぇいってぇ! 着地ん時ひねった! グキっつった! グキっつった! こりゃもう豆の木登れねぇ!」
しかし母親から優しい言葉はありません。
今度は頭を打った振りをしてゴロゴロ転げ回り、母親の同情をひこうとしましたが母親はさっさと窓を閉めてしまいました。
転げ回ったジャックは、豆の木の横に広がる青い青い空を見ていました。
「あの雲はどこにいくんだろう。雲みたいに自由になりたいな。そうだ。旅に出よう。そしていろんな土地を回るんだ」
ジャックは自分の不甲斐なさを、きれいなセリフで誤魔化そうとしましたが、出来上がったヘタレのイメージを覆すには、到底無理なはなしなのでした。
【おしまい】