ジタもふ
みんなの視線が集まる中、子ネコーは不思議なことを言い出した。
長老にとっては予想通りだけれど、みんなからしたら、とても不思議なことを言い出した。
「クリョー……。ろーして、にゃんごろーがシャンルームれ、ぼうけんしゅること、しっちぇるの……?」
「は、はあ!? いや、おまえが今、教えてくれたんだろ?」
「にゃんごろーが……?」
「そうだよ!」
不思議そうなお顔のにゃんごろーに、クロウが語尾強めに答えると、親衛隊たちも「うんうん」と頷いた。だが、親衛隊たちの様子は、にゃんごろーの目には入っていないようだ。にゃんごろーは、お目目真ん丸はてなのお顔で、ジーっとクロウを見上げている。
クロウは本気で戸惑った。
にゃんごろーが、クロウに朝の冒険のことを嬉しそうにお話してくれたのは、ほんの今さっきのことだからだ。
――ほ、本気で覚えていないのか? だ、大丈夫か、こいつ?
という思いが、クロウの脳内を駆け巡る。
背中には、冷たいものが滑り落ちていった。
クロウを見上げたまま、完全に停止してしまった子ネコーだが、脳内では何かが進行していたのだろう。突然、ビクゥッと体を震わせて、叫んだ。
「……………………ふぁ! ほんとりゃ!? いちゅのまに!?」
「よ、よかった……。そんなはずないとか言われたら、どうしようかと思ったぜ」
どうやら、ちゃんと自分の行動を思い出せたようだ。
それを聞いたクロウは「ふー」と脱力した。それから、思い出したように長老の様子を横目で窺う。長老は微妙な苦笑いを浮かべていた。それで、クロウは察した。
これは、いつものことなのだと。
「にゃ、にゃいしょに、しちぇおくちゅもり、らっちゃのに……。ろーして、にゃんごろーは、クリョウにおはにゃし、しりゃっちゃのにょ……?」
「……え? う、うーん。誰かに聞いてほしかったから、じゃねーの?」
長老が知っていて放置しているなら、そんなに心配することでもないのだろうと、クロウが適当な返事をすると、にゃんごろーは「はわぁー」とクロウを見つめて、何やら考え込んだ後、「うんうん」と頷いた。
どうやら、納得したようだ。
いたずら好きで割と適当な長老と一緒に暮らしているせいで、にゃんごろーは適当な返事との相性がいいのだ。
「しょっかー。にゃるほりょねぇ……。ちゃしかに、おはにゃし、してりゅとき、しゅごく、たのしかっちゃ……」
「そ、そうか。まあ、よかったな……」
「うん。あ、れも! みんなには、ちょくに、ちょーろーとニャニャンしゃんには、にゃいしょにしちぇちぇ…………」
まだ、クロウとふたりだけの世界にいるつもりのにゃんごろーは、大慌てでお願いしかけて、またギシリと固まった。途中で、“現実”に気付いてしまったのだろう。「ひょぉおー!?」というお顔で、目を見開いたまま、もふもふの彫像になっている。
「あ、これは気づいたな」と、クロウは明後日の方向へ視線を投げた。
にゃんごろーは、油が切れた子ネコー型機械人形のようなぎこちない動きで、ギシッ、ギシッ、ギシッっと、クロウに向けていたお顔を、机の反対側へと回していく。
クロウと、その隣にいるミルゥ。それから、ナナばーば、トマじーじ、長老、マグじーじ、最後はカザンと、みんなのお顔を確認していく。最後にもう一度、長老を見て、カザンを見て、そして、それから――。
子ネコーは頭を抱えて、叫んだ。
「にゃー! みんにゃもいりゅぅー! ちょーろーとニャニャンしゃんも、いりゅー! にゃんごろーの、にゃいしょのひみゅつを、きかーれりゃっりゃぁあああ!」
みんなからすれば、何を今さらな話なのだが、子ネコーにとっては、そうではない。
にゃんごろーにとっての、それは――。
今発覚した衝撃の事実、なのだ。
たった今発覚したばかりの、世界がひっくり返るような衝撃的すぎる事実だった。
実際、この“気づき”によって、子ネコーの世界は反転してしまった。秘密だと思っていた秘密は、秘密ではなくなっていた。それも、他の誰でもない、にゃんごろー自身のお口によって、だ。
「にゃあああああああああん!!」
にゃんごろーは叫びながら、三枚重ね座布団の後ろ側へと倒れていった。そのまま、仰向けに転がされた昆虫のように、ジタバタと短い手足を動かし、悶絶する。
とりわけ、びっくりさせるつもりだった長老とカザンにまで知られてしまったことが、ショックだった。
カザンからのお誘いで、その内、長老も含めた三にんで、サンルームにおやつを食べに行くことになっていた。その時に、「実は、ひとりでここまで冒険しに来たことがあるんだ」と告げて、ふたりを驚かせようと目論んでいたのだ。「やるじゃないか、にゃんごろー。すごいぞ」と、褒めてもらおうと思っていたのに。「サンルームへにゃんごろーひとりで冒険しに行っちゃおう計画」の中で、そこを一番楽しみにしていたのに、すべてが台無しだった。
台無しも何も、長老に至っては、この話を聞かされるのはすでに二回目なわけなのだが。
絶賛悶絶中の子ネコーは、まだそこまでは思い至らない。
そんな、悶絶する子ネコーに、親衛隊は食い入るように見入っていた。
にゃんごろーは、白が混じった明るい茶色の毛並みが可愛い子ネコーだが、お腹の部分は真っ白だ。ポンポコリンになった真っ白なお腹をもふもふと晒して、ジタもふしている。親衛隊は全員、子ネコーのお腹を撫でたそうに、空中で手をワキワキさせていた。いつも涼し気なカザンも、例外ではない。他のメンバーほどあからさまではないが、伸ばしかけた手がピクピクと震えている。ミルゥに至っては、鼻息も荒く、今にも涎を垂らしそうな顔だ。
親衛隊はみんな、子ネコーのジタもふに悩殺されていたが、ただ一人、クロウは慌てていた。
びっくり作戦失敗のショックで、にゃんごろーがまた泣き出してしまうのではと心配になったのだ。
子ネコーが泣き出す前に、なんとかせねば!
――と、人差し指を宙でクルクルさせながら、必死で脳も回転させ、ついに名案を思い付いた。
「待て! 落ち着け、ちびネコー! これは、あれだよ! 長老さんとカザンには、聞かなかったことにしてもらえばいいんだよ! それで、サンルームでふたりに驚いた振りをしてもらえば、いいだろう!? ほら、これで、問題解決だ!!」
「にゃぁあああ…………ん………………?」
クロウの苦し紛れの名案に、にゃんごろーはジタモフを止め、跳ね起きた。
「…………そのちぇが、あっちゃかぁ!?」
クロウの案は、にゃんごろーの心に響いたようだ。あまり解決になっていないな、とクロウも口に出してから自分で思ったのだけれど、子ネコーにとっては、紛れもなく名案だったようだ。
思いっきりパーッと開いた肉球のお手々を天井に向けて、希望に弾けまくった笑顔をクロウに向けるにゃんごろー。
『今初めて聞いた! ナイスアイデア!』
と、言わんばかりだが、しかし。
その名案は、奇しくも――。
にゃんごろーと長老の間では、ご都合無意識と暗黙の了解のもと、以前より当たり前のように行われていた儀式でもあった。
長老にしてみれば、無自覚と暗黙の了解の内に行われていた儀式が、双方共に暗黙の了解へと変わっただけにすぎないのだが
でも、その気づきは――。
にゃんごろーにとっては、成長への大いなる第一歩……なのかもしれなかった。




