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もふっとにゃ!  作者: 蜜りんご
第3章 子ネコーの朝活 
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食いしん坊の直感

 お行儀よくお手々を合わせて「ごちそうさま」をした子ネコーは、ポンポンになったお腹を撫でまわしながら、幸せそうに目を細め、「ふー」と大きく息を吐いた。

 深い満足感と共に、何とはなしにすっかり空になったトレーの上のお皿を眺め、それから。「ふぉっ!?」とお目目を見開いて、毛を逆立てる。

 トレーの上に、たった一つだけ、手つかずのままの器が残っていたことに、気づいてしまったのだ。

 そこから芋づる式に、もう一つの大事なことにも気が付いてしまった。


「ろ、ろろろろろ、ろーしよう!? にゃんごろー、まだ、おきゃわりしちぇないのに……。ごちしょーしゃま、しりゃった! も、もう、にゃんごろーは、おきゃわり、れきにゃいにょ!?」

「…………え? いや、別に、まだ食べられるなら、おかわりすればいいだろ」

「れも、ごちしょーしょま、しりゃったのに……」

「もう一回、『いただきます』と『ご馳走さま』をすれば、いいんじゃね?」

「………………」


 悲壮なお顔と声で、お腹をわしゃわしゃと撫でまわす子ネコーに長老はあきれ顔を向け、子ネコー親衛隊の面々は動揺した。仕方がないので、困惑しつつもクロウが相手をしてやると、にゃんごろーは「わしゃわしゃ」を止めて、ハッとクロウを見つめた。


「しょ、しょんなこちょ、しちぇいいにょ……?」

「ん? 別に、いいだろう?」

「しょ、しょーにゃんだ……」

「にゃんごろーよ。おかわりをするのは、別に構わんが。ちゃんと全部食べられるのか? おかわりをしておきながらのお残しは、いかんぞ?」

「にゃ…………。しょ、しょれは……」


 クロウの素敵な提案に顔を輝かせた子ネコーだったが、すかさず長老が釘を刺してきた。にゃんごろーは、ポンポンのお腹を見下ろす。正直、もうお腹はいっぱいで、バターロールが入る隙間はなさそうだった。一つ全部は、とても食べられそうもない。無理をして詰め込んでも、半分がせいぜいだろう。きっと、お残しをしてしまう。お残しをしたら、お行儀が悪いと思われて、次からはお船のごはんを食べさせてもらえないかもしれない。そんなのは、嫌だ。

 けれど。けれど、どうしても、諦められない。

 諦めならない理由がある。

 こうなったら、どうにかして無理矢理にでも、なんとかお腹に詰め込むしかない。

 にゃんごろーは、決意を込めたお顔で長老を見返した。


「にゃ……。ら、らいりょーる。にゃんとか、にゃる……」

「無理に食べ過ぎてお腹が痛くなったら、お船見学は取りやめじゃぞ? それに、おやつとお昼ごはんも、食べられないかもしれんのー」

「はっ……! しょ、しょれ……は……。うっ…………うぅ。うみゅぅ……」


 長老は子ネコーの無自覚リークによる『真のお見通し(子ネコーからしたら『真』だが、実際にはただのインチキだ)』ではない、本当のお見通しを発動して、さらに釘を打ち込んできた。子ネコーの腹具合なんて、にゃんごろー本ネコーよりも分かっているのだ。

 長老にお見通しされて、スコーンと釘を打ち込まれたにゃんごろーは、葛藤の唸り声を上げた。

 可愛い唸り声だが、本ネコーは真剣に悩んでいる。


 おかわりが出来るなら、お船見学は諦めてもいいと思った。けれど、おやつとお昼ごはんが食べられなくなるのは、いただけない。その事態だけは、何としても避けなくてはならない。

 にゃんごろーは、食い意地のためなら食い意地を我慢できる子ネコーだった。

 だから、いつもだったら「おかわり」に未練を残しつつも、次なる「おやつ」と「お昼ごはん」のために、気持ちを切り替えることが出来るはずだった。「おかわり」は、また今度必ずしようと、前向きに切り替えていただろう。

 けれど、この時は、それが出来なかった。

 なぜならば。

 逃した魚が、あまりにも大きすぎたからだ。


 長老のお顔を見つめていた、にゃんごろーの視線がフラフラと揺れる。視線は、ゆっくりと、トレーの上へと落とされていった。トレーの上、たった一つだけ手つかずの、イチゴジャムを捉えた。

 小さな白い器の中で、にゃんごろーに食べられるのを待っているイチゴジャム。

 赤いジャムが、艶っと輝いて、にゃんごろーを誘っている。

 赤は、大好きなお色だった。

 その赤が、滲んでいく。


「おかわりは、また今度すればいいじゃろ? ほれ、泣くな、泣くな」

「れも、らって……イチロリャム…………っ。ひくっ、うぅ……」

「イ、イチゴジャム?」


 長老が宥めようと声をかけたが、子ネコーは悲しそうにお顔を歪めた。子ネコーの膝の上に、ボタポタと雫が落ちていく。

 両方のお手々でお目目を覆って、にゃんごろーは泣きながら、逃してしまった大きな魚のことを訴える。


「おきゃわりのバチャーリョールれ、イチロリャムを、りっくり、ちゃのしみょーと、ひくっ、おもっちぇ……。うぅ、のきょしちぇ、おいちゃの……。イチリョ……リャム……、ひちょくちも、ちゃべちぇ、にゃい、にょに……。う、うぇえ。しゃいぎょの、ちゃのしみに、ちょっちぇおいちゃの……に……う、うぅ~。ふぐっ、うぐっ、うぇえ……。きょ、きょんにゃこちょに、にゃるにゃら、バチャーリョール、はんびゅんは、イチリョリャムれ、ちゃべれびゃよぎゃっちゃ……う、ううー、うわぁーん」

「おやつとお昼ごはんを引き合いに出しても諦めないから、何事かと思っとったら、そいうことかい。おかわり用に、イチゴジャムを大事に取っておいたんか」

「ふぐぅううー。イチロリャム~。きょーは、びょーけんもれきて、しゅごくいいひりゃとおもっちぇちゃのに~。ちゃのしいこちょばっかりらったおふねれ、きょんな、きゃなしいこちょが、おきょるにゃんちぇえ~。ふぅううううううっ」


 もふもふをビショビショにしながら、辛く悲しい胸の内を切々と語るにゃんごろー。

 これが最後の食事というわけでもないし、世界最後のバターロールでもイチゴジャムというわけでもない。けれど、子ネコーにとっては、楽しみにとっておいたイチゴジャム載せバターロールを食べ逃したのは、この世の終わりよりもずっと辛いことなのだ。

 にゃんごろーは、お目目を両手で覆い、俯いて泣きじゃくっている。

 最後のお楽しみにとっておいたイチゴジャムを諦めなくてはならないのは、とてつもない悲しみだった。パンパンのお腹だけでなく、胸まで張り裂けてしまいそうだ。


 けれど、それだけでは、ないのだ。

 そのことも、もちろんすごく悲しいのだが、それに加えて。

 素敵な計画が台無しになってしまったことも、悔しくて悲しい。


 子ネコーにとって、今朝は、初めての大冒険が大成功に終わった記念すべき日だった。

 客観的にはどうあれ、子ネコー的には大冒険で大成功だった。

 その素敵な朝の時間を、初めての『おかわり』で締めくくるつもりだった。

 おかわりについて教わった時に生まれた、子ネコーの小さくて大きな計画。

 素敵に始まった朝を、素敵に締めくくろうという子ネコーの壮大で可愛い計画。

 おかわりのバターロールで、大好きになったイチゴジャムをじっくり楽しむ――そんな素敵な一時で朝を締めくくって、いざお船見学会へ臨むつもりだったのに、最後の最後で台無しになってしまった。

 とても悲しい台無しだ。

 楽しみにしていたお船見学会すら色褪せるほどに、悲しい台無しだ。

 辛くて悲しくて、自分ではこの気持ちをどうにもできない。

 涙は、当分止まりそうもない。


 ――――などという子ネコーの胸の内を。長老は、もちろんちゃんと分っていた。子ネコーの、発音がグダグダのつたない説明を聞いただけで、ちゃんとお見通していた。

 お見通していたが故に、何と宥めたものかと頭を悩ませていた。

 にゃんごろーにとっては、それが『今朝』であることも重要だったのだ。

 「次」の約束を持ち出したところで、子ネコーの涙を止めることは出来なそうだった。

 白くて長いお胸の毛をわしゃわしゃと激しくかき混ぜながら、長老は「さて、どうしたものか」と考える。

 子ネコー親衛隊が、ハラハラしながら子ネコーと長老を見守っている。みんなの目が「早くなんとかしろ」と訴えてくる。けれど、なかなか、いい考えが思い浮かばない。

 思い余って、「今朝の冒険は、どちらかと言えば失敗じゃと思うし、また今度、ひっくるめて仕切り直せばいいんじゃないかの。その時は、最初から量を少なめにしといてもらえば、にゃんごろーにもおかわりが出来るじゃろ」などと、さらに子ネコーを泣かせてしまいそうなことを言おうとした時。

 ミルゥの横から、にゃんごろーに向かって手が伸びてきた。

 おかげで、長老は大失言をしなくてすんだ。

 伸びてきた手は、人差し指でコツンコツンと子ネコーの頭を軽く叩いた。

 そして、手の主はこう言った。


「おい、ちびネコー。あと一口くらいなら、食べられそうか?」

「…………う、うぅ、ふぇ……?」


 子ネコーが顔を上げた。

 目を覆っていたお手々をどけて、声が聞こえてきた方を見る。

 そこにはクロウがいるはずだったが、涙でぼやけてよく見えなかった。

 お目目をパチパチして、「ヒックヒック」としゃくりあげながらも、にゃんごろーはクロウの質問に答えた。


「……う、うん。ひ、ひちょ、ひちょくちにゃら、いけりゅ……」


 どうしてそんなことを聞かれているのか分からないけれど、にゃんごろーはさっきまで大泣きしていた割にはしっかりと答えた。


 食いしん坊の直感が、「そうするべきだ!」と強い口調で告げてきたからだ。



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