我楽多の心
ここはどこだ。
目が覚めたのは真っ暗な場所。
感覚を研ぎ澄ましてみるが鈍い。
身体を動かしてみようにもどうにも動かない。
あたりは雪が積もっていた。でも俺の知っている雪とは違っていた。
俺の故郷も雪が降るところだった。地域によって降る雪質や匂いも変わるのだろうか。
ふと考える。なぜ俺はここに居るのだろう。俺はなぜ存在しているのだろう。
考えても答えはないし、それを考えるだけ無駄だ。
俺はぼーっと真っ暗闇の空を見上げた。
俺の故郷は観光業が盛んな港町で、観光客で賑わっていた。俺はそんな奴らを楽しませる仕事をしていた。音楽を奏でる仕事だ。
店はおかげさまで大人気となり、俺は店の看板となっていた。いや、正確に言えば「俺たち」が正しいかな。音楽を奏でるのは俺だけじゃない。その店には数え切れないくらいたくさんの音楽家たちで溢れていた。
この店じゃそんな奴らをまとめるためにある決まり事があった。それは
「一人が奏でられるのは一つの音楽だけ」
いやはやなるほど。確かにこんな大勢を平等にするためには打って付けのルールだ。
ただ俺はこのルールに納得などしていなかった。俺に割り当てられた音楽は古臭い、そしてありきたりなものだったのに対し、他の奴らは流行りの音楽だった。
人気者といえば流行りに乗っている奴。その傍ら俺は店の片隅で音すら出さずにじっとしていた。そんな日が何日も何日も続いた。
そんな中だ。あいつが現れたのは。
そいつはいきなり俺を見て声を上げた。
「かっわいいーー!!」
そう言うと俺に向かって駆け出してきた。
「おいおい、あんまり走り回ると危ないよ。お嬢ちゃん。」
そんなことを表向きでは言いながら俺は内心飛び上がるほど嬉しかったのを覚えている。
「ねえ、君はどんな曲を奏でるの??」
奏少女は尋ねる。
「大したもんじゃないが、よかったら聞いてみな。」
俺は久しぶりに音楽を奏でた。俺が奏でることを許された古臭い曲。別に俺はこんな曲好きでもなんでもないんだけどなあと思っていたが、いざ聞いてくれる人を目の前にすると、こんなんでもよかったなと思える。
彼女はその日何度も俺の奏でる音楽を聴いてくれた。とても楽しいひと時だった。
どうやら彼女は俺のことを気に入ったらしく、俺もこんな感じが心地よかったから、それからはずっと一緒にいた。相変わらず彼女は俺のワンパターンな曲を好きでいてくれて、何度も。何度も。何度も聴いてくれた。嬉しかった。
いろんなところにも行った。
海、山、川、そして街。
毎日一緒にご飯も食べた。
もちろん寝る時も一緒。
しかし、幸せもずっとは続かない。
俺は病気になってしまった。
大好きになった音楽を奏でることもできない。
そんな俺に彼女は泣いてくれた。
俺も泣いていた。声は出なかったけど。
そうして俺は暗闇に入っていった。
そこで記憶は途切れていた。
ふと空を見上げると、何だか朝日が差し込んできた。
気がつくと病院の一室にいた。
目の前には見知らぬ老ぼれ婆さん。
周りにはその家族とも見れる人たち。
何やらみんな悲しそうだ。
「ああぁあ、懐かしいねえ。お前に会いたかったんだよ。」
婆さんはそうベッドの上からよろよろと起き上がって話かけてきた。
「あんた誰だ。俺はあんたを知らない。」
そんな俺を構いもせず、婆さんは俺を抱きしめた。
なんだよ、、、と思った束の間、思い出した。
この抱きしめ方。この匂い。
そうだ。この人が
「あんただったのか、お嬢ちゃん。」
そう。俺はオルゴール人形。
黄色いヒヨコの人形の中にちっさいオルゴールが入ってるやつ。
今は声も出ねえただの人形だが、魂だけは此処にある。
もう一度だけ、あんたにこの曲を聞かせられたらなあ。
彼女は俺のネジをまわす。
音は出なかった。
でも
彼女は笑ってた。