忘却戦記【Ⅰ】第9話〜記憶辿るる〜
こんにちは、一久一茶です!
傷ついた二人を助け出したゾーラ。山の異変はなんなのか。過去の記憶をたどり話し出すナミ。
では、最後までどうぞ!
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双霊山中腹、多くのドラニウムが外を舞う異様な雰囲気の中、私たちはゾーラの住処、洞窟の中にいた。
「ここなら一旦安心し。ワシの匂いが染み付いとるけあいつらも狙ってはこんやろ」
「ありがとう、ゾーラ。ロウミィも休みなよ。僕は奥から薪を取ってくるよ、寒いしね」
「ええわ! ワシがやる。お前は怪我人やねんから大人しくしとけや」
「そうね、ナミはまず回復しないと。ゾーラさん、手伝えることがあったら何か言ってね」
ナミは何度かここに来たことがあるみたい。でもいつものように動かれては申し訳ない気がする。まじまじと見れば細かい傷や火傷もいっぱいだし、何より顔色が悪い。
「ロウミィも同じやで。お前も怪我しとるやろ」
ツッコミを受けた。まぁそうか。戦いの間は気がつかなかったけど、私も擦り傷や打撲で肘や膝が痛い。でも今回の戦いで相手にやられたことはないわけで、ナミよりマシだとは思うのだけど。
話し声が反響する、暗い奥に入っていたゾーラを見ながら、やっと一息つけた。腰を下ろすとお尻が冷たいけど、それでも足の疲労が溜まっているせいか、立つ気力がない。
しばらくすると、ゾーラが薪を抱えて帰ってきた。慣れた手つきで木を組んで、魔術で火をつける。
「でもなんや、ほんまに無事で良かったわ。ワシも何やら分からんからな」
「そうだよ。一体どうなっているのさ。ドラニウムには話が通じないどころか本気で殺しにかかってくるし、それ以外の亜龍も殺気立ってるから。こんなの見たことないよ」
「せやな、ワシとて仲間からの連絡が途絶えたから気になって戻ってきたら、えらいあいつら殺気撒き散らしながら飛んどるところにお前ら見つけてやな」
「ゾーラ、本当にありがとうね。私たち多分あれ以上もたなかったから」
「いやいや、別にええねん。ナミはもちろんやけどお嬢ちゃんも仲良くしてたからな。助けんと目覚め悪いやろ」
ナミは私が持ってきた回復薬と魔力ポーションを飲みながら苦い顔をしている。でもそれは、別に味が苦いからではないだろう。それもそう、仲の良い友達に殺されかけたのだから。
「でやな、結局のところワシも詳しくは分からんのやけど。ただ、お前らは襲われてたから気づかんかったやろけど、なんか【気】がおかしいんや。山全体で。西の山も確認したけど、同じや」
私たちが登っているのは双霊山の少し高い方である東の山だ。西もそうなのか。
「気ってどういう意味? 魔素とかは正常に反応するけど」
漂う魔素は濃いものの、それは亜龍の生息地だからで。それを無視すれば特に何も変わったところなんてなかったけど。
「あぁ、そっちの気やない。どうや、ナミも今やったらなんか感じへんか?」
「うーん、何かおかしいのは分かるけど。それが何かは分からないな」
右のこめかみを押さえて、考え込むナミ。
「嘘やな。お前なら知っとるはずや。ワシらは聞いた話だけやけど、この感じお前は体験しとるはず。ワシはお前ら見つけた瞬間ハッとしたけどな」
「ど、どういうこと? ナミ、何か知ってるの?」
ゾーラは険しい顔でナミを見る。だけどそれは決してナミを責めるような佇まいではない。むしろなんだろう、この表情は。
「何のことを言ってるのさ」
それを受けたナミの声は、もう普段の優しさなどどこにもない、冷たいもの。
「しらばっくれんなや。忘れてないはずやで、それは別にお前でなくてもあれを経験しとるならな」
まただ。時折二人が出す雰囲気。私には分からない、まだ教えてもらっていないけどゾーラが言っていたナミの秘密に関することだと思っている。
「ああ、そうか。確かに似ているかも知れないね、あの時と。状況的には全く違うのに、そうだね」
「なによ、二人とも分かるように喋りなさいよ! 今の状況分かってるの?」
確かに二人には私じゃ立ち入れない深い関係性があるのは分かっている。でも、ナミが怪我をしていて回復薬でも時間がかかるだろうし、全力が出せない。それにゾーラは非戦闘員。現状、疲労とかすり傷程度の私が一番回復が早くて、戦力になるはずなのだ。全てを話せってことじゃない、少しは私にも分かるように話してほしい。
「まぁ、なんや。お嬢ちゃんもうちょい待ったってくれ。深く説明できんのはすまんけど、これも大事なことなんや」
こちらを見ることもせず、ゾーラが言葉を吐く。
そうだ。この表情は。哀れみに近い。ナミが思い出したくない過去のことなのだろうか。言葉にはしない。けど、自分でも、ナミと関係の深い自分でも、共有できない暗い過去を哀れんでいるような。
「今の台詞で確信したよ、ゾーラ。そうだね・・・・・・」
ナミは、ギッと目力を強めゾーラを見る。睨んでいるのではない。多分、今の彼はゾーラへピントを合せていない。ゾーラへ向いているけど、きっと過去を見ている。
「なら尚更、急がないといけないね。きっと奴らは村、その先の街まで降りてくる」
「村へって・・・・・・ドラニウムたちが村を襲うっていうの?」
「ちゃう、ドラニウムは恐らく降りてこんわ。あいつら誰かに操られとるってことや。山を越えてリングスへ向かう奴を襲うようにな」
「そうだろうね。あいつたちは、死んでもドラニウムなんて仲間にしたくないだろうから。きっとそのまま殺しながらこっちへ向かってくるつもりだろうね」
あいつたち。誰だろう。
「・・・・・・あいつたちって、まさか」
「多分、今ロウミィの頭に浮かんだ奴たちで合ってると思うよ」
「魔族、魔人族ってところやな。この際どっちでも関係ないけどな。ここまで手をこんでちゅうことは、それも数体やあれへんやろ」
魔族、魔獣や魔人などを含めた者たち。そんなのが攻めてくるなんて。しかも数体じゃない、恐らく軍隊レベルで。
「・・・・・・それってまるであれみたいじゃない?」
「あれって何さ?」
「ほら、千五百年くらい前の。北限の変だよ」
さっきからこの二人はこのことを言っているのかな。でも、ナミと何が関係あるのだろうか。
「あぁ、そうやな。それには似とるな、直接的にいえばそうやな。でも、ワシらが言っとるのは違う。もっと前の話や」
もっと前。北限の変より前の出来事で、しかもナミに関係することなど、ひとつしかない。
「・・・・・・妖霊大戦のこと?」
「知ってるんだね。まぁそうか。鳥居の文字が読めるほどだし、知っていて当然だね」
ポツポツと、少しずつナミは話し出した。三千年前、自分を原因とした戦争が起きたこと。途中から人間が介入してきたこと。それにより起こった、最期のこと。恐らくすべて話した訳ではないだろうけど、そのひとつひとつ、断片であっても壮絶な内容は、私が持っていた龍天子像とは違っていた。
「まぁ、もうどうしようもないことだしね。今さら何をしても時間が経ちすぎてるから。でもせめて、僕の思い出の品だけでも取り返したいなって思ってる」
「それって、今回の旅の目的?」
「うん、そうだよ。父さんの形見だから。すべて取り戻さないと、死んでも死にきれないから」
何か含みを持たせた表現だな。でも、この感じだとまだそこの部分をナミは私に話すつもりはないみたい。私とて、こんなに暗い顔をしたナミに追及することなんて出来なかった。
「・・・・・・死んでも死にきれない、か。確かにそやな。上手いこと言うなお前も」
「ゾーラ。それ以上は言わないでよ」
口の軽いゾーラを牽制しつつも、すべてを隠すつもりはないみたい。でも何かあるのは別として、詳細まで教える気にはなれないみたいな。
でもきっと、この旅の目的であり、そしてナミの身体のことにも関係していることは何となく伝わった。あの日祠で二人で話した時に言っていた、そろそろ引きこもってばかりじゃいられない、という言葉の意味がなんとなくだけど繋がった気がした。
「で、似ているっていうのはどういう意味なの?」
だからこそ、これ以上デリケートなところから少し話を逸らそう。それに今は、こっちが本題だしね。
「そうだね。ロウミィは、僕が妖霊大戦で死んだことは知ってるよね」
「ええ、まぁそうね」
そこからすぐに生き返った。いや、転生したというのは伝説にも記されていること。
「僕はね、妖霊大戦の最後の戦いで死んだんだ。それまではどれだけ敵がいようと僕達の仲間が苦戦するなんてことなかったんだけど、最後は違った。すごく苦しい戦いだった。けど、それでも戦局が崩れるなんてことはなかった。あの時まではね」
「そういや、ワシもその辺の詳しい話なんか聞いたことなかったけな。ほんで、何が起こったんや」
「突然ね、仲間が隊列を崩して暴れたり、戦うことを辞めたりしてね。中には自分で腹を切る、なんて人もいたな。とにかく、無茶苦茶になった。それで相手に押されて、本陣まで攻め込まれた。困ったよ。その時には僕も放心状態だったからね。仲良くしてた人が次々と死んで、気づけば形見も手放していて。で、本陣前で必死に戦って、死んじゃったんだけど」
もはや暗い顔ではない。痛みに耐えるような苦しい顔だ。無理もないか。そんな過去、忘れたくても忘れられない。思い出すだけで痛みが走るような感覚なのだろう。でもナミは続けた。
「でね、何が似てるって、仲間の様子がおかしくなった時の感じと似てるって意味なんだよ」
「え、今の状況がってことよね?」
「うーん、状況というより空気がって言ったほうが正しいかもね。捉えづらい表現だけど、そっちの方がしっくりくる。僕もあとで知ったんだけど、あの異変は、人間たちが仕組んだものだったみたい。その時暗躍した人間たちっていうのが」
「今の魔人の祖先ってことやな」
そういうことか。ナミが魔人を敵視して、嫌う意味が分かった。自分を含め、仲間たちの仇なのか。
「そう。だから上手くはいえないけど、今回もあいつたちが関わってるんじゃないかなって。そしてもし関わっているならば、目的はひとつ。人間領への侵攻だと僕は思うんだ」
思うという表現にとどめているけど、この話を聞けば説得力がありすぎる。きっと、魔人たちはナミの仲間たちを殺したときの方法を使って、双霊山の難所、ドラニウムの縄張りを切り抜けてこちらに攻めてくる。千五百年前の北限の変の再現。いや、私が知るにあの時は何か得体の知れないモノに阻まれて失敗したらしいけど、今回も同じ結果になるはずもないだろう。だとすれば、一大事だ。
「とにかく、お前らは休め。こうなった以上、ワシらだけでどうこう出来る問題やない。ほんで奴らと戦ういうても今の二人じゃ無理や。ワシはちょっと出てくるけ大人しいしとけや。分かったな?」
「出るって、ゾーラどこに行くのよ」
「ガードンや。ワシのツテで辺境伯に伝えてくる。あっちとて、異変に気づいとるかもしれんけな。それとナミ!」
「な、何?」
「休めよ? 勝手なことすなよ? お前が心配や。ほんまに勝手なことされたらかなわん。分かったか?」
「あ、うん。分かってるよ」
ナミに念押しして、私に薪だったり食料の場所を伝えたゾーラはすぐに洞窟をあとにした。残された私たち二人。けど二人とも限界だったのか。ナミが寝息を立てたのが聞こえた頃には限界、私もすぐに寝てしまった。
※
数千年の平和な時間。ただ、古代人としては過去の壮絶な戦争を無意識レベルで覚えていたのか。平和だというのにも関わらず、魔石の発明以降、魔道具、特に魔導兵器の開発は飛躍的に進歩を続けた。
現代において人間は、自らの中に魔石以上に魔素を溜め込むことができる故、妖霊大戦以降既に廃れてしまった研究だが、当時の古代人にとっては魔素を生かす唯一の方法。多岐にわたる研究で、さまざまな魔道具が開発され軍事、民間利用問わず広まっていった。現在帝都が魔道都市と言われているが、当時であれば辺境の小都市であっても今の帝都と同程度の設備が揃っていたほどだ。
失われた魔道具文明、それを生み出した神龍と私はディオス含めた神々の賞賛を受けた。自分たちの尻拭いを頼んだところ、それ以上の成功を生み出したのだから無理もない。
ただ、一柱のみが別の感情を抱いていた。私を管轄する知の神、イグノである。
彼は嫉妬していた。古代人が思考の上開発する魔道具は、神々にとってどれも目新しいものばかり。それはイグノにとっても例外ではない。ただ、彼は知の神。そんな彼が驚くような発明や知識などあってはならないと考えるようになっていた。私は覚えている。何か新たな発明があるごとに、私が賞賛され、私を生み出したイグノも賞賛される。だがイグノも知らぬ事が多くなり、彼は壊れていった。次第に古代人が私の記憶を見る権限を狭めていった。私がいるから人間が思いつくのだと考えたのだろう。
ただ、一度広まった技術や知識。人間たちは更なる思考を重ねて新たなものを生み出していく。もはや彼らの中にも私と同じような膨大なアーカイブがあり、私を通じて見なくとも過去の発明から新たな知識を生み出すことができたのだろう。
次第にイグノは他の神の使いに当たるようになる。特に魔素を生み出した神龍への扱いは酷くなっていく一方だった。
平和な下界。そこに暮らす彼らの預かり知らぬところで、不穏な火種が大きくなっていた。当時私は精神も肉体も持たないものであったが、もし持っていれば止めていただろう。ただ、イグノの怒りは他の神にはバレることはなかった。全てを見聞きし記憶する、私のみが知る事実。誰にも気付かれぬまま、彼は遂に下界への介入を進めることになる。
※
to be continued
最後まで読んでいただきありがとうございました!
次回、人の話を聞かない誰かが動き出す?かも
ではまた。一久一茶でした!
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