忘却戦記【Ⅰ】第5話〜旅のその前に〜
こんにちは、一久一茶です。
共に旅に出ることになり、急いで村に帰ったロウミィ。でもやっぱり村の人と話すとしんみりしてしまう。そんな気分を吹き飛ばし、村を出る許しを得にある人物の元へ向かう。
そんな感じです!
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村に戻った。村長宅へ挨拶に向かうと、私の顔を見るなり何かを悟ったのか、今晩はささやかな宴会をしようと誘ってくれた。明日中には出立したい。急いで拠点としていた宿の部屋をあらかた片付けて、その足でギルドに赴いた。
「あ、おかえりなさい。無事で何より」
ギルドのお姉さんが、いつものように出迎えてくれる。ただ前の依頼は達成扱いなので、事務的な話はしないと思っているのか、カウンターから出てきて小走りで私に抱きついてきた。昔から対人距離の感覚がおかしい人だ。まぁ、それは男女関係なく発揮されるから、ガードンにいた頃はそれはそれはおモテになられていたけれど。
「急に寒くなったから、心配しちゃってね。山の方はどうだった? 雪降ってたんじゃない?」
「まぁね、途中からしっかり降ってたよ」
「そうなんだ。今戻ったところよね? さっき村長さんから聞いたんだけどね」
「宴会でしょ? 聞いたよ」
「あ、なーんだ知ってるのかー。まぁ、多分あの口ぶりはロウミィのためだと思ったんだよね。ほら、帰ってきたお祝いとかしてないじゃん?」
「帰ったお祝いなんて、私は降格して戻ってきたぺーぺーよ」
この数週間、一番話をしていただけあって、村人が触れづらかった話題も冗談っぽくポロッと言ってくる。昔からこの辺の距離の詰め方も上手いから、腕利きの受付嬢として重宝されていたのも頷ける。
「ペーペーなんて、ロウミィはすごい子なんだから。しかも鉄級をペーペーだなんて感覚ずれてるんじゃない? 本来凄腕ってところよ。それにここは帝都に負けず劣らずいいところ。人もあったかいし、双霊山も近いし。心洗われるんだから。って、ここ出身者に言っても分かってるか」
お姉さんはガードンで腕を上げ、帝都からもオファーがあったもののそれを断り、以前から夢だったバービィーでの勤務を叶えたという、受付嬢としてはかなりレアな人。
確かに都会の人、特に歳を重ねた方の中にはバービィーはいつか住んでみたいという声も多い。まぁほぼ農業と非戦闘職の冒険者、あとギルドくらいしか働き口がないから若くして移ってくる人はほぼいない。そんななか若いうちから夢を持ち、それを叶えたお姉さんには感心する。普通ギルドの受付なら冒険者の聖地、帝都の大陸中央ギルド本部からオファーがあれば飛びつくだろうに。
と、こんな話をしに来たのではない。
「そうだね、ここの魅力は分かってるよ。それでね、ギルマスっている?」
ここに来た目的、それは鉄級になったしここを離れることと、あともう一つある。とにかくまずギルドマスターに話さないと。
「ギルドマスターなら特に予定入ってないんじゃないかな。二階にいると思うよ」
「そう、ちょっと話があってね。アポ取ってもらえる?」
「あ、うん。いいよいいよ」
お姉さんはカウンターの向こうに戻って、魔道具に手をかざした。ギルドならどこにでも置いてある、無線魔道具。十年ほど前に開発された比較的新しい魔道具で、魔力を流せば近隣の町のギルドやギルド内での無線通話が可能になるというもの。
ポチポチと、ボタンを押して連絡先を指定して、受話器を取り上げれば話ができるという代物だ。魔人との戦いの激化の中情報戦で負けないようにと開発されたものらしい、あくまで世間的には。まぁ帝都時代の知り合いが開発者だから、本当の開発理由を聞けば馬鹿なんじゃないかと思えてくるけど。
「今大丈夫みたい。案内はいる?」
「大丈夫」
「オッケー・・・・・・もしもしギルマス、ギルマス・・・・・・ギルマス! はい、ギルマスさん面談希望です。相手は鉄級、ロウミィさんです。はい、今受付から向かうそうです。よろしくお願いしますね。頼みますよ!」
受話器を下ろし、ため息をつくお姉さん。どうしたのだろう。
「ごめんね、急で」
「いや、いいんだよ。寝てたんだって」
「は?」
「いや、仕事がいっぱいなのは分かるけどまさか寝てるとは思わないじゃん。仕事が出来てもこれでは私たちも苦労するよまったく」
どうやらさっきのため息は私ではなくギルマスに向けられたものらしい。仕事中に寝るとはかなり個性的な人なのかも。ここのギルドマスターは二年前にトーロウから来た人らしく、顔は知らない。私がバービィーに帰ってきたときにはガードンに出張だったらしく、ほんの最近帰ってきただけなので挨拶も出来ていないから、どんな人なのかと思ってたけど。
「そっか、ならそこも少し釘刺しとくわね」
「うん、お願い。ハハハ、ギルマスもビビるんじゃない、業火姫サマに釘刺されたんじゃ」
あ、そうだ。思い出した。
「そう言えば、村の人が私のこと知ってたんだよねー」
「うん? 何よ急に怖い顔して、当たり前じゃんそんなこと」
「そうなんだけど、私が内緒にしてた二つ名のこととか」
げっ、というリアクション。流石お姉さん、田舎に憧れるだけあって心が綺麗だ。隠し事ができない人だな。
「な、な、何のこと? ほら、帝都でもその二つ名は有名じゃん?」
「まぁね、でも村長とか長老まで知ってたから、相当広まってるのかなって。誰が広めたのかなぁ?」
少し彼方を向きつつ視線だけお姉さんへ向けると、みるみる額に汗が滲んでいる。お姉さんはこういう時、いつもより目が大きくなってちょっと頬が赤くなる。黒髪ショートで背が低い、しかも幼さの残る色白の美人さんなのも相まって、男なら速攻で射抜かれているだろう。まぁ、私は女だから効かないけど。
「今日の宴会、覚悟しててね」
効かないけど、可愛い顔も拝めたしよしとしよう。ウインクをしてそう告げるとブンブン頭を縦に振っている。くそ、いちいち可愛いな。
その足で上階への階段を登る。バービィーでは珍しい石造の三階建てのギルドだが、二階は酒場兼集会所となっていてソロの冒険者が同行者を見つけるためにどこのギルドでも備えられている施設だ。まぁ、ここは非戦闘職の冒険者しかいないから実質ほとんど使われていないけれど、それでも亜龍討伐の聖地だ、中々の規模のものが備わっている。
「やぁ、ロウミィじゃないか。今晩は頼むな」
「こんにちは、ヤコブ」
村一番の料理人、ヤコブがいそいそと何かの準備に追われていた。どうやら外ではなく、ここで宴会が開かれるようだ。ヤコブも立派に働いてるなぁ。子どもの頃はガキ大将みたいな感じで、よく喧嘩したっけ。当時「お前は女の子じゃない。力強いもん」って言われて傷ついた思い出がある。以降少し嫌いだったけど、いつの間にかまた遊ぶようになって。私が村を出るときに一番泣いてくれた友達だ。
「久々に村長からこんな頼み事されたよ。とは言えな、せっかくのロウミィの門出、腕がなるってもんよ」
「ふふふ、楽しみにしてるね」
ちょっとマジか。確かに村長とは言葉を交わさなくても通じ合えるほどの仲だけど、そこまで勘づかれてるなんて。隠し事できないなぁ。なんてったって今からギルマスに、初めて村を出ることを話すのに。
ヤコブに指示されて動いている人たちも、みんな知り合いだ。子どもの頃の喧嘩、森での遊び、お祭りでの思い出、ここに居れば昔へ思いを馳せることが出来る。でも、そんな頃から続く夢のため、私はここを出るのだ。私の心は揺らぎはしない。
三階まで駆け上がる。大体三階には会議室と資料室、そしてギルドマスター、つまりここでの最高責任者の執務室がある。
ギルドマスターは本部からの、中央大陸であれば帝都にある大陸中央ギルド本部のギルドマスターの任命で決まる。のだけれど、大体はその土地で有名な冒険者が引退後に任命されることが多い。有事の際に顔が利くから。ハービィーなら私か、私の両親がこれに当たるのだろうけど、両親はミスリル級冒険者。そして私は現役なので、以前からギルマスは他の土地から、特に帝都やガードンの退役冒険者がなることが多い。前のギルマスもガードンの元銀級冒険者だった。
だからかな、いや単に私が有名な冒険者に興味がないのもあるか、今のギルマスの名前を聞いてもどんな人なのか分からないのだ。
執務室の戸の前まで来た。どんな人か分からない上に仕事中居眠りをする奴だ。釘を刺すってお姉さんには言ったけど、まともに会話できる人ならいいな。いや、本来組織のトップなら会話できて当然なんだけど、いかんせん冒険者は曲者揃いなので、たまに会話のできないポンコツが紛れていることもあるのだ。仕事が出来るのは間違いないのだけれど。
「失礼します」
コンコン、扉を叩いて声をかけると、ガサッと紙を乱雑に避けたような物音がした。さては連絡受けてからここまででまた寝ていたのか。
「ああ、ごめんごめん。入ってええよ開いとーから」
すると低い壮年の男の声が聞こえた。訛ってるな。最近訛りのある奴とエンカウントすることが多い。ゾーラとかゾーラとかゾーラと・・・・・・いや、ゾーラの印象が強いからかな。というか、執務室の戸の鍵は閉めとこうよ、一応ここは平和とはいえ荒くれ者の揃う冒険者ギルド内なんだから。
戸を開けると、これまた面白い光景が広がっていた。部屋は片付いている、のに机の上は書類が散乱している。きっとこれを見てるうちに寝てしまったんだろうな。で、その先に窓際に立っている男、声からは想像できないくらい若々しい。そして本当に冒険者だったのか、白い肌に丸眼鏡、全く運動が出来るようには見えない体躯。それに黒く長い前髪と眼鏡の先に見える狐目がより眠そうな雰囲気を醸し出している。
何が面白いかって、そんなさっきまで眠っていた男が椅子から立ち上がり窓際で絵になるように立っているということだ。口元のよだれのあとがまたいいアクセントになっている。
「失礼します。鉄級、ロウミィです」
「ああおはようさん。アイン・シックザールや。アインでええよロウミィはん」
シックザール、か。家名を持ってるってことは貴族なんだろうけど、帝都暮らしが長い私でも聞いたことがないな。
「シックザール・・・・・・」
つい声に出てしまった。というか呼び捨てしてしまった。
「いやいや、アインでええって。大体シックザールってのも最近つけられたばっかりでな、呼ばれ慣れてないんよ」
あ、そういうことか。
「白金級の冒険者だったんですね」
「おお、そうそう。トーロウで冒険者やっとったんやけどな。一昨年のゴタゴタでやめなあかんようになってな、やることないし怖いから帝国に来たら是非貴族に、ほんでギルドマスターなってくれって言われて、困ったもんやわ」
トーロウ共和国、民主主義を掲げて貴族のいない、大陸では少し珍しい国だ。西の方だから言葉も訛ってるのか。
「トーロウですか。刃虎狩りでよくお世話になりました。それに一昨年も」
「ああ、あん時の作戦に参加してはったんかいな。そりゃえらい迷惑かけたなぁ」
「いえいえ、まぁ残念でした」
一昨年、トーロウは大きな戦禍に見舞われた。大河、トリミル川を挟んで南の国境が魔人族領と接していたのだが、魔人族の侵攻を受けて国土の半分近くを失ったのだ。首都以北を国中の魔導師が総出で張った対魔人族結界により守ったものの、前線では未だに魔人との衝突が絶えないらしい。
私も一昨年の魔人族侵攻の時、補給陣地の防衛で帝国ギルドから短期派遣された。その時魔人とソロで戦う羽目になったからあまりいい思い出はない。まぁ、その時の活躍で金級昇格を果たしたから良かったのだけれど、ソロで銀級冒険者と魔人とを戦わせないといけないほど切羽詰まった事態だった。私は期間限定での派遣だったから帰らないといけなかったけど、自分が関わっていただけに、その後南半分が陥落したと聞いてとても残念だった。
「まぁ、そうか。鉄級やのに大変な任務につかされたもんやね・・・・・・ん?」
アインは私を知らないようだ。ただ、今の話で何かおかしいところに気づくあたり馬鹿ではないみたい。
「鉄でそんな危険な任務に出しょるんか、帝国は。そんなわけないわな、刃虎狩りって言っとるし。えっと、名前もう一回頼むわ」
「ロウミィです」
「ロウミィ、そういやどっかで聞いたことある名前やな。どこやっけな」
む、ここは押し時かも。
「帝都じゃないですか? 恐らくですけど。ほんの最近まで帝都で冒険者してたんで」
「んー・・・・・・あ、思い出したわ。ロウミィはんね。あーあのロウミィはんか。その名前で聞くことほとんどなかったから忘れてたわ。ほー、業火姫やな。だからか! あんたがここに着任した時手続きめんどくさかったんや。そうやそうや。まあ噂はかねがね聞いとーよ」
ちょうどアインが帝国に来た頃、私は金級になったわけで。それにその頃から二つ名が定着し始めたから尚のこと印象に残っていたのだろう。
「にしても貴族の考えることは分からんな。業火姫が降格って。ほんまやったら今頃白金やろ」
「ええ、まぁそうですね。というかアインさんも貴族ですけどね」
「一代だけな。ワハハ、まぁ何や詳しいことわからんけど、帝都は帝都でややこい偉いさんが結構おるって聞くしなぁ。俺らじゃ分からんことだらけやわ。まぁ、ハービィーは故郷やったな、ゆっくり羽根でも伸ばして」
「あ、そのことなんですけど」
「ん、何や。そういえば要件聞いてなかったな」
「常駐拠点の件です」
そう、ここに来てギルマスに会いにきたのは、常駐拠点の変更のためだ。今までは銅級、拠点での常駐義務があったけど、今は鉄に上がって義務が解かれたからどこに行っても、どこを拠点にしてもいい。
とはいうものの一応、鉄級になった冒険者は最初の常駐拠点の変更は届出しないといけないのだ。二度目からは届出は必要無いけど、初回は変更先の手続きが必要になるかららしい。
「ああ、常駐拠点変更かいな。鉄に上がったもんな。そんなん下でパパッと書類書いてくれたらええのに。ってか知ってるよな、一回やってるんちゃう?」
「ええ、まぁ。でもちょっとお話ししたいことがあって」
届出はしないといけないけど、それはあくまで書類上の話。何もギルマスとサシで話す必要などないんだけれど。ただ今回は話が違うのだ。ハービィーを出て、ナミとの旅に同行する。しかも初めの行き先も分からないんじゃ変更を届出ても変更先へ行けない。そもそも旅をするとなると常駐拠点なんてものがない状態になる。となると、拠点変更ではない形を取らないといけないのだ。
「拠点変更ではなく、回遊冒険者としてやりたいので、拠点取り消しをお願いしたいんです」
回遊冒険者、文字通り一箇所に留まらず各地を巡り依頼を受けていくスタイルの冒険者だ。拠点取り消しをすることでギルドカードから拠点の表記が消えるから、遠い場所のギルドで依頼を受ける時でも受付で怪しまれることが少なくなる。けれど、回遊冒険者になるには少しハードルがある。
「ほんまか。でもな、鉄級やしなぁ。マグロかぁ」
そう、回遊冒険者は許可制。許可を出す判断基準がランクや信用度なのだ。許可制でないと誰でも拠点を持たず活動できてしまう、それこそ犯罪者であっても。ギルドカードは作る時とか昇格する時とかに犯罪歴は調べられるし、記入されるけれど、昇格して更新した後の犯罪歴なんかは載らない。だからこそ、各地を巡る回遊冒険者は各地で犯罪を犯さないような信頼のおける冒険者のみが許されるスタイルなのだ。その信用にも、ランクも大いに考慮される。
ちなみにマグロとは世間一般で使われる意味ではなく、単に回遊、という部分を切り取って使われる冒険者用語だ。私も初めて聞いた時混乱した。それこそどんな攻撃を受けても反応しない不死身の冒険者なのかなと思った。
細い目を更に細めて、眉間に皺を寄せて考え込むアイン。仕方ない、データ上では鉄級の冒険者だ。普通であれば厳しいし、ましてや降格して僻地に飛ばされた経緯をとっても、本来なら無理なお願いなのだ。
でも、さっきまでの会話で勝機は見えている。アインは私を知っていた。それに、降格左遷の経緯に貴族の関与があったことも知っていた。本来なら初めて会う人との会話で私の二つ名なんて恥ずかしくて話題にあまり出したくなかったけど、これで信用という部分はクリア出来るかもしれない。
「そうやなぁ、まぁ今回は業火姫のお願いやから許してもええわ。ただ、中央の偉いさんがなんか口出しできそうやな」
やった。通った。
「本当ですか!」
「うん、まぁ特別やで今回は」
「ありがとうございます。帝都の貴族の口出しは適当にあしらってください」
アインの立場は悪くなるか、いや、そもそも僻地勤務だ。これ以上悪くならないだろう。
「分かった分かった。まぁ、俺は元白金って言っても他の奴らとはちょっと違うからな。なんも言われへんやろ多分」
「そうなんですか?」
「俺、子爵なんやわ」
なんと。普通白金冒険者は準男爵位、引退して男爵になる決まり。それがひとつ上の子爵だったとは。トーロウは爵位制度なんて無いから元々身分が高いとは思えないし、何故だろう。
「まぁ、こんななりでも一応な、トーロウの英雄呼ばわりされてんねわ。魔力足りんから魔人からドレインで色々吸い取ったまでは良かったんやけど、結界張るのにヘマして脈潰してもうてなぁ。んで引退したけど、トーロウのやわな魔導士をカバーして捨て身の覚悟で結界張ったゆうてな。大層やわ。こちとらはよ逃げたかったのに」
脈、魔力回路のことか。それを潰すほどの無茶な発動をしたのか。・・・・・・あれ、そういえばトーロウの白金の脈潰し魔導士なら聞いたことあるような。
「もしかして、現役の時ってお名前違いました?」
「ああ、そやな。愛称でカードに登録したからな」
「ちなみになんて名前で?」
「アーサン、やな。昔からアーさんアーさんって呼ばれてたから若いときそれで登録してもうて」
アーサン、思い出した。トーロウ救国の英雄だ。魔力回路が潰れるほどの負荷でトーロウ国土の首都以北全てに結界を張った天才。その後二度と魔法が使えない身体になり引退したって話だった。帝都でもそれを題材にしたミュージカルなんかがあったから知ってたけど、まさか張本人だったとは。
噂では四十代。魔導士としては早い引退だとは聞いていたけど、二十代に見えるほど若いから気づかなかった。そうか、ドレインで無茶に魔力だけじゃなくて生命力やらなんやら色々吸い取ったから若返ってしまったのか。
とにかく、そこらの貴族では口出しは出来ないポジションだってことね。ラッキーだな。
「まぁ、昔話はええわ。拠点取り消し、了解したで。中央には上手いこと通しとくわな」
「ありがとうございます!」
「んじゃ、また寝るわ」
そういうと見た目に似合わずオッサンのように疲れたため息をつきながらダランと椅子に腰掛けた。そして瞬きの間もなくクシャクシャな書類の上に突っ伏している。
「あ、受付の子、怒ってましたよ」
「ん、ああ、また謝っとくわ」
またとは。いつものことなのか。
「ちなみに魔力回路潰れて魔力が使えないから眠くなるんですか?」
「は? ん、いや、まぁ、そうやな。ワハハ・・・・・・」
キョロっとこっちを見てきた。何が言いたいか分かってるみたいだね。
「そうなんですね。そんな症状聞いたことないですけど、私も気をつけます。仕事中に寝ちゃうと流石に人としてヤバいかなって思うんで。あ、すみません。失礼しまーす」
「き、気をつけろよー。魔法使いすぎるなよー」
最後の棒読みのセリフ、ちょっと吹き出しそうだった。
※
龍天子、巳奈水。それぞれの生で別の名前を名乗っていたものの、複数回転生しその度に膨大な情報を蓄積していたものの、本質として龍天子であったことは変わらない。
龍天子とは、半妖である。半人半妖、妖霊の時代に妖怪たちから忌み嫌われた存在である。
それは何も、人間の血が混ざっているからという言わば思想的な理由だけではない。強さこそ正義の妖怪の社会で、妖怪の力、妖気が薄い半妖はそれだけで侮蔑の対象であると共に、薄まったとはいえ妖気は人間の血には毒である。たとえ生まれながらに半妖であったものであっても負担は大きい。ただ生きるだけならまだいいものの、それが戦うとなると更に負荷がかかってしまう。また、古代人の持つ霊力は妖怪の血に反発することもあって、故に身体が弱いものも多かった。
それは巳奈水とて例外ではない。むしろ大妖怪で全ての妖怪の頂点とも言われた父と、古代人の中でも特に秀でた霊力をもつ巫女の母の子、体内での二つの力の衝突は計り知れない。
トーロウでの伝説となった戦闘以後、彼は常に妖気の支配を強めて戦いを続けていた。
更にそれに拍車をかけたのは龍神爪の特性。神器として過去の生で振るっていた巳奈水ではあったが、トーロウ以後彼は全く違う技、奥義とも言われた究極の技を編み出したのだ。
龍神爪は父の爪に母の霊力を編み込んだもの。成り立ちからして子である巳奈水を使い手と想定したつくりであった。それこそまるで、半妖である彼と同じような。半妖として柄を握るものの力を最大限活かし、同時に半妖に振われる時にその真価を発揮する刀。故に父であっても満足に使いこなせない代物となっていた。
確かに、妖霊大戦時は巳奈水は最大限に使いこなせていたとは言わないものの、互いの力を相乗させ振るっていた。
それが、トーロウ以後の彼は知ってしまったのだ。妖気の力を。
毒であり、彼にとって麻薬。しかも彼は魔法を使いこなせたこともあって、遂に必殺剣を編み出す。いや、編み出してしまうと言っておこう。
父が龍神爪を使えない理由。それは龍神爪自身が妖怪を使い手として認めず、妖力を際限なく吸い取ってしまうからである。大妖怪であったため、まだある程度刀として使えたが並の妖怪であれば数分で妖気を搾り取られ、死に至るほど。それでいて刀身に妖気をとどめておくには編み込まれた母の霊力が強すぎるため、常に刀身から妖気が抜けていく。つまりは妖気を再現なく外に放出してしまういわば呪いの刀となってしまうのだ。
巳奈水が妖怪の血の支配を強めたとき、これはまさしく妖怪そのものが龍神爪を握ることになる。刀身から抜け出す妖気の粒、妖素が溢れるように流れ出てしまう。まだ巳奈水へ向けて作られたものだから武器としてある程度使える程度であったとも言える。
ただ、彼は魔法でその欠点を逆転させた。
その刀身を対魔法結界で覆い、溢れ出る妖素を刀身の外側にとどめおく。そしてその溜まった妖素を燃料として、結界を解き剣を振り抜くことで爆裂させる。
当時の冒険者たちの間で噂にもなった剣技【爆砕】である。
神刀とはいえど、ただの一振りで森の木々を吹き飛ばすほどの威力。仕組み的には魔人が使う魔素攻撃、魔術に近いものだが燃料が妖素とあって絶大な威力だった。彼がトーロウ以後残した伝説的な討伐も、ほとんどが一撃に近いような仕留め方であったと伝わっている。
そんななか、彼はいつしか二つ名で呼ばれるようになった。
『死神』と。
相手が何であれ、一撃で葬り去る。その気になれば粉微塵にも出来る剣技で大陸を席巻した彼に相応しい二つ名。そして彼の振る刀は、もはや武器ではなく兵器であるとも言われた。
毒であり、麻薬。強力すぎる力は時として呪いをも捻じ曲げ、彼はいつしかその毒の面を忘れてしまっていた。いや、忘れられないのだから、もう戻れなくなっていたと言う方がいいかもしれない。
後に、龍神爪は双霊山に納められ、現在までドラニウムたちが管理している。双霊山の亜龍狩りが超一流冒険者のステータスになっているのも、元はと言えばこの強力な剣技を放つ究極剣を冒険者たちが求めて山を登ったことが始まりだとされている。
※
to be continued
ここまで読んでいただきありがとうございます!
前回物語が進むかもとか言っていましたが、案外ちまちまとした進み具合になっていて少し申し訳なさが。。。
ではまた次回、一久一茶でした!
(Twitter 一久一茶 @yuske22798218)