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忘却戦記  作者: 一久一茶
2/15

忘却戦記【Ⅰ】第2話〜真新しい少年〜

こんにちは、一久一茶です。


連載二話目。北の祠へ向かうこととなったロウミィは、違和感を持ちつつ歩みを進める。そんな感じです。

2



 想像以上に、そこは穏やかな場所だった。妖気が満ちているという話だったから、生き物が生きれないと思っていた分、案外他の場所と同じ過ぎて驚いた。


 そしてもうひとつ、私を混乱させていることがある。瘴気が満ちているとあったけどそれはどこにいったのか。そんなところまで他の場所と同じだから面食らっているのだ。でもとりあえず、瘴気がないならづかづか乗り込んでやろう。万が一敵と遭遇しても、気は抜きはしない。まずは変な形の門を調べて、その先に見える祠を目指すとしよう。


 謎は深まるばかりだが、調査といこうか。


「なにか書いてるな、ここ」


 門は二つの柱の上に、長短二本の柱が橋をかけるようにかかっている。大戦以前の建造物でも滅多に見かけない様式だけど、幸い南部の魔族領近くにあるキジン霊山の遺跡の調査で見たことがある形だ。鳥居というらしい。


 前見た門の柱にも何か書いてあったからふとみると、こちらも古代文字で何かが書いてある。ただ、前に見たものよりも保存状態がいいからか、ハッキリ読める。


「てか、これ木だよね?」


 奇妙なほど綺麗な柱。数千年の時を経てきたとは思えないほどだ。それこそ、十数年前に建て替えられたと言われても信じてしまうだろう。とりあえず、ポーチから資料を出す。意気揚々と討伐を考えてはいたがそこは調査依頼。きっちり準備してきた甲斐があった。


 辞書片手に一文字ずつ辿っていく。とはいえ古代文字は表意文字と表音文字の混合なので一筋縄ではいかないことも多い。ただ、建物名や人名は比較的簡単に調べがつくだろう。それでも骨が折れる作業には変わりないけれど。


 時折、小休止を挟みながら。それでも着実に解読を進めていく。


「最初は地名でその次が、役職かな?『覇陽威ガ天子、』までは読めるけど、意味も調べとくか」


 覇陽威、はハービィーのことだ。その次の天子とはなんだろう。今持つ翻訳の辞書をそばに置き、そのまま意味を調べる辞書をめくる。


 あった。咄嗟に息が止まる。紙がくしゃくしゃになるほどに、めくる指に力が入る。


 天子とは、そのまま天の子。神の子のような解釈でいい。ただ多くは役職名などで使われることが多く、王族がその正当性を示すために神話と紐づけることも少なくない。


 ただ、問題は注釈にあった。


 そう、今回のように前に覇陽威の文字が連なる場合、特定の存在を指す言葉に、そして大抵は固有名詞となるのだ。


「龍天子、ってこと・・・よねこれ」


 私の冒険者を志したきっかけであり、目標。龍天子を倒す、いつになってもいい、それだけを目標に頑張ってきた。伝説や物語でしか見たことはないが、魔王と並び恐れられる、最強で最恐の存在。人と人ならざるモノとの間に生まれ、自己以外の全てに敵意を向ける存在。大昔には信仰の対象になっていたが、大陸の地形が変わるほどの戦い、妖霊大戦の元凶となり今でもどこかで生き続けていると言われる禁忌の存在。


 目標としては明確ではなく、また無謀なものだったから、何度も否定されてきた。でも、私はいつだって子どもの頃に決めた夢を現実にするために頑張ってきた。そんなこともあってつい龍天子の文字を見るたびに熱くなってしまうのだ。


 更に読み進める。さっきまではまだ周りに気を配りながら解読していたが、いつしか時も忘れただひたすら作業に没頭してしまった。


「ふぅ、やっぱり。龍天子信仰の建物ね」


 『覇陽威ガ天子、氷雨乃守巳奈水 此処ヘ封ズ』単純に訳せば『ハービィーの龍天子、氷雨の守り主の巳奈水をここに封印する』と書いてある。龍天子は神格化されることが多いので基本的に名前なんかは分からないことが多いけど、ここにはしっかりと巳奈水と書いてある。意外と近い場所にかなり重要で珍しいものがあったなんて。名前は具体的に学者に聞かないと年代なんかは分からないだろう。片付けながら、テンションが上がってきた。帝都の知り合いの学者に伝えたらどんなリアクションをするだろうか。


 そこから更に小道を進むと、これまた遺跡とは言い難いほど綺麗な木造の祠が建っていた。少し肌寒い風が山の裾野から吹き下ろす。水の音が聞こえることを思うと、小川が近くに流れているのか。それにしても未だ瘴気はあまり感じない。たしかに少し浮遊している魔素が濃い気がするが、これにベテラン冒険者たちが阻まれてきたとは到底思えない。何かカラクリがあるかもしれない。それに、さっきから誰も近づいていない割に建物がひとつひとつ綺麗過ぎる。本当にここであっているのか、何度も地図と太陽の位置、双霊山の位置を確認するけど、ここで間違いないみたいだ。


 警戒しつつ、一歩一歩近づく。木目が黒くくっきりと見える。この警戒が徒労に終わるに越したことはないけれど、いつも強い相手、手強い相手ほど戦いの前は静かなのだ。それにもっとレベルが上がれば狡猾さも加わって、緊張感から来るピリピリすらもなく始まってしまう。それを知っているからこそ、どんな時も警戒はとかない。たとえそれがどれほど緩むような空気でも、だ。


 扉の前まで接近しても、未だ何も動きはない。幸い木が綺麗なこともあって、扉までの階段数段を登るときに軋まなかった。


 取手に手をかける。引いて、押して。開かない。力を強める。開かない。建て付けが悪いようには思えないけど、開かない。とりあえず、何度か試す。音を立てるのは良くないと、少し躊躇していた、でもまた繰り返す。


「開かないな。遺跡じゃなかったら魔法でぶっ放してるんだけど」


 それに私は火にしか適性がないから、木造となればなお良くない。仕方ない、ナイフでこじ開けるか。


「・・・・・・」


「ん?」


 声が聞こえた気がした。それも、鳴き声じゃなくだ。そんなはずはないよね、でも聞こえる気がした。


「ど・・・した」


「え、ちょ」


 気がした、じゃない。周りを見渡してみる。絶対に中からだと思うのだけど。


「どなたですか?」


 はっきり聞こえた、もう確実に。声が変わるか変わらないか、それくらいの少年の声。問いかけた調子は優しく、まるで帝都の閑静な住宅の戸を叩いた時のような。


「少し待って下さいね、今開けるので」


 どんどん声が、そしてやがて足音も近づいてくる。誰か分からないが、ここという場所を思えば声に騙されない。絶対に普通の人ではない。いや、人でもないかもしれない。


 一歩引き、剣の柄に手をかけた私の前に現れたのは、声のイメージそのままの、線の細い少年だった。長い銀髪が、中へ吹き込む風になびき、顔までしっかり見えた。蒼く切長の目に白い肌、白い服は前開きのワンピースのようにも見えたが、男物なのだろうか。とにかく、この地域の人間ではいない風体だ。


「どなたですか・・・・・・って、強盗か!」


 相手が身構えた、ところまでは見えた。まず会話が出来る相手かを、間合いを図りながら見定めるつもりが、足元に激痛、そして一気に視界が周り、暗くなった。







 龍天子には、ある呪いがあった。


 妖怪の中でも格の高いものは、大抵人型と変化を解いた真の姿を持っているのだが、龍神族は名の如く大きな龍の姿を持っていた。だが龍天子はその先祖が大昔、神に反いた時に受けた呪いが代々受け継がれていた。


 真の姿が、大蛇になるという呪いだ。


 神に反きし罪により、四肢と二本の角を生まれながらに欠いて生まれてくる龍天子。半妖である以上能力が劣ってしまうのは仕方がないと言えばそれまでではあるが、妖力も少ないなどやはり失った能力は大きい。


 だが、それを補うような能力もあった。



 ひとつ、単なる半妖ではなく高貴な古代人の血が入っているため、完全に妖力を霊力にて消し去る、もしくは霊力を妖力にてほとんど消し去ることで人、半妖、妖怪としての力の使い分けが出来る。


 ひとつ、妖素を部分的に霊力にて壊すことで魔力を使いこなすことが出来る。



 力の使い分けは制約こそあるものの、他の妖怪が使いこなせない、精密な魔素と霊力の操作を必要とする魔法が使えることは大きな力となった。


 また過去龍神族を率い神に挑んだ龍天子、その経脈を受け継ぐものに敬意をはらい、失いし力を補う神器、一冠四宝を父親からである前龍王から授かっていた。それが故に、龍天子の特性と龍神族本来の力を持った今世の龍天子は、絶大な力を持って戦場を制圧していくことになる。


 だが、既に古代人の参戦後。特に敵方についた人々は、龍天子の力を掌握することで妖怪を支配しようと考えていた。龍神族の力の根源である角、その力を龍天子へ与える神器・天子の王冠と、四肢を意味する四宝、四振りの神刀を狙い、奪う。それにより龍神族の弱体化とトップである龍天子の失脚、あわよくば謀殺まで狙っていた。いくら格が高い妖怪であろうと、少年であることには変わりなく、たとえ計略が半ばで失敗しようとも、力を奪った状態を齢を重ねた大妖怪で襲撃すれば何となると考えたのだ。


 時計の針は、ここから速度を上げて動き出す。そして事件はちょうど、冬の入り口。双霊山が雪化粧となる頃だった。






 目を覚ますと知らない天井が見える。なんてことはこの職業をしていれば何度かあるけれど、決まってその時には状況を理解するのに時間がかかるものだ。現に今も見える、煤の溜まった天井が、揺らめく囲炉裏の火の光に照らされるのをぼーっと数十秒、眺めていた。


「・・・・・・えっと、ここはどこだ」


 次の段階に入れば、焦りが始まる。ここまで来れば、いつものことだ。ここはどこで、自分が覚えているのはどの時点までで、現状どうなっているかを確認していくのみ。ただ、今回は考えるごとに落ち着いていられなくなった。


「ほ、祠の中、よね、ここ」


 順を追って思い出す。確か、祠の住人らしき男に対峙した瞬間のされたらしい。にしては、どこにも酷い痛みはない。強いてゆうなら頭が少し痛いくらい。


 さぁ、こうしてはいられない。こうなったことは仕方ないにしても、ここからどうするかを考えるべきだ。まず【緋】を。と、枕元に荷物は全て置いてあるにもかかわらず、何故か剣だけない。それも武器になりそうなナイフはポーチに入っているのにだ。


「おう、起きたのかい」


 気を失う前に聞いた、少年の声。だけどさっきより少し棘のある声に聞こえた。私のいる部屋の奥の入り口から足音がする。


「だ、誰!」


「誰、はこちらのセリフだよ全く。まぁ、ポーチを見たら冒険者なんだね、君。あ、ロウミィさんって呼んだほうがいいかな。強盗かと思ったからつい脚払っちゃったけど思いっきり頭打っちゃって。ロウミィさん、銅級らしいけどまさかあんなに簡単に気を失っちゃうなんて思わなかったよ。上を目指すなら気を引き締めておかないとダメだよ?」


 入り口の柱にもたれ、ハハハと笑う少年。何だこいつ、私は実力なら金級、いや白金だ。煽ってくるなら乗ってやる。


「な、何よ。声も外見も覇気もないから何もないと思ったのよ・・・・・・って、違う、あんた誰なのよ」


 いけないいけない、外見だけじゃなく皮肉まで言ってくるからつい人だと思った。ここは以前から瘴気が立ち込めていた北の祠。そこの住人が人間なわけがない。第一、人間だとしても皮肉るほど私の情報知らないだろうし。


「か、構えないでよ。僕は何も喧嘩したいわけじゃないんだ。ここまで来るくらいだし何か用があったんじゃないのかい?」


 待て待て、そう手を広げてはいるがのんびりとした口調は変わらない。


「ここは北の祠、はるか昔から瘴気が立ち込めて誰も寄せつけない場所よ。ここに何か棲んでるって依頼があって討伐しに来たの。あんたは誰で、何故ここにいるの? 問答次第では斬るわよ!」


 本当は調査依頼だ。でもエンカウントしたからには応戦するしかない。怪しい。


「え、穏やかじゃないなぁ。怖い怖い。でも斬るったって何で斬るの?」


あ、そういや【緋】がないんだった。


「そ、そ、その前に私の剣はどこいったの?」


「ああ、忘れてたよ。ちょっとだけ刃こぼれと、あと魔力回路が乱れてたから整えておいたんだ。何せいきなりぶっ飛ばしちゃったからお詫びだよ、すぐ返すさ」


 そそくさと奥に入っていく少年。というよりこの野郎、私の質問に何も答えてないじゃん。それに斬ることを公言している相手に剣を返すために背を向けるなんて色んな意味でのんびりしすぎではないか。まぁ万が一、一般人である可能性もあるからまずは泳がせるしかないけど。


「いきなり奥に入らないでよ。私の質問に答えなさい!」


「怖いなぁ。分かった、分かったよもう。で、誰かって?」


「あんた誰、何故ここにいる、はっきり答えなさい!」


「はいはい、僕はナミ。ここの住人さ。あと、ロウミィさんがいうみたいにここには魔獣なんて住んでないよ。これで満足かい?」


 ここの住人。確かにこの少年はそう言った。部屋を見る限り、長年住み着いているような生活感で満ちている。少年の住んでいるは、最近たまたま瘴気が無くなった祠に住み着いているのではなく、ずっと前から住んでいるという意味だろう。


「魔獣が住んでるなんて言ってない。それに、瘴気が凄いはずのこの祠で人間が住めるはずがないのよ・・・・・・もしかしてあんた、魔人なんじゃないの?」


 魔人。人間の血に微量に存在する霊力を失い、代わりに体内に膨大な魔力を溜め込むことの出来るようになった、言わば人間の魔獣。魔王を頂点に人類の敵であり、私が銀級、金級に昇格する時に戦い、ほん数ヶ月前に白金級に挑む依頼でも戦った相手。私が反応できなかった体捌きを見れば、Aランクはおろか、Sランクをゆうに超える危険度の幹部クラスの魔人の可能性が高い。


 私の言葉を聞いた少年、ナミはしばらく黙ってぼそっと呟く。冷たい一言だった。


「僕が魔人・・・・・・あんなものに見えるのか、君には僕が」


「でなければ説明できないじゃない。こんな場所で、生きていくだなんて」


「でも君は、ここには瘴気が立ち込めてるといっていたけど、今は何にも無いんじゃないか。現に君だって平気じゃないか」


「今は無くても前まであったの。あなた、数日住んでるなんて事じゃないでしょ」


「まぁね。でも僕は魔人じゃない。あんな卑劣な、あんな卑劣な生き物じゃない。撤回しろよ。不愉快だ」


 穏やかだった話し口が徐々に荒くなってくる。そこまで隠したい何かがあるのか。


「なら説明してみて、あんた誰、いや何者?」


「・・・・・・何者でもいいじゃないか。まぁでもそんなに知りたいなら・・・・・・見せてやろう、私の姿を」


 空気が変わる。森の静かで澄んだ空気に満ちていた祠の中が、何かに置き換わる。咄嗟に口元を覆うけれど、それでも身体の中枢に響くほど強い感覚は、私が想像していた妖気のそれだ。


 少年は、ただこちらを見据えて立っている。話し方から何まで、まるで人格が変わったようで、ゾワっとする。周囲にモヤがかかる。よく見れば、蒼かった瞳が深い黒に染まっている。異様なその雰囲気に、ナイフを構える手に力が入る。


 確かに、ここまで、対策もない一般人なら一瞬で酔ってしまいそうな程の妖気を大量に出す魔人はいない。魔人と言えど、妖気は身体に毒。少しを溜め込むことは出来てもこの量は異常だ。そういう意味では、この少年は魔人では無いのだろう。ただ、ここまでとなると、それがどんな存在かなど問題ではない。ただただ危険な存在であること、それだけは確かだ。


 【緋】を取り戻す必要がある。まだ相手の手にあることを考えると、魔法である程度応戦することも考えておく必要がありそうだ。


「これでも、私が魔人に見えるなら、お前はそれまでだったということ」


「ええ、確かに魔人ではないようね。でも、こんな姿を見せられてはいそうですか、失礼しますとはならないわ」


「ほう、どうしても戦いたいのか。でもお前では私に勝てない。やめておけ」


「私の心配なら大丈夫よ。ちょっと恥ずかしいところ見せたけど、こう見えて元金級だから。それより最後にいいかしら」


「なんだ。お前は質問が多い。これ以上何が聞きたい。金級であったなら分かるだろう。力の差くらい」


「ええ、本腰入れないと勝てなさそうね。でも、ここは村に近いの。あなたが危険な存在と分かって放っておけない・・・・・・それよりよ。もう一度聞くわ。あなたは何者なの? 名前じゃなく、何なのか。それは聞いておきたい」


「私は、どんな存在なのか、か。大昔によく聞かれたな、皮肉だがな。ただお前のは純粋な疑問なのだろう。答えてやろう。私は、半妖だ。まぁ、今の状態で言うならば、妖怪と言った方が近いだろうがな」


 半妖、妖怪と人間との間に生まれた生き物のことだ。やはりというべきか、意外というべきか。この妖気も説明がつく。ただ、彼は繰り返した。今は妖怪だと。恐らく雰囲気が変わってから今ということか。ただ、私が知る以上、半妖はあくまで半妖。完全な血を持つ妖怪に一時的に変われる半妖などいないと伝わっている。


 そう、アレ以外は。


 それに、この世から妖怪が絶滅したと言われて三千年の時を経てこの少年は生き続けている。


「ここの入り口の、鳥居だっけ。そこに、龍天子って書いてあったのだけど。もしかしてあなた・・・・・・」


「ほう、あれが読めるのか。ならもう分かっているだろう。ここがどういう場所で、そこにいるモノが何かくらい」


 龍天子、私の目標。まさかこんなところで会うとは。私の目標が目の前にある。もはや武器が無いことなど忘れていた。


「そうと分かれば、もういいわ。龍天子と戦ってみたかったの。ずっと」







 はじめは、静かなで狡猾な動きだった。


 龍天子の戦略的顧問としてある人物が選ばれた。この時人間の参戦で妖怪の戦いの常識だけでは戦場を制圧することが難しくなっていたこともあり、人間の考えも取り入れる動きが活発に、その流れでの採用だった。それがここまでの龍神族陣営の連勝の原動力となっていたのは言うまでもないのだが、妖怪であれば一見するだけで種族にて敵味方が分かる一方、人間は分からない。ここを敵方は狙ったわけだ。


 当時、双霊山の北、雪深い荒野を抜けた先にある国々は大陸の中でも文明が進んでいた地域。そこの人々が中心となり龍神族へ味方する形で取り入った。


 とは言え、はじめは龍神族も警戒はしていた。だが、彼らが味方して以降の戦歴は凄まじく、次第に信頼していくこととなる。言うまでもなくこの戦歴は彼らの内通等を駆使した言わば自作自演なのだが、妖怪の世界は強さこそ全て。この結果が信用を形成し、遂に龍天子の最側近に抜擢されるまでに至った。


 そして、冬の初め。大陸の趨勢を決める妖霊大戦最大の戦いが幕を開ける。後の世でハービィー・ガードンの戦いと呼ばれることとなるのだが、まさに両陣営の総力を上げた決戦であった。龍神族四十、古代人五万、その他配下の妖怪六十の軍勢に対して、相手方妖怪八千、古代人一万とのぶつかり合い。双方の知略の上に、龍神族の圧倒的な力とその他妖怪、人間の圧倒的な数が合わさり、苛烈を極める戦いで広大な範囲が血の海となっていく。


 龍神族側は苦戦していた。ひとり、またひとりと死傷者が出る中、本陣は遂に龍天子を前線に送り出す決定をする。



 と、まさにその時だった。



 龍天子が何者かに襲撃され、戦死したとの知らせが戦場にもたらされたのだ。


 覇陽威の地で戦う龍神族たちに激震が走り、あるものは絶望し戦うことをやめ、あるものは弔いのため一層暴れまわった。ただ、ここまで大規模になった戦いにおいて、他方の統率が崩れたとなれば、大勢が大きく変わるのは火を見るよりも明らかだった。もはや龍神族に押し返す機も力もなくなっていた。


 この状況を、双霊山中腹、本陣から見ていたのが紛れもない渦中の龍天子だった。そう、龍天子戦死は嘘だったのである。戦場において情報がなによりも重要。その情報網を敵方の人間に握られていたことも知らず、急に統率を失う同胞を見て唖然としたことだろう。


 傍のモノが言う。もう終わりだと。せめて先代までの龍天子の力が秘められる一冠四宝を双霊山の神に捧げようと。少年は一度は拒んだ。これは亡き父から貰った形見であると。ただ、すぐに最期の時が近いことを悟った。じきに居城まで軍勢が来る、それまでにせめて一冠四宝は守らねばならない。それらがない状態で最期の戦いをせねばならない。敗走する気はなくとも、そうなることも想定しなければならない。少年は苦悶の表情を浮かべ、宝物を配下へ渡たす。その後、龍天子は居城を後にしたのだった。



 最後にして最大の戦い、ハービィー・ガードンの戦いののちの歴史は、人類中心で回ってゆく。龍神族、そして一旦は味方についていた妖怪の残党を狩り尽くし、龍天子の力の根源であった天子の王冠を得た人々は、次第に血に流れる霊力を完全に失い、魔人としてハービィー双霊山以北を中心に繁栄することとなる。他方大多数の人類は妖霊大戦の結果大陸中に広まった妖気の残滓の影響で霊力が弱まり、現生人類として広まっていくこととなる。また各地に残る激戦の跡は、その後妖力が少しずつ分解され大量な魔力を放つ魔力だまりとなり、人類の発展に多大な影響を及ぼしている。特に双霊山からガードンは大量の妖怪の遺骸が眠る場所。以後龍脈と呼ばれクリシュナ帝国を支える資源となっている。


 そして、ハービィー双霊山に一番近く、大戦時龍神族側についたハービィーの民たちは、大戦後もハービィーにて龍神信仰をもとに前と変わらぬ生活を紡いでいった。大戦から三千年経った現在も、少し形は変わったものの、龍神信仰は続いている。ただそこの信仰に、龍天子のものはない。


 最後まで戦わなかった、もしくは途中で死んだことで龍神族を滅亡に追い込んだ戦犯か。もしくは実は落ち延び今は魔人族を率いているか。どちらにしろ龍天子信仰は今の世では消えた信仰であることには変わりない。






to be continued

ここまで読んで頂きありがとうございます!


次回、祠で対峙したロウミィと龍天子の少年ナミ。衝突必至の二人、このあとどうなるのかお楽しみに!


Twitterやってます。よかったらそちらもチェックお願いしますね! ご意見なんかがあれば是非こちらまで!(一久一茶@yuske22798218)


一久一茶でした!

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