忘却戦記【Ⅰ】第13話〜水神の怒り、再び〜
こんにちは、一久一茶です!
劣勢に立たされるロウミィたち。ただ、歴史は繰り返す。
では、どうぞ。
13
正しく地獄絵図。砲撃で地面は抉られ、急降下するドラニウムたちの風圧で雪が舞い上がる。そしてその中から無遠慮に繰り出される槍の猛攻を受けている私は、既にいくつも小さな傷を負っていた。
「サスガ、ゴウカヒメダナ。コウマデシテモマダネバルカ。ダガ、ソウデナイトオモシロクナイ」
足場も悪い。掘り返された地面は雪と、蒸発した水煙で周りが見えない。相手の動きも見えない上に、死角から、上空からの攻撃も対処しないといけない。一対多の戦闘は経験こそあれど、ここまでの相手の数は初めてだ。しかもそれぞれが猛者。戦いにくいったらない。
「くっ!」
また一箇所、傷が増える。殺気を感じて身を捩ったけど、死角からの突きは脇腹を掠めた。痛みで力が抜けそうなのを、思い切り歯を食いしばって耐える。
「ホラホラ、モウオワリカ? マダワレハタリヌゾ」
「あかん! ロウミィっ!」
ゾーラの声が聞こえた。咄嗟に地面を転がる。するとさっきまで立っていた地面を強烈な電撃が貫いていた。
ただ、今のゾーラの声で安心した。既に上空に逃れている。そしてナミとともに。さっきからゾーラへはドラニウムも攻撃を仕掛けていない。恐らく仲間だと思っているのか。それはナミを掴んでいても同じのようだ。ただもう既に地上にいない、それが分かっただけでも、十分だ。
ゾーラから預かっていた魔石、あと五個程あったそれを全てポーチから取り出して、左手で握りしめる。そして、殺気を感じながら対処しつつも頭の中に丁寧に、魔法を構築する。切り札を出すのだ、それも大量の魔力を込めた魔法。制御を綿密にしないと暴発しかねない。
「はっ!」
ただ、その間も攻撃は続いているわけで。ここは魔法剣士の腕の見せ所、立ち回りと魔法構築の両立を見せないとやられる。これで形成を逆転させねば、負ける。負けは死を意味する。だからこそ、冷静に。
真上から槍の一閃が落ちてくる。盾でいなし、大きく横に跳ぶ。もう少しだ。
「よし! 爆裂魔法【大】!」
剣を鞘に込め、右手をかざす。それは、私の図上に炸裂した。舞い上がる雪や水煙が爆風で晴れると同時に、その爆発を避けるため、ドラニウムたちは一斉に退避する。ただ、誰にも傷を与えることは出来なかった。
「バカガ。ドコヲネラッテイル!」
「はは! 私の狙いはあなただけよっ!」
視覚を塞いでいたものが消え、ガゼビルの位置が明確になった。敵は、私が血迷って魔法を打ったと思っているようだけど。
そして、左手をかざす。勿論狙いはガゼビルだ。
「フン、エイショウガマニアウワケガナカロウ!」
「そうね。でもね!」
魔法が構築される前に攻撃しようと、私へ肉薄するガゼビルを大きく跳んで避けながら、かざした左手の指を鳴らす。それをトリガーに、ガゼビルの足元に魔法陣が張り付いた。
「ヌ!」
「詠唱も構築も、もう終わってるのよ」
慌てて、魔法陣を避けるようにガゼビルはその場から離れる。が、影のようにそれはついてくる。
難しい脳内詠唱と構築だった。無理な処理で脳に広がる痛み。それを振り払うように、私は叫んだ。
「爆裂魔法・追尾型【極大】!」
「グワアアアア・・・・・・」
唱えた瞬間、盾を構えた。直後、とんでもない爆音がこだまする。何も当たっていないのに、盾が押される。普段なら使えない魔法。本当であれば魔力も私の内包魔力をほとんど持っていくほどの魔法でしかも追尾機能までつけた。魔石という外部魔力を組み込める状況だからこそ、発動できたのだ。一発目の爆裂魔法は狙いをつけるためのもの。それと同時に相手に油断させようとしたけれど、上手くいった。
「光学迷彩【対象限定】!」
ガゼビルがいた方へ向き直った。私の姿が見えるようになったからか、ゾーラからの支援魔術が飛んできた。相手からは私の姿は揺らいで見えることだろう。
「ずらかるど。あの爆発や、奴とて無事やないやろ」
「ええ、そうね」
爆心地は地面が抉れてクレーターが出来ていた。その中央には真ん中で真っ二つに折れた槍が散らばっている。確実に当たった。終わったのだ。
「そのうちこいつらも正気取り戻すやろ」
ガゼビルの亡骸はそこに無かった。消し飛んだのか。どちらにせよ、まずは体勢を立て直さなければ。私は正面に着地したゾーラへと一歩、踏み出した。
のだけれど、急に力が入らなくなった。前へ倒れてしまう。
「いてて、力が抜けたよ」
気を張った戦いだった。そりゃ終わった時の脱力は仕方ない。と、手をついて立ち上がろうとするけど力が入らない。
「あぁぁ・・・・・・」
「ちょ、ロウミィ!」
状況を飲み込むのに、時間がかかった。そして、何度か立ち上がろうとして、そこでやっと脇腹から血が噴き出していることに気づいた。
激痛が遅れてやってきた。思わず咳き込むと、血が混じっている。
「グォオオオオオオオオ! ユルサンゾオオオオオオ!」
「ちっ、生きていたの、ね。あなた」
私の脇腹を裂いた犯人は、悠然と私の正面に立っていた。赤かった瞳は白く輝いている。
「あかん、狂化や・・・・・・くそ、近づかれへん!」
凄いオーラだ。ゾーラが思わず上空に逃げてしまう。私を救い出すこともできずに、本能でそうなってしまったのだろう。見ればガゼビルの周囲が歪むほど、魔力が高まっている。狂化、高位の魔人が持つ奥の手。その命と引き換えに、数倍にまで自らの能力を跳ね上げる秘術だ。
初めて見た。そして、私に立ち回る術はない。どうやら気配すらも置き去りにするほどの速さで私に爪を立てたようだ。ゾーラの光学迷彩が無ければ真っ二つだったかも知れない。まぁ、こうなってしまえばまだ生きていたとて、まだ立ち上がることすら出来ていないのだ。形勢は逆転どころか、更に悪化していた。
寒くなってきた。回復薬を手に取り飲む。けれど血は止まる気配がない。脇腹を押さえ、やっとの思いで立ち上がったけど、山を抜ける風だけで倒れそうになる。
「はぁ、うっ、やってくれたわね・・・・・・」
それでも、乗り切らないといけない。諦めるわけにはいかない。右手で剣を抜いた。相変わらず力は入らない。
日が陰る。黒い雲が空を埋め尽くす。光る相手の目を睨みつける。せめて目だけでも強さを保たないと。気で押されては二度と立てない気がして。
※
新たな存在を産む。かつてイグノやオクトマが行ったような、魂の段階から新たに創り出すことは難しいにせよ、神々に感知していない種を生み出すことは可能だった。
それは古代人と交わり、子を成すという方法だった。
既に人間社会に溶け込んでいた神龍。その中から子を成すものも多かった。その子らに託したのだ。
神殺し、という大役を。
彼らは神龍に比べると弱かった。だが、神への反逆が出来る。それだけが希望であった。
中でも、古代人の中でも霊力が強いものとの間に生まれた子は、その他と全く違う特徴があった。その霊力によって人間の血が神龍の血に負けず、互いの力が成長に伴って大きくなっていく、というもの。
そして、妖霊の時代において龍神族の英雄と呼ばれた番の龍が生まれることになるのだが、彼らもまた、古代人との間に生まれたものたちだった。
※
寒い。それは陰った日のせいか、降り頻る雪のせいか、それとも今もなお失われる血のせいか。立ち上がったものの、これ以上動けば傷が広がる。でも、動かないと殺られる。目の前にはガゼビルが佇む。彼とて命を賭けた攻撃だったのだろう。意外とすぐに攻めては来なかった。敵は、私の魔法を受けた上で、一瞬の生命の維持と勝利のために彼は自らを賭けたのだ。
まだ動ける相手と、動けない私。勝負はついていた。私の負けか。朦朧とする意識の中で、それでもそれを認めたくない私はただ相手を睨んでいた。まだ負けてないと必死に。
一歩ずつ、ガゼビルは歩を進める。
「く、来るなや!」
「ヌ? オマエショウキナノカ? アリュウスベテシハイシテイタトオモッテイタガ・・・・・・ダダ、モウオワリダ」
一歩ずつ、ガゼビルは歩を進める。
ゾーラが戦うところを、私は見たことがない。けれど彼にも、敵に歯向かう術はないのは明らかだった。でも必死に私とガゼビルとの間に立ち、庇っている。私を、いや、私たち二人を。ゾーラと私の間には、ぐったりとしているナミが横たわっていた。
一歩ずつ、ガゼビルは歩を進める。
次の一歩で、トドメとなる攻撃が来る。そう感じた。その時だった。
轟音と共に、稲妻がガゼビルを貫いたのだ。
「グオオオオオオオオオオ・・・・・・」
偶然か。いや、それにしてはタイミングが良すぎる。けれど傷に衝撃が響いて、もう立っていられなくなり、崩れてしまう。立たないと、あれが当たったんじゃ今度こそ死んでしまう。力を込めて、手をついた。
と、そこで初めて、さっきまでそこにいた、ナミがいないことに気がついた。
ガゼビルの身体から煙が立っている。だが、更なる稲妻が降ってくる。避けるガゼビル。しかし、魔法ならともかく、純粋に空から降る雷を避けることなどできず、ほぼ全て被弾していた。空を見上げれば、ドラニウム達は逃げ回っている。
「な、なんやこれ・・・・・・?」
「ぞ、ゾーラ。ナミが・・・・・・」
「ん? え、あ、どど、どこいったんやあいつ!」
見渡しても、彼はいない。どこへ行ったのか。あの怪我なら、こんなの避けようがない。どこにも、気配すら感じないけれど、あの怪我なら遠くに逃げられやしない。
「グ、ナンナンダコレハ!」
遂に我慢できなくなったのか、ガゼビルは思い切り息を吸い込む。またあれがくる。ドラニウムを盾に使う気だ。
しかし、その咆哮は全く別の声でかき消された。
「な、なに・・・・・・?」
声は上空から。似た声は聞いたことがある。昔、船に乗った時に聞いた、鯨の鳴き声のような。ただ、比べ物にならないくらい大きい。もしかして、ドラニウムじゃなくて全く違う何かを呼び出したのか。
「あ、新手の敵かい!」
ただ、焦る私たちと同じように、ガゼビルも焦っている。
と、その時。厚い雲が晴れた。いや、割れた。日の光が辺りを照らす。そしてすぐに、光は何か大きなもので遮られた。
「なに・・・・・・あれ・・・・・・へ、蛇?」
空を見た。ドラニウムたちが舞う空の更に上。細長く、巨大な何かが飛んでいる。
「ヌ、ア、ア、アレハ! マサ、カ!」
ガゼビルは、それを見て怯えている。あれが何かを知っているのか。
それは、ゆっくり降りてくる。いつしか、ドラニウムの殺気も消えていた。それの周りを、まるで付き従うかのように旋回している。
「キングドラニウムなの?」
「いや、ちゃう。あんなんちゃう。ワシあんなやつ見たことない・・・・・・」
神々しい。正しくそんな言葉が思い浮かぶ姿だった。
そしてそれはゆっくり、私たちとガゼビルとの間に着地した。逆光で見えなかったけど、真っ白な鱗に覆われた蛇。その目は青かった。あれだけの大きさなのに、着地はフワッと、重量を感じさせない。
また、あの声で鳴いた。蛇は鳴くのか、なんて疑問も、この姿を前にしてすぐに立ち消えてしまう。
スゥッと、大蛇はガゼビルを見やった。
「オ、オノレ、マタワレラヲジャマシニキタノカ!」
大蛇に突っかかるガゼビル。しかし、大蛇はそれを尻尾で振り払う。
「ムグッ!」
あれだけの体躯が簡単に跳ね除けられ、転がる。すぐに起き上がったものの、大蛇は既に次の手を打っていた。
長い身体で、転がったガゼビルの周りを取り囲む。そして次の瞬間、鳥肌の立つ嫌な音がこだました。
「グギャァァァ!」
大きな人狼の身体が、一瞬で見えなくなった。巻き付いたのだ。そして締め付ける。聞くに耐えない、骨が次々と折れる音。中で必死に抵抗するも、側から見ても逃れることはもはや出来そうにない。
「イ、イクド、ワレラヲジャマスレバキガスム! クソ、グソオオオオオオ・・・・・・」
一瞬、巻きつきが弛んだかと思えば、更に強烈に圧力をかける。白の身体の間から、鮮血が噴き出るのが見えた頃には、もう、私たちは絶望していた。
もう、敵は死んだ。でも次は、私たちなのか。
「ぞ、ゾーラ。私じゃ、あんなの戦えない、よ」
「あ、ああ」
圧倒的な光景だった。もはや、戦いと表現することも出来ない決着の後、大蛇は空を見た。
また、あの声が響く。あれの意識がこちらに向けば、もう無理だ。そんな心配をよそに、再び空へと身体を伸ばす。雲が再び空を覆う。でも、大蛇の身体は光を帯びているため辺りは明るい。その光は、徐々に強くなり、その身体が完全に浮いた頃には、もう目を開けていられないほどの閃光を放っていた。
ゾーラが目を逸らす。私も目をかたく閉じた。次は何が来るのか。
光が収まった。辺りを見ると、旋回していたドラニウムたちがいつの間にか地上におり、私たちを取り囲んでいる。咄嗟に、恐怖を感じたけど、彼らは皆一点に注視していた。その先を、目で追う。
「あ、あれは!」
ドラニウムの輪の中心。それを見た私は痛みを忘れて、声を出していた。
to be continued
ここまで読んでいただきありがとうございます。
いよいよ【Ⅰ】も佳境ですね、感慨深い。
では次回、一久一茶でした!
Twitter 一久一茶 @yuske22798218




