忘却戦記【Ⅰ】第12話〜魔王軍勅命作戦団副団長・ガゼビル戦〜
こんにちは、一久一茶です。
激突する二人とガゼビル。ただ一昨日の激戦の影響は大きかった・・・・・・
では、どうぞ
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正直なところ、一昨日の影響は大きい。
盾を構えている左手は、戦い始めて数分で指先の感覚を無くしていた。後衛だからまだいいものの、ろくに力も入らないから攻撃をいなす形で立ち回ってはいる。けれど、いざ真正面から受け止めないといけない場面になれば、とてもじゃないけど耐えられる気がしない。
「フハッハッ、オノレウゴキガニブクナッテイルゾ」
技術などなく、ただその膂力のみで振われる槍がナミへ向けられる。ナミの技術であればギリギリを攻めた回避も可能だろうけど、彼も消耗しているのか。大きく跳びのくも、折角詰めた間合いがまた開いてしまう。
私以上にひどい怪我だったから、身体の作りが違うことを考えてもきついはず。怒りで無理矢理動いているように見える。
「ナミ、私が前衛するからその力、押さえて!」
「断るっ!」
「おいこらアホ言うこと聞けや!」
開いた間合いをものすごい速さで埋め、攻勢に出る。けど、無手格闘と槍。リーチの差を埋められない。
今のところ私が後衛で魔法を打っているけど、この状態が続けばナミはもっと動きが鈍る。今のところゾーラの認識阻害魔術でなんとか立ち回れているけれど、私が前に出た方が形になるはずなんだけど。
ただ流石、振り抜かれる槍を掻い潜るように、ジリジリ距離を詰めていくナミ。そして避けられたことで若干、緩んだ突きを見逃さなかった。
「ふっ!」
「ウオッ!」
突き出されたそれを思い切り蹴飛ばし弾く。相手の体勢が若干崩れた機を見逃す彼ではない。流れるような動きで懐に潜り込みながら、魔力を収束させ氷の刃を出した彼は、それを右手に握り腹部に向けて体当たりしながら突き刺す。
「グ、シネェェ!」
「んぐっ!」
しかしガゼビルも猛者だ。そして身体の頑丈さにも自信があるのだろう。すぐに体勢を持ち直し、ナミの攻撃を避けるのではなく、むしろ受けた上で足元のナミを回し蹴った。モロに当たった蹴撃に、咄嗟に左腕で受ける。けれど、怪我をしている手だ。顔が歪む。
「大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ」
私とゾーラで支援を飛ばす。でももう既に、言葉遣いが普段のものに戻っている。ちらっと見えた瞳も青い。
「ナンダ、オマエハクリョクガナクナッタゾ。モウオワリカ?」
「ナミ! 引け! もう無理や!」
蹴りで少し飛ばされた、その位置からまた間合いへ飛び込む。けれどさっきみたいな動きの鋭さは既にない。消耗で半妖の状態に戻ってしまった手負いの彼は、戦いの時に見せるあの冷静さすら失っていた。
ガゼビルの構えで、突きから薙ぎ払いに狙いを変えたのが分かる。私も顔に向けて魔法で火矢を放つけど、簡単に避けられる。注意を弾くためだったのに、こちらに注意を向けた上であの立ち回りだ。無意味に近い。
ナミとて相手の狙いに気づいていないわけではない。すぐ上に跳び上がり、相手の薙ぎを躱す。けど。
「フンッ!」
「うごっ!」
躱した先がちょうどガゼビルの正面だった。回避しそうだと気づいたのか、薙ぎの途中で回転の軸を鋒側に移し、その遠心力を利用した回し蹴りが放たれる。いくらナミでも、空中にいたんじゃ回避のしようがない。脇腹あたりにモロに当たった。
「ちょっ、ナミ! 大丈夫け!」
軽いものが転がるように、ものすごい勢いで地面を転がる。受け身も取れずに。空からゾーラが助けに行くけど、ガゼビルは更にそれに追い縋る。
もう、自然と身体が動いていた。
「待てぇぇええええ!」
「グッ! オノレェェエ!」
その背中へ向けて、全速力で飛び込んでいた。鎧の無いところへ、【緋】を思い切り突き立てる。根元まで入った。魔人といえど、ここまで深く刺されたのでは我慢できなかったのか、声を出して暴れるガゼビル。私は剣に魔力を込めた。そして毛を左手で掴み、思い切り引き抜き、背中を蹴った。
宙返りして着地して向き直る。鼻につく肉の焦げる臭い。吹き出す血飛沫。だがすぐにそれも収まる。空気が変わった。相手が本気を出してくる。すぐにそう思った。
「私を知ってながら背中を向けるなんて、間抜けね」
「オノレ・・・・・・ワレヲオコラセタコト、コウカイサセテヤロウ!」
ガゼビルが地面を蹴る。一瞬で縮まる距離。ギリギリまで見極め横に避ける。体格がほぼ互角なら、剣でいなすなり盾で受けるなりと出来るけど、こうも違いすぎると避けるしかない。でも、タダじゃ避けてやらないよ。
「りゃ!」
タイミングを合わせて、避けつつその背後に剣を合わせる。刃が当たる。勿論感触は薄い。その剣の振りの力で身体を捻り、向き直った。相手との距離は遠いけど、相手は槍。しかも今の動きを見れば間合いの中だ。振り返ったガゼビルは両手で得物を構え、薙ぎ払うモーションに入る。
それが瞬時にわかった。だからこそ、私から距離を詰める。懐へ。一息で肉薄して、槍を剣で打ち付ける。響く金属音と、右手の痺れ。あの太い腕に握られているからびくともしないけど、牽制程度になればいい。そう思った通り、その振りは若干鈍った。
瞬時に身体を捩りながら足を広げてしゃがむ。そしてその槍が起こす風を頭上に感じつつも、臆することなく更に中へ切り込む。
「剣技【炎蛇】!」
「グヌッ!」
空振りして、空いた正面に向けた斬撃。剣筋に普段より大きな炎が纏わりつく。薙ぎ払いでどっしりと構えていたガゼビルは咄嗟に避けようとする。けど重心が低すぎて遅れた。鋒は腹を捉え、炎が毛を焦がす。
これだけで済ませない。相手は体勢を崩している。更に地を蹴り、今度は槍を握る右腕に狙いを定め、下がっていた鋒をかち上げた。その振りは相手の二の腕を抉った。
調子良く攻勢に出れている。でもさっきのナミが受けた攻撃みたいに、敵は相手をよく見ている。反撃があるかもしれない。下へ視線を向けると微かに重心が両足ともつま先へ傾いていた。蹴りはない。もし反撃があるなら空いた左手。
「グリャァアッ!」
両脚の隙間へ頭から突っ込んで転がりこみ、背中側へ位置を取る。予想通りだった。紙一重のタイミング、相手の爪が地面を抉っていた。
次、相手はどちらから振り向くか。瞬時に考えて、右手で握られ、身体の捻りで背中側に来ていた槍へ剣を叩き込む。硬い。火花が散る。けど何度も打ち付ける。右から振り返る動きの直前で槍への攻撃を受けたことでガゼビルは、足の位置を変えた。槍が右へ遠ざかる。待ってたよ。
「はっ!」
相手の蹴りはない、そう判断し左前へ前転し飛び込む。そして死角ではなくあえて振り返るときに見える位置へ。相手は両手で槍を持ち背後を回し斬ろうとしている。よし、この位置は振りが見えるぞ。
「ンッ! グギャァァアアアア・・・・・・!」
得物の振りはじめ、遅れて出てくる槍が加速するより先に勢いがつく左手の二の腕へ、前へ体重をかけて上段から思い切り【緋】を振り下ろす。双方の力が真正面からぶつかるような角度。刃は深く骨に届くまでまともに入った。飛び散る血が頭へかかるなか、振り下ろした勢いそのままにまた前へ転がる。
「よしっ!」
今日はいつになく冴えている。ここまで上手くいくこともない。それに外せば即、死が待つ判断だ。でも今は、脳の中心から恐怖と、それをかき消すほどの興奮が身体を支配していた。一昨日の傷の痛みももう感じない。鼓動は更に早くなっているけど、手足は震えるどころか血の巡りで更に温まっている。
「ハァ、ハァ・・・・・・チョコチョコトウザイヤツメ・・・・・・」
「そんな範囲の狭い鎧を着てるから悪いのよ。それより槍、振れるの?」
両腕に傷をつけた。特に左は深くまで入った。まだ血が垂れている。けどまだ右はマシなのか、片手で槍を構えた。
相手が動く。間合いを保つために私も動く。一度登った血が、左腕の傷で覚めたのか。相手はさっきほど直情的に攻めてこない・・・・・・いや、これは何か違う気がする。
しばらくして、互いの動きが止まった。一秒か、そのくらいの間。ガゼビルは大きく息を吸い込んだ。何か来る。
「ウォォオオオオオオオー・・・・・・」
それは、狼の遠吠え。何かを吐き出すのかと思い身構えた私は、それに拍子抜けして一歩前へ。そしてすぐに、嫌なことを思い立った。
「ま、まさか!」
ニヤリと笑うガゼビル。私は上を見た。見なければよかったと思った。
「ツギノダンカイダ。ヨクアジワッテカラシネ。カンタンニシヌナヨ」
※
遂に神龍は意思を固める。
神の些細な不満によって、下界に住まう人々が混沌と化し、そしてそれを理由に滅されようとしている。武の神から生まれた以上、卑劣な手を使う神はたとえ自らより上位の存在であろうと、許すことはできない。そう考えていた。ただ、神龍とて神を討つには乗り越えられない壁があった。
自らの『存在』である。
神の使徒として生まれた存在、それが神に叛くなど出来なかったのだ。ここでいう出来ないとは、可能か否かではない。そもそも行動に移すことすら出来ないという意味である。
神龍は考えた。自らの存在を乗り越える術を。刻一刻と神々の総意はイグノの意思に傾いている。神々と下界の住人との時間感覚は違うとはいえど。その時が来れば、一瞬にして人々は痕跡すら残さず無くなってしまう。自らの手で神を討つことは出来ないのなら、何か他の手はないかと。
そして、ひとつの結論に至る。
神々の手によらず、全く別の存在を生み出せばいい。新しい『存在』を生み出せばいいのではないかと。
※
to be continued
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は少し短め。次回は何かが起きる、かも。
では、一久一茶でした。
Twitter 一久一茶 @yuske22798218




