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カウンセリング・セッション記録(デイモン助手)

 

 私はフレデリック・デイモン。現在は収容部門に所属、オブライエン博士の研究助手を務めております。




 ……と、このような感じでよろしいでしょうか? では、本題に入ります。








 まずは、そう。私が【深淵の畔】出身であることはご存知ですね。では【深淵の畔】についてはどの程度ご存知ですか?【深淵の魔物】の進撃によって、人類の多くが【深淵の畔】を撤退しました。彼処に正義や倫理や道徳など存在しません。ご存知の通り、アシュリー・オブライエンもまた【深淵の畔】の出身です。【深淵の畔】は、あのような人間性を涵養する魔境なのです。








【深淵の畔】では、人間が生きながら魔物に補食される一部始終を目撃することがしばしばあります。それは日常茶飯事です。時に人々は、魔物の残飯を漁ります。そうでもしなければ、生きてゆけないのです。








 私達家族が暮らしていた集落は、魔物の襲撃を受け、両親は魔物に補食されて死にました。私には二歳年下の妹がいました。当時、私は十歳、妹は八歳でした。両親を亡くした三日後、生家の瓦礫に身を隠していた私達は、アシュリー率いる調査団に発見されました。アシュリーは助けを求める私達を見下ろし、躊躇なく妹を射殺しました。








 魔物に傷を負わされた者は、やがて魔物に成り果てる。母は身を呈して妹を守ろうとしましたが、妹の肩は魔物の爪に抉られていました。








 アシュリーは為すべきことを為したと言えます。アシュリーは次に、妹の死体に泣きすがる私に銃口を向けました。それもまた、妥当な判断でした。両親が死んでから三日間、傷ついた妹を抱きしめていた私は、妹の血に塗れていましたから。








 アシュリーは私を殺す為に引き金を引きました。しかし、私を殺すことが出来ませんでした。ブランドンが身を呈して私を庇ったからです。ブランドンの右肩の銃創はその時に負ったものです。ご存知でしたか?








 アシュリーは狼狽えていました。信じられますか? 無様に狼狽えたんです。あの【機械仕掛けの怪人】が。思い返すと、今でも笑えます。








 ブランドンは、自身の行動がこの上なく愚かであることを自覚していました。私は魔物の血に塗れていました。目立つ外傷はありませんが、ほんの小さな切傷からでも、感染する恐れがあります。








 ブランドンは「それでも、助かる可能性がほんの少しでもあるのなら、それに賭けてみたい。この子を死なせたくない。頼むよ、兄貴。どっちに転んでも、俺は死なない。俺を信じて、任せてくれ」と言いました。アシュリーはブランドンを叱責し、私の助命を諦め、速やかに治療を受けるよう強い口調で命じましたが、ブランドンは従いませんでした。アシュリーは呻吟と熟考の末、私を捨て置き、ブランドンをこの崩壊した集落に置き去りにすることを決めました。








 アシュリーはブランドンに医療キットと武器、防具を押し付け「十日経って、それが変異しなければ、帰還を許可する。変異した場合は、それを処分するまで帰還を許可しない」と言いました。去り際、自警団の他メンバーが彼等に注目していないことを確認した後、アシュリーは素早くブランドンを抱きしめ、何か耳打ちしました。何て言ったかは知りません。知りたくもありません。ブランドンは微笑みました。素晴らしい微笑みでした。ブランドンの笑顔より、価値あるものを、私は知りません。








 ブランドンは十日間、手負いの身で私を守り抜きました。私は変異しませんでした。ブランドンは私を連れて彼等の拠点へ帰還を果たし、私は彼等の仲間として迎え入れられたのです。




 ブランドンと過ごした十日間で、私は彼が宝石のような美徳の持ち主であることを知りました。彼は妹の死を悼み、亡くなった皆を追悼し、涙を流してくれました。








 私は先程【深淵の畔】には正義や倫理や道徳などは存在しないと言いました。それほど、人々は悲惨な生き方をしています。そんな世界で美徳がどれ程、得難いものなのか。【方舟】の中で生まれ育ったあなた方に、理解出来るとは思いません。








 私には、ブランドンの善意が本物か偽物かはわかりません。しかし、もし彼の善行が偽善であったとしても、彼が得難いものを持ち合わせていることに変わりはないと思います。【深淵の畔】で、自身を生命の危機、恐怖と苦痛に晒してまで、偽善の施しを貫くなんてこと、あなた方に出来ますか? 出来ないでしょう、あなた方凡人には、到底、真似できません。








 私は、ブランドンを稀有な存在であると確信しています。ブランドンは暗闇を照らす、唯一つの灯火でした。彼こそ、この壊れた世界の救世主なのです。








 つまり、そう言うことです。ブランドンは私の命の恩人であり、彼に対する思慕は、信仰の域に達すると言っても過言ではありません。








 私は、自制心の強い人間であると自負しています。私は二十年もの間、復讐心を制御し続けました。ええ、そうです。私はアシュリー・オブライエンを恨んでいます。魔物に襲われた幼い兄妹に対する、アシュリーの対応は正しかった。だからと言って、私はアシュリーを赦しません。妹はアシュリーに殺されたのです。私はアシュリーを憎んでいます。奴と顔を合わせれば必ず、奴の額に風穴を開けてやりたい衝動にかられる。奴が妹にそうしたように。アシュリーがブランドンの実兄でなければ、ブランドンに愛されていなければ、私の復讐心は制御しきれず、暴発していたかもしれない。




 ええ、わかっています。「俺の兄貴はすごいんだ」それがブランドンの口癖でした。ブランドンは呼吸するように、アシュリーを褒めちぎっていた。ブランドンにとってアシュリーは、清く正しい王様で、強く気高い勇者で、不可能を可能にするの魔法使いで、頼もしい父であり優しい母であり、最高の兄だった。あんな男が、ブランドンの……私の……。








 つまり、そう言うことです。私はブランドンを、ブランドン・オブライエン博士を敬愛しています。今も昔も変わらず。だからこそ、あんなことはもう止めさせたい。ブランドンは高潔なひとです。彼にとって、あれは自傷行為に等しい。








 ■■■-■■■-■■は、ブランドンによく似ています。ブランドンが、彼女の成長に関わる機会はありませんでしたが、彼女は間違いなく、ブランドンの娘です。








 過酷な生い立ちにも関わらず、■■■-■■■-■■の心には美徳がある。宝石のような美徳が。彼女は不可侵の善意を持って生まれたのです。ブランドン同様に。あのカルト連中の言い分も、理解出来なくもないのです。彼女には救世主の素養があります。ブランドン同様に。








 アシュリー・オブライエンが魔物に成り果てたことで、ブランドンは自分を責めています。馬鹿げていると思いませんか? あれは奴の自業自得でしょう。








 ええ、□□□-□□□-□□-01の収容違反です。アシュリーは収容部門の責任者だった。収容違反はあの男の過失です。ええ、存じております。アシュリーは□□□-□□□-□□-01に襲われたキャシディーを庇ってやられた。だから? それがどうしたと? 方舟(はこ)入りの中には、奴の行動を、身を呈して弟の婚約者を守った、英雄的自己犠牲だと捉えるロマンティストもいるようですが、馬鹿馬鹿しい。全くもって、馬鹿馬鹿しい。あの野郎は、キャシディーに惚れていたんだ。ところが、キャシディーはブランドンにぞっこんだった。アシュリーに勝ち目は無かった。誰の目から見ても。俺がキャシディーでも、迷わずにブランドンを選ぶ。そもそも、誰があんな、魔物顔負けの怪人と恋愛出来る? ひょっとすると、あれで一矢報いたつもりでいるのかね? 興味無いし、どうでも良いが。








 ……失礼。奴は自身の職責を全うしたに過ぎません。あの事案そのものが、奴の過失なのですから。ブランドンは悪くない。アシュリーは自分勝手に生きて、自分勝手に死んだのです。しかし、キャシディーもキャシディーだ。なんで彼女は、よりによってあの日あの時間に「蠅の目」にいたんだ? あの日あの時間はあの男がひとりで「蠅の目」に詰めて、ふんぞり返っている筈だった。捨駒どもの労働を安全で快適な部屋から眺めながら、あれこれ指図しながら。ああ、捨て駒っていうのは、私達のことです。




 □□□-□□□-□□-01を捕獲・収容したのはアシュリー・オブライエンです。□□□-□□□-□□-01はアシュリー・オブライエンに強い敵愾心を燃やしていたのでしょう。ええ、なんとなく、察していましたよ。私はあれの「世話係」のうち、一番の古株ですから。あれとは長い付き合いになる。それに、同じ男を憎悪するもの同士、通じるものがあったのかもしれない。あれだって、アシュリー・オブライエン同様、人が変異したものかもしれませんし。








 話が逸れました。失礼。そんなことより、ブランドンです。




 ブランドンに落ち度はない。それでも、ブランドンは罪悪感に苛まれている。口さがない連中のなかには、実際にやられたのはアシュリーではなくブランドンだったと言う奴もいます。アシュリーがやられた後、ブランドンは人が変わったようになったと。それは、罪悪感の為です。あなた方が、影でこそこそ何と言っていたのか、知らないとでも思っているのですか? 忘れたのなら思い出させてあげましょうか。








「アシュリー・オブライエンを失った損失は大きい。その穴は誰にも埋められるものではない。彼は替えのきかない人材だった。他の職員のようには」








 他の職員とは、誰を指す言葉だったのでしょう? キャシディー? まさか、ブランドンのことではないだろうな?








 あなた方は、自分達がどれだけブランドンを苦しめたかわかっているのか? ブランドンは、アシュリーに成り代わろうとしている。あなた方がアシュリー・オブライエンを必要としているから。アシュリー・オブライエンに傾倒しているから。アシュリー・オブライエンに依存しているから。アシュリー・オブライエン、あの男は怪物だ。勇気、自制心、洞察力、好奇心……すべてにおいて、人間の域を超越していた。まさに【機械仕掛けの怪人】……いや、悪魔だ。【機械仕掛けの悪魔】。今になってやっと、その精神に容姿が追い付いたのさ。








 ああ、ブランドン……可哀想なブランドン。あんたの美徳を理解しない馬鹿共に追い詰められた。でも、俺は、俺だけは、理解している。理解している、全てを。そう、全てを。








 □□□-□□□-□□-01の収容室のロックを意図的に解除した奴がいる。ええ、知っています。何度も聞いた。何度も何度も同じことを訊かれた。何度繰り返しても、私の答えは変わりません。




 私はやっていない。そんなに疑うのなら、証拠を呈示してくれませんか。それが出来ないから、カウンセリング・セッションにかこつけて、しつこく呼び出すんでしょうけど。こんなの、時間の無駄ですよ。捨て駒は常に不足している。私がここでこうしている間にも、捨て駒がまたひとつ、□□□-□□□-□□-01の餌食になっているでしょう。俺達の仕事は命懸けだ。捨て駒はひとつでも多い方が良い。母数が増えれば生き残れる確率が高まるからな。








 新品を補填したところであっという間にダメになる。懇切丁寧に教えてやったところで、とどのつまり、弱い奴はただの肉塊だ。弱肉強食、強い奴に喰われておしまい。








 おっと……ちょうど、きましたね。捨て駒の死亡通知。しかも□□□-□□□-□□-01だ! ははっ、ビンゴ!








 ということで。そろそろ解放して頂けませんか? それとも、まだ殺したりない? は? あんただよ、あんた。あんたが殺したんだ。本来なら今頃、俺が□□□-□□□-□□-01の世話をしている筈だった。あーあ、俺がいれば、ピカピカの新品がスクラップにならずに済んだのに。








 あなたはどちらですか? 外生まれのクズは人じゃないと考えているのか。或いは、手柄の為なら何人殺しても構わないと考えているのか。どっちだ? さぁ、方舟産の出来の良いオツムでよく考えて答えてくれよ。








 カウンセリング・セッション、ありがとうございました。



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