前編。オカマ先生は吸血鬼。
設定元の提供者であるきらめさんが所属する、にじさんじへのリスペクトとして
にじさんじネタをできる限り、ファンタジックにアレンジして入れてみました。
「ルル・ラーハの戦いから500年か。平和なもんよね」
しみじみと呟きながら、長い銀髪を揺らして廊下を歩く長身の美青年。
今の言葉は、赤と金色のオッドアイの彼が吸血鬼、
つまり人外であるがゆえに出た感想でもある。
エルジーニー王立魔法学校。ハンターと呼ばれる、自由戦士を育成するここに
ヴァニラ・キラーリアと名乗る彼が在籍しているのは、ルル・ラーハの戦いと言う大きな戦乱によって
枯渇してしまった己の魔力を回復するのに、500年を要したため、
世界の情勢を知りつつ、未来を抱く若い命を眺めるためである。
「ヴァニラ先生」
「あら、ヴォルフちゃん。どうしたのかしら? 廊下は走るなって、基本でしょ?」
たしなめるように言う彼だが、背後に立つ狼の耳を持った
青髪に銀の光彩を持つ少年を見る目は真剣である。
ヴォルフこと、ズイルバー・ヴォルフガングは、
ヴァニラこと、ルル・ラーハの戦いで最前線に立っていた伝説のハンター、
ヴラド・キラメ・フォン・オッカーマン・イチカラーリア
の従者の人狼なのだ。そしてヴォルフが校内で話しかけて来ることはめったにない。
ヴォルフは、ヴァニラのカバーしきれない学校での生徒たちの様子など、
日常における世界の様子を主に伝える役を担っている。
ヴァニラ、いやヴラドは大きな世界の流れよりも、
こうした日常の方を好む傾向にあるため、
ヴォルフの情報を彼はありがたがっている。
「ヴラド様。お仕事です」
そう言って、制服上衣のポケットから、
一枚の手紙を取り出して主に見せる。
「なるほど。だから、走って来たってわけね。で、内容は?」
小さく告げられた言葉に、その美貌を僅かに曇らせるが、すぐに調子を戻しつつ
人気のない方へと歩き始める。
通りかかる生徒に、「ヴァニラ先生。一線超えんなよー」などとからかわれているが、
「大丈夫よ、『生徒に手は出さない』が、あたしのモットーだからね」
と軽くあしらうも、「どうだかなー」と軽口を返された。
彼が男でありながら乙女の心を持つ、オカマであり面食いであることは校内で有名である。
ヴァニラ側も生徒たちの、軽蔑しているわけではない弄り方に悪い気はしていないため、
こうして軽くあしらうような対応なのである。
そしてヴォルフの言う『仕事』とは、
この吸血鬼が伝説のハンター本人であると知る一部の者からの物であり、
空気を読まずに通達されることからもわかるように、
大概がめんどうな事柄なのである。
「さて、そろそろいいわね。聞かせてちょうだい」
人の気配が薄れたのを確認し、変わらず真剣な調子でヴラドは告げる。
「ルル・ラーハになにか、大きな力が現れたそうで。それを見て来てくれ、
それが危険なようなら対処を、とのことです」
左のポケットから小型の瓶のような物を取り出しながら、それを聞くヴラド。
ルル・ラーハは大きな力が吸い寄せられるように集まる特異な場所であり、
その小高い荒野は、魔界丘や混沌のルル・ラーハなどと呼ばれる。
「んめんどうねぇ、そんなの自分たちでいけばいいでしょうが」
言うと小瓶を目の近くまで持ち上げ、顔をそれに合わせるように後ろへそらす。
そして、慣れた様子で小瓶から液体を一滴二滴、両の目にたらす。
「はぁ。こっちもこっちでめんどうだわ」
ヴラドには、自身の強すぎる魅了の力がゆえ、
その魔眼の力を受けて虜になると言う被害を受けた女神によって、
長時間目を開けていられない呪いがかけられている。
そのため、定期的に目を潤す必要があるのである。
「もしかしたら、その呪いを与えた女神かもしれませんが?」
感情の起伏に乏しいながら、目を潤している主を不憫に思っているのか、
ヴォルフはキラミエルと言う名の女神に、一泡吹かせてほしいと考えている。
「のせるのがうまいわね、ヴォルフちゃんは。
わかったわ、今日の先生のお仕事を済ませたら向かってみましょ。
混ルルまで、どれぐらいだったかしら?」
「我々の足でなら、主が仕事を片付けてからでも日が落ちる前には付くかと」
「星の光はあたしたちの舞台照明。いいころ合いじゃない」
普段とかわらない様子でいながら、その表情には僅かに戦士の笑みが漏れていた。
***
「空の暗幕降りし刻、やってきました混ルルに、なんてね。
この蒸されるような魔力の気配。500年経ってもかわらないわね」
「生徒に声を賭けられた時、焦っておられましたね」
「そりゃ、身体能力向上魔法使って、さあいくぞーって時に声かけられるんだもの。
マルス・アルサンダー。あの娘は将来有望ね」
有望な生徒を肌で感じてほくそ笑むヴァニラ先生。
「魔力を開放すれば済むものを、なぜわざわざ手間をかけるのですか?」
無表情にヴォルフは、教師としての楽しみを笑む主を意にも介さない。
「魔法の腕がなまるのがいやだからよ。まったく、主の喜びを無視するなんて、
変わらないわよね そういうとこ」
やれやれと溜息を突く吸血鬼は、視線を魔界丘の先へと走らせる。
「どうやらヴォルフちゃん。あなたの予想、当たったようね」
星明かりを反射し輝く美しい銀髪をなびかせながら青髪の従者を伴い、
伝説のハンターは、待ち受ける相手の下へと歩く。
「早かったじゃない」
言葉とは裏腹に、女神キラミエルは、射殺せそうな視線で
ヴラドを睨み付けている。その黒い目は、美しいながらも
夜空よりも深い闇のようである。
その身に纏う銀の衣は夜だと言うのにうっすらと輝きを放ち、
美しく長い金髪に彩を添える。
「ここに出た力って言うのが、あなただとは思わなかったけどね」
「その口ぶり。500年経ってるのに、まだ人間に使われてるのね」
呆れかえった女神の表情と声色だが、
「あたしにとっては起きてそんなに経ってないから、
『まだ』なんて言われるほど時間は経ってないわよ」
ヴラドは涼しい顔だ。横の従者も同じく無表情。
他の生き物どころか、ヴラドと同族の吸血鬼であっても、
この領域に足を踏み入れた段階で、よほど精神力か魔力が強くない限り、
ルル・ラーハに立ち込める、ヴラド曰くの蒸されるような魔力の気配に
気圧されてしまい、平然とはしていられない。
魔界丘と言う俗称は、この異様な濃さの魔力にも由来するのだ。
その領域において平然としているこの二人と一柱は、
ただそれだけで並外れた力の持ち主と証明している。
「それとね。あたしはハンターが、人間が好きだからハンターやってるの。
あなたに生き方をとやかく言われる筋合いはないわね」
言い終わると、昼間動揺にその目を潤す。
「まだ充分にその呪い、効いてるようね」
クククと、意地の悪い笑いを愉しそうに浮かべる女神。
「ええ。500年も寝てたから、効力が衰えなかったんじゃないかしら」
平気な顔をしているが、ヴラドは内心うんざりしていた。
この女のおかげで、自分は目を定期的に潤す必要に迫られ続けている。
自分の眼)め)が招いた、自業自得のような事故ではあるが。
そしてなによりヴラドは、この女神の性格が苦手なのである。
「で? なんの用で現れたのかしら、女神様は」
「あなたが起きたって聞いて、仕返しをしようと思ってね」
「仕返し?」
「ええそうよ。この私が、あなたのような
男だか女だかわからないような者に魅かれてしまった。
こんな屈辱はないじゃない。女であるなら男とはっきりした者を
好いたいと思うのは当然でしょう?」
いやみったらしく、ヴラドがいやがる言葉を強調しながら
持論を投げつけて来る女神に、ヴラドは知らず左の拳を握り込む。
「だから今度は私が、魔力ではなく、魅力で
あなたを、男として、魅了してあげよう、ってお話」
「できると思ってるのかしら、男女生活数百年のこのあたしを」
毅然と返すものの、左拳は小刻みに震えている。
「やれるわよ。だって、あなたも私も、時間はたっぷりあるのだから」
ただの男であるのなら、それこそ魅了の魔法にでもかかったように心を掴まれそうな、
そんな女神の怪しい微笑み。
だが、男女生活数百年のヴラドにも、
その従者たる狼男にも、その魅了の微笑みは通用しなかった。
「やっぱり通用しない、かわらないわね。そうでなくちゃ、面白くない」
「あたしは500年間も寝てたのよ。男女生活数百年が、
寝起きになっただけで心が男になってるわけないでしょ、まったく」
わかっててそういうこと言うんだものねぇ、とヴラドは疲労の溜息と共に発した。
「主とあなたでは、体感している時間の長さが違います」
「あら、いたのね獣僕。あんまりにも影が薄いから気付かなかったわ」
わざとらしく、「影が薄いから気付かなかった」を、
おおげさに言いながら驚いた表情を作る女神。
「よく言われます」
「くっ。あなたたちは、どうしてそう私の精神攻撃を常に意にも介さないのよっ」
苦々しく睨み付けながら、吐き捨てるように言う。
「いいえ。効果はあるわよ。今すぐにでもあなたをぶん殴ってやりたいぐらいにはね」
「同じく。主を虚仮にされて落ち着いていられるほど軽い従者ではありません」
「それでそんなに落ち着いていられる。これだから人外は苦手なのよ」
二人の告白に、困惑を見せる女神。
今回は演義ではないと、二人は即座に看破した。
「で? 顔を見に来ただけかしら?
因縁の相手に逢うにしては、ずいぶんと穏やかじゃない?」
含み笑いを張り付けて、ヴラドが問いかける。
「そうね。そうだったわ。ちょうどいいなと思ったのよ。
あなたは寝起き、私は退屈。ちょっと、運動したくてね」
「あなたもあなたで強者。神様の内でも、並び立てる者はそういない
と言うことかしら?」
「勝負は全部戦って考えるんだもの、連中は。
ちょうどいい暇潰し相手があなたぐらいしかいないのよ。」
溜まりに溜まった不満をぶちまけるような、深い溜息を伴った女神の言葉。
「なるほど。自らにかかった魅了を、主の口調一つで跳ねのけた後、
怒りに任せて主を殺さなかったのは、そういうことですか」
見切ったとばかりに言い切るヴォルフに続く形で、
「そっちは暇潰し相手があたししかいない。こっちは本気でやっても
解呪を迫れるほど追い詰められない。めんどうな関係ね。お互い」
とヴラドは溜息交じりに発した。