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1話 わたし、恩返しに来たんです

俺の名前は(みやこ) (りょう)。何の取り柄もない高校生だ。友達もおらず、恋人なんてもちろんいない。みんなは俺を空気のような存在だと言う。それはけっして、いなくては生きていけないというような良い意味合いではない。単純に馬鹿にされているだけだ。


でも、そういうのにももう慣れた。いや、慣れたと思い込むしかなかった。ああだこうだと馬鹿にされた帰り道、一匹の仔猫が動けなくなっているのを見つけた。脚に紐が絡まっているらしい。必死にもがくが、その度に紐はより複雑に絡まっていく。


一度は見てみぬふりをしようと思った。自然というのは残酷なものだが、人が不用意に手を加えるべきではないと思ったからだ。しかし、俺はその仔猫にかつての飼い猫の姿を重ねてしまった。ミルクという名の彼女は、青い瞳をした真っ白の猫だった。俺と彼女は幼い頃から一緒に育ったようなもので、俺は誰よりも彼女を大切にしたし、彼女もまた俺によくなついてくれていた。


いつまでもミルクと一緒に暮らせると思っていたが、彼女は俺よりも早くに逝ってしまった。俺はそのとき、一番の親友を失ったのだ。今でもたまに、彼女を夢に見る。家に帰るとなぜかミルクが座っていて、俺はそれをすんなりと受け入れ、彼女の好物の猫缶を開けてやるのだ。美味しそうにそれを食べる彼女を見ていると、はっと目が覚める。そして気付くのだ、ミルクはもう死んでしまったのだと。


だから、俺はその仔猫を助けずにはいられなかった。どんな形であろうと、もうミルクが死ぬのを見たくはなかったのだ。そっと近付いて、紐に手をかける。それをほどいてやる間、仔猫はじっとしていた。


「よし、もう大丈夫だよ」


自由になった仔猫はときおりこちらを見ながら、ゆっくり、そろそろと歩き出した。


「気を付けろよ、ミルク」


そう言ってから、俺は自分がミルクの名を呼んだことに気付いた。




家に帰ると、いつものように本を手にとった。読書は俺の数少ない趣味の一つだ。俺の場合、人と話すよりも文字を読んでいる時間の方が長かった。この時間だけは、みじめな現実を忘れて物語の世界に没頭できた。


気にしないよう心がけてはいても、やはり傷付くものだ。誰かから馬鹿にされたり、見下されればどうしても惨めに感じてしまう。結局、俺は強い人間ではないのだ。



そんなとき、インターホンが鳴った。また母さんが通販で何か頼んだのだろう。受け取ってやらないと後でうるさいんだ。急いで階段を駆けおりて、印鑑を手に扉を開けた。



「こんにちは!」



そこにいたのは、見慣れない女の子だった。背も高くすらりとしていて、なんとなくこの辺りの子じゃないような気がした。


「人違いじゃ…?」


そう言うと、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。



「間違ってないですよ。わたし、恩返しに来たんです」

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