第7話
明けましておめでとうございます。
さぁ今日も楽しく農作業!
もう一か月も同じ作業をしていれば嫌でも作業に慣れる。と言っても、手押しポンプの水を如雨露に組んで水を撒くのを延々と繰り返すだけなんだけど。
最初の頃は筋肉痛でプルプルしてたんだけど、今ではそれも畑の為になるからと心地よかったりする。
これでもダンジョンマスターなんだから不思議パワーで農作業も楽々~ってなれば良いんだろうけど、残念ながらそんなこともない。かゆいところに手が届かない感じがもどかしい。誰か変わってくれないかな~。というかそろそろ誰かと話がしたい! ずっとボッチ生活は結構クるものがある。
ため息交じりに水を撒いていると、外からかすかにガタゴトという音が聞こえてきた。何事かと外を見てみるとなんと馬車が走っていた。
馬車なんて初めて見た! ホントに馬が引いているし、何よりも初めての自分以外の生存者だ。なんとも感慨深い。
あ、いくら人恋しくても呼びかけたりなんてしないからね? こんな所で呼びかけて変に目立ってしまうのはよろしくない。仮に悪目立ちしてダンジョン攻略だ!って人が押し寄せても困るからね。もっとも、こんな畑しかない所を攻略した所でなんだって話だけど。今日の所は人がここにもいるって事が分かればいいか。
……ん? よく見たらあの馬車様子がおかしくない? なんだか馬車を引いてる馬がふらふらしてるし、御者台に座ってる人もなんだかぐったりしているような。
ま、まさかあの人熱中症とか脱水症状とかになってたりする!? もしかしてあの人ピンチ?
ど、どうする? 助けたほうがいいのかな。でも赤の他人の為に危険な事はしたくないし……。とかなんとか言っていたら、御者台に座っている人がパタリと倒れてしまった。
迷ってる場合じゃない。こうなってしまえば人命救助が最優先!
手にしていた如雨露を放り出し、ダンジョンである洞窟から飛び出す。洞窟のなかから出ると突然私を違和感と言うか息苦しさが襲う。まさかこれが手紙に書いてあったダンジョンマスターはダンジョンでしか生きられないって事? まるでここは自分がいるべき場所ではないと言われているような感覚に囚われるけど、今はそんな事気にしている場合じゃない!
「おーい! 大丈夫ですか! 」
「う、うぅ……西の荒野に……人……? な、なんでもいいから、水を……」
「こっちです! 馬車をこっちに動かせますか!?」
幸いまだ御者台の人物は意識が残っていたらしく、何とか手綱を引っ張って私のいる方へ進路を変えてくれた。
言葉が通じた事を内心安堵しながら私も大きく手を振って誘導する。
馬は激しく息切れをしていて弱っているのが目に見えて分かる。ここまでよく頑張ったと撫でてねぎらいながらダンジョンの中へと招き入れる。。
一瞬、私が外に出た時のようにこの人や馬も苦しんだりしないか心配になったけど、別にそんなことも無く得に変わった様子は見えない。ひとまずは安心だ。
御者の人が私のダンジョンを見て目を丸くしているが、今は後回し。
「こ、これは……!」
「今水を持ってきます! 少しの間ここで待っていてください! 」
「いや、でもここは……は、はい……」
ダッシュで井戸までいって桶に水を汲む。持ち手がちゃんとある如雨露と違って桶は少し持ちにくいけど、一か月鍛えた私の腕力があればこれくらい!
桶を持ったまま馬車に乗り込み御者の人を楽な姿勢になる様に促す。って、桶だけ持ってきてもコップが無ければ飲めないじゃん!
慌ててダンジョンブックを開いてコップを生成。ガラスだと割高になってしまうので木のコップでいいか。
取り出したコップを桶に突っ込み水を汲み、御者の人に渡す。
「水です。いきなり飲むと体に響くので、ゆっくりと飲んでください」
「グ、グランフィルドでこんなにたくさんの水だと? それにこの透明度……まるで山脈の源泉から直に組み上げたかのような……ゴクッング……う、うまい!?」
「熱中症かもしれないんだからいきなり叫んだりしないで! 安静にしてください。さ、馬の君も疲れたでしょう」
「あぁ!勿体ない!」
思ったよりも御者の人が元気そうなので、桶の水を馬にあげる。御者の人が悲痛な叫びをあげてるけど気にしない。貴方、もう先に飲んだよね?
馬も相当喉が渇いていたのかガフガフとすごい勢いで水を飲んでいく。こうやって近くで見ると、毛並みの悪さが良く目立つ。これまでの道中のせいか、毛に細かく砂が付いているし、毛自体もツヤツヤとは言い難い。なんだか痩せているし、栄養が足りてないんじゃない?
干し草はリソースで生成できるかと目をそらしていると、こつんと肩をこずかれた。桶を見ればもう空になってる。そんなに喉が渇いてたのか。
「よーしよし。お前よっぽど喉が渇いてたんだね。お代わり飲む?」
「ぜ、ぜひお願いしたい!」
「え? は、はい」
馬に話し掛けたのに御者の人の方が強く食いついた。もしかしてこの人も喉が渇いてた? 元気そうだからコップ一杯でもいいかと思ったけど、悪い事をしてしまったかもしれない。
「えっと、もう一度水を汲んでくるので少し待っていてください」
「いや、それには及びません。女性にそんな重い物を持たせるのは忍びない。私が動きますとも。えぇ。この子も私が手綱を引きます」
「そうですか? それなら、わかりました。井戸はこっちです」
元気になった途端なんだか胡散臭く感じるけど、まぁ水が飲みたいのであれば別いいか。どうせ井戸の水でリソースが減るわけでは無いし。
井戸が畑の真ん中にある関係上、麦畑を横切る必要があるんだけれど、御者の人は麦畑を興味津々と言った様子で眺めていた。
「凄い……なんて元気な麦なんだ。まだ収穫期でないから一概には言えないが、この成長段階でこれだけの品質を感じさせるとなると、ローレイの国の麦でも中々見られないぞ……。それにあっちの野菜類もだ。なんて瑞々しい……ここは本当にあのグランフィルドなのか?」
「あ、あの~……」
「あぁ失礼。あまりにも見事な畑だったので少々見入ってしまいました。これはお嬢さんのご家族が?」
「あぁそういう事ですか。これ、私の力作なんですよ! あぁそれよりも、これが井戸です。ちょっと待っててくださいね」
「こ、これが井戸ですか?」
自分で頑張って作った畑を褒められるのは悪い気がしない。まぁ、ほとんどはダンジョンブックでお手軽開墾なんだけれど、種を植えて水を撒くのは自力なんだからセーフセーフ。
で、なんだか手押しポンプを訝しげに見ている御者の人を気にする事無く、ポンプを動かす。ポンプから水が出始め、桶に水が溜まっていく。
すると水が出る様子を見た御者の人は目をむいておどろく。
「な、なんだこれは!? 水がこんなに大量に……!? これは魔法か何かか!?」
「ひぇ!?」
「し、失礼。少々信じがたい光景でしたので……」
もしかして手押しポンプってオーバーテクノロジーだったりする? デフォルトの井戸は滑車と水桶を使って汲むタイプだったし。
それならこの驚き具合も納得だ。ポンプを動かすだけで水が湧き出れば魔法に見えても仕方がない。
そんなことよりも預かっていたコップに水を注いで御者の人に返す。今度は御者の人は味わうようにして水を飲んでいた。そんなにおいしいの? いや、まぁ私もミネラルウォーターみたいでおいしいとは思うけど、そこまで味わうほどかな?
桶がいっぱいになったから馬の前に持っていくと、馬も勢いよく水を飲み始めた。よーしよし。いっぱい飲みなー。
「やはり美味い。まさか西の荒野でこれほどの水が飲めるとは……。いやはや、大変良い物をごちそうになりました」
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ。あ、私早乙女陽菜って言います。早乙女が性で陽菜が名前です」
「これはご丁寧に。私はフォックス商会のゴードン・フォックスと申します。この度は助けていただき感謝いたします」
フォックス商会で、フォックスさんってことは結構上な役職の人なんじゃないかな? 礼も丁寧で上品だし、もしかして商会の社長さんとか? ゴードンさんはおしゃれな老紳士って感じのおじさんで、確かに上役と言われてしまえば納得できてしまう。
「ヒナさんはこちらに住んでいらっしゃるのでしょうか? 失礼ながらお一人でこの西の荒野で生きていくのはいささか……」
「やっぱり気になりますよね。でもすいません。企業秘密でお願いします。あ、でもここに住んでいるのは私一人ですよ」
流石に私はダンジョンマスターですと正直に言うのは気が引けるし、大して気の利いた嘘も思い浮かばない。まさかここに移住してきた村人Aですといって信じて貰えるとも思えないし。
そとの荒れ地具合を見るに、もしかしたらこの畑の具合が不自然になるのかもしれないけれど、まぁ秘密という事で誤魔化そう。
ゴードンさんは残念そうな表情をしていたけれど、気をきかせてくれたのかそれ以上追求しては来なかった。
「そ、それでですね。ゴードンさんはどうしてこんなところに? 一人で通るには危険じゃないですか?」
「フフフ。ここに住むあなたがそれを言いますか。実は西の山脈を越えた先にあるハクトゥーラ王国へ麦と水を買い付けに行ったのですよ。ま、盗賊すら寄り付かない西の荒野なら護衛を雇わなくていい分食料は少なく済むと思ったのですが、思ったよりもキツいですね。ここは」
「ここ盗賊も寄り付かないんだ……って、そうじゃなくて、水と食料の買い付けに言ったのなら何も脱水症状にまでなる前に飲めば良かったんじゃないですか? もしかして商品だからってケチって……」
「あぁいえ。本当なら危なくなる前に商品だろうが口にする心づもりはあったのですが、残念な事に輸送中、馬車が石を踏んだ拍子に水瓶が全滅してしまいまして。塩に塗れた干し肉を口にすれば喉が渇くからと飲まず食わずに2日程……いやはや、ヒナさんは命の恩人です」
それは災難な……。かといってこのまま帰してしまうと結局水が無くて倒れてしまいそうだし。よく見れば、ゴードンさんの顔色は良くないし、感想のせいか凄いかさついている。手を見ると爪が白くなって割れてるし。確か、栄養不足と貧血気味の症状だよね? 元気そうだとは思ったけど全然そんなことなかった。身体は既にボロボロのようだ。
とりあえず、残っているラディッシュと食パンを使ってサラダサンドを作ってゴードンさんに渡す。
「こ、これは、パン? こんなに白く柔らかいパンなど他国へ行っても目にできない。それにこれは、赤い……野菜? 見たことはないが、なんと瑞々しい事か。ほ、本当に頂いてもよろしいので!?」
「良いんです良いんです。困った時はお互い様って言いますからね。それに、ゴードンさん全然栄養が足りてないですよ。もっと食べないと」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うやいなや、ゴードンさんは一口目こそ遠慮がちであったものの、二口目からは一心不乱にサラダサンドを食べ始めた。やっぱりお腹もすいていたらしい。 ラディッシュは苦かったり辛かったりするから口に合うか少し不安だったけど、大丈夫そうだ。本当に身体が栄養を求めてるときは嫌いな野菜もおいしく感じるって教授が言ってたけど、そういう事だろうか? なににせよ、こんなずぼら料理でこんなに喜んでもらえるなら作った側としても嬉しい。
自己満足に浸りながらゴードンさんを眺めていると、肩をコツリとこずかれた。振り返ると馬が物欲しげに私を見つめている。仕方がないので干し草をリソースから取り出して馬に与える。やっぱり馬も空腹だったのかすごい勢いで食べ始めた。お前も良い食いっぷりするなー。ラディッシュも食べる? あ、食べると。
暫くしてお腹がいっぱいになったゴードンさんは、意を決した方に私に向けて頭を下げた。
「ヒナさん。どうか貴女の作物を売ってください!」