第11話
「いやはや、日々の農耕と言うのも中々重労働なのですね」
「そう言いつつ私よりもサクサク仕事をこなしている所は流石ですよね」
「ははは。老骨と言えどもこれでも男ですからね。女性のヒナ様にはまだまだ負けてられません」
そう言ってゴードンさんはてきぱきと如雨露の水を撒いてく。ゴードンさん一宿一飯の恩義という事で畑の手伝いをしてくれているんだけど、これがまぁ早いのなんの。
普段の倍以上の速さで水やりが終わってしまい、今は種を植える手伝いをして貰っている。意外と需要のある二十日大根の植え直しだね。
種を植えるのって意外と身体に来るんだよね。ただ適当にばら撒くだけではちゃんと芽が出てくれないから、ちゃんと3センチくらいの穴に種をひとつひとつ落としてやらないといけない。当然播種機なんて便利な物があるわけでないから全部手作業なわけで、ずっと屈んだ状態で、埋めて少しずれてはまた植える。植えてはまた場所をずれてのエンドレス。
腰も足も痛いのなんの。
ゴードンさんのお陰でずっと楽をする事が出来た。ホント感謝だ。
「でも、大丈夫ですか? 結局馬車の中で寝て貰いましたけど……身体とか痛くないですか?」
「問題ないですよ。遠出で買い付けに行くときは野宿なんて日常茶飯事ですからね。むしろ、盗賊や獣に襲われることを心配しなくても良い分気楽なものですよ」
「はぁ……なんというかおしゃれな見た目に反してワイルドですね」
「お褒めにあずかり光栄です」
まさか自室のあるダンジョン地下一階にゴードンさんを招き入れる訳にもいかないし、ゴードンさんには一階にとめてある馬車の中で寝て貰っていた。
特に凝ったもてなしもできなかったのに手伝ってもらっちゃって、むしろこっちが申し訳ないくらいだ。
こうなってくると何とか水以外にも何か手伝ってあげたいところだ。今はリソースに少しだけ余裕ができてきたし。
夜の間に自室でリソースを確認した所、なんと100P以上も溜まっていたのだ! これはどう考えてもゴードンさん達をダンジョン内に泊めたせいだよね。なんで前回よりもこんなに増えたのか考えたんだけど、たぶん、連れてきた馬の頭数が増えた事が原因だと思う。前回との違いはそれくらいしか見当たらないし。しかも今日は既にもう一日ゴードンさんに泊っていくように説得済みだから、あと一日はリソース増加のボーナスタイムが続く。
そんな訳でゴードンさん達の為に使うためなら財布の紐はだいぶ緩くなっている。
それならゴードンさん達の為に何が出来るかって話なんだけど、まずは革袋増量は確定だよね。現状的に水はいくらあっても足りないくらいだろうし、馬車もこんなに増やしてきたわけだし。
かといってここにある作物がまだ収穫に足る程育ってない以上、食料を出すのは不自然な訳で……。
ペットボトル濾過装置でも勧めてみる? でもあれ汚れた水を綺麗にするんだから、そもそも水がないなら使い道がないよね。そういえば大将が昔、サバイバル知識にハマってた時期に色々うんちくを語ってくれたことがあったっけ。その中に確か水の確保の仕方が……
あ、そうだ。
地下に隠れて大きめの布を何枚かとミツロウ、目の細かい網の三種をリソースで生成する。布と網は10Pで、ミツロウは拳大で5P。これくらいなら全然問題ない。
「ゴードンさん。ちょっと試してみたいことがあるんですけど良いですか?」
「構いませんが……これは?」
「もしかしたら水不足を解決できるかもしれないアイテムです」
「なんですと!?」
ダンジョン内で試しても環境が全然違って参考にならないのでダンジョンの外にでる。う……やっぱりダンジョンの外は気持ち悪い。前は必至で気にしなかったけど、なんだか息苦しいし身体が重い。外がこんなに辛いなんて、ダンジョンマスターは引きこもりにならざるを得ないのだろうか。
「ほ、本当によろしいのですか? 顔色も悪いようですし、無理をせずに中に戻ったほうがよろしいのでは……」
「だ、大丈夫です。見た目ほどしんどいって訳ではないので。それよりも、まずは実験です」
「では私が作業を変わりましょう。ヒナ様は作業の指示をお願いします」
指示だけなら洞窟の中でも大丈夫だとゴードンさんは更に心配してくれたけど、言い出しっぺがダウンしてしまうのは格好がつかないので我慢する。でもなんでそんな洞窟の中にこだわるんだろう? 私の正体がバレてる訳でもあるまいし、ゴードンさん意外と過保護?
「えっと、まずは実験その1です。布が水を弾く様にミツロウを塗ってください。はい。そんな感じで」
ゴシゴシとミツロウを布にこすりつけるゴードンさんを横目に私も網の方にミツロウをこすりつける。これくらいなら力仕事でも何でもないし、私でもできる。
正直ミツロウも普通の蝋のように水を弾くかは知らないけど、飲み水の為の道具なのだから出来るだけ安全な物を使っておきたい。ロウソクの蝋はちょっと怖いし。
二人とも両面塗り終わった所でスコップを取り出す。
「それじゃあ穴を掘りましょう。大きさは兎も角、出来るだけ深く」
「分かりました。ではヒナ様は座っててくださいね」
「私も手伝いますって……ハイ」
笑顔で無言の圧力を発するゴードンさんに負けて大人しく指示役に戻る。やっぱり過保護だ。
50センチくらい堀った所で触って具合を確認してみる。流石にパッサパサと言うほど悪くはないけど、潤っていると言うほどの湿り気はない。ちょっと水不足の国舐めてたかもしれない。
ゴードンさんに頼んでもう少し掘ってもらう。今度は三倍の大体150センチくらいになるだろうか。
「では、穴の中に器をセットして、上にさっきの布をかぶせます。端をしっかりと固定して、布の真ん中に重りとして石を乗せましょう」
「成程。ここまでは簡単ですね。そして次の工程はなんでしょう」
「これで終わりです」
「はい?」
「実験1はこれで終わりです。これは、太陽光を利用して水を集める方法です。土中の水分がこの布を伝い、器の中に雫が落ちるって仕組みなんです」
「それでミツロウを布に塗り撥水を良くしていたんですね」
「そんな感じです」
ビニールシートを使ったほうが手っ取り早いんだろうけど、ビニールなんて素材このダンジョンでしか手に入らないだろうからね。いざとなったら量産することになるかもだから、出来るだけ現地の人にも出来る範囲でやらないといけない。
本当は土中に水分を含んだ布とかを入れとくと効果的って大将は補足いれてたんだけど、その水を含んだ布をどうやって確保するんだという話だ。
雑草なんかでもいいって言ってたけど辺りは草木も生えない荒れ地だし。後でゴードンさんに説明だけしておこう。
「実験その2です。柱を立ててその上にこの網をかけましょう」
「柱ですか。……こんな感じでよろしいでしょうか」
イボ竹3本のてっぺんを結ってドームを作る。余っていたトマト用の支柱のイボ竹がこんなことに役立つなんて思わなかった。あるものは有効活用しないとね。
「あとは網の中に水の受け皿となる様に真ん中に穴の開いた布をくっつけて、その下に器を置きましょう」
「少々イメージがつかないのですが……こう、でしょうか?」
私のつたない説明に四苦八苦しながらもゴードンさんはなんとかそれっぽく仕上げてくれた。本当は10メートルレベルの大型にしないといけないし、塔のてっぺんは開けておかないといけないんだけど、実験レベルならこれで良いだろう。
「あの、ヒナ様。ヒナ様を疑うわけでは無いのですが、これはいったい……?」
「これはワルカウォーターっていう集水装置__を、小型化したものです」
「ワルカウォーター?」
大将が雑談を脱線して水を確保するサバイバル術を語る過程で、更に話を脱線させたのがこのワルカウォーターだ。
安全な水が入手困難なエチオピア北部において設置された装置で、なんと一日に50~100リットルの水を生成することが出来るらしい。現地では「命の木」とも呼ばれるくらいには信頼されているんだって。
大気中の霧や雨露を集めるからどこにあるとも知れぬ水脈なんぞに頼る必要もなく、更にややこしい機械とかを必要としないし電力も動力もなにも必要としない。水脈に乏しいこの国にはうってつけじゃなかろうか。
問題は、さっきも言った通り本来のこの装置は10メートルクラスの大型であることと、さっきから頬を撫でる風が乾いていることなんだけど……まぁ、試してみないことには仕方がないだろう。
心配気なゴードンさんに理屈を説明してあげると、空気中の水分という所で躓いた。そこからの説明が必要か。
「えっと、水を火にかけると、白いもやというか、湯気が出て少しお鍋の水が減りますよね? あれって、水蒸気と言う形になって水が空気中に出ているんです。この装置はその空気中の水を捕まえる装置なんです。上手く行けば一日で水瓶10個分くらいにはなると思うんですけど……」
「なんと、目に見える水ということですか。ならば茶渋にも劣る希望を胸に水脈を探すよりもどれほど堅実で確実なのでしょう……無駄な資金を割く必要もなくなりますし、なによりも水瓶10個だと……? それが事実であれば、試験改良と量産を視野に入れる必要が出てくるな……」
「ゴードンさん?」
「あぁすいません! ボーっとしておりました! ですが、実験が上手く行けばグランフィルドの水事情が一気に改善されます! 楽しみですね」
なんだか一瞬ゴードンさんがすごい怖い表情をしていた気がするけど、気のせいかな? ま、ワルカウォーターの方はにわか知識のシロウト作成だし、なによりも小型だからね。ダメで元々だ。
上手く行かなかったらどうしよっかな……。なんて考えてたらボーっとしてきた。
「__ナ様。ヒナ様!? やはり無理をしていたのではないですか!? はやくダンジ……洞窟の中に戻りましょう!」
やっぱダンジョンの外は鬼門らしい。まだまだ大丈夫だと思ったんだけどなー……。