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第9話

【二週間後 グランフィルド王都】


「会頭、お帰りなさいませ」

「そ、それで戦果はどうでしたか?」



 グランフィルド王都に拠を構えるフォックス商会。その会頭であるゴードンが帰ってきたことに気付いた従業員たちは一斉に駆け寄った。

 フォックス商会はグランフィルドで最も大きな商会だ。既に死に体であるグランフィルドが未だに国として成り立っているのは、ひとえに鉱山資源や岩塩資源といった未だに存在する資源を独自の販路を用いて売り、水や食料を仕入れてきているからなのである。

 彼らの商会が支えていなければ、既にこの国はつぶれているという声もある程だ。特に会頭であるゴードンはグランフィルドから水を奪った他国であろうとものらりくらりと水や食料を余裕で買い付けてしまうやり手であり、グランフィルドの化け狐と言われる程だ。


 だが、国と言う大きな基盤を支えるとなると、巨大な商会とはいえ負担は大きい。商会の最重要人物である会頭が護衛どころか従者も付けず単騎で買い付けに行かなければならない程に忙しいと言えば、どれだけ負担がかかっているのかがわかるだろう。

 ゴードンはヒナへと西の荒野は盗賊すらいないからと説明したが、実情はそうではない。そんな余裕がないだけだ。


 そんなゴードンの西の大国ハクトゥーラへの単騎での買い付けは、他国への買い付けの中でも特に危険なのだ。しかも、最近は他国の足元を見る具合もエスカレートしてきており、水を仕入れるのも一苦労なレベルになってきている。駆け寄ってきた従業員たちももしかしたら今回こそ会頭は帰らぬ人になるのではないかと気が気でなかったのだ。



「出迎えご苦労。さっそくで悪いが、今すぐ現在商会内にいる従業員をかき集めてくれ」


 従業員たちに指示をだすゴードンはヒナと話していた時のような柔らかさはない。厳格で風格ある大商会の会頭の風貌をしていた。これがゴードンの怖い所だ。多数の化けの皮を持ち、その顔を使い分ける事で交渉相手を化かしてしまう。グランフィルドの化け狐と言われる由縁だ。なお、この交渉相手の中にはマーレイ王国は含まれない。この国において困窮の原因であるマーレイは蛇蝎の如く嫌われている。例え公私混同でも曲げられないものがある。

 それはそれとして、普段は自分の仕事を優先するように従業員に言い聞かせている会頭が、忙しい中全員を集合させるのは珍しい。これはよっぽどのことだと判断した従業員たちは急いで今いるメンツをかき集め始めた。



「会頭。今いるメンツを集めました!」

「うむ。集まったな? 早速本題に入るが……まずはこれを見てくれ」


 ゴードンが取り出したのは、ヒナから譲り受けた井戸水が並々と入った水瓶だった。全員を呼び出しておいて何故に水瓶?と疑問符を浮かべる従業員たちだったが、その水を見た瞬間驚きで声を失った。


 純度が桁違いに良い。一切の濁りや淀みがなく、土や埃の混じりけがない。普通、川の上流以外からくみ取れば少なからず水に汚れが混じるものだ。それがこの水にはない。

 悪い例を挙げればこの国グランフィルドの井戸水は、乏しい水脈を無理やり広げて強引に井戸として使っている為土に汚れそのままでは飲むことはできない。いっそ泥水と称したほうが良いくらいだ。


 だがこの水はどうか。まるでわざわざ川の源泉まで登り湧き出る水を直に汲み上げたかのような純度。他国でもそうは見られない。


「凄い。透き通り純粋。まるで水晶の輝きのように美しい……」

「こ、この水は一体……会頭はハクトゥーラへ商談へ行ったのでは……?」

「分かっているだろうが、この件は他言無用だ。言いふらしたものは私自ら処分を下すから気を付けるように。で、だ。詳しくは盟約により語ることはできないが、この水はこの国より仕入れたものだ」

「「「そんな!? バカな!?」」」


 ゴードンの言葉を信じられずに従業員たちは驚きで目を見張る。他国でも見られないような品質の水がまさかのグランフィルドで仕入れたと言いだしたのだ。


 東京の渋谷にライオンが生息していた。ホッキョクグマが南極にいた。沖縄で巨大クリオネが捕獲された。それくらい馬鹿げたことを言っているに等しい。

 だが、ゴードンの真剣な様子に、従業員たちはそれが嘘や冗談ではなく紛れもない事実であることを察した。従業員の何人かはごくりと息を飲む。

 これが事実であれば、グランフィルドの福音となり得る。従業員の一人が興奮気味に叫ぶ。

 

「すぐにその宝を手に入れた場所を占拠しましょう! フォックス商会の資金力があればグランフィルド内のどの領地でも買い取ることが出来ます!」

「そ、そうです! ここを手に入れればグランフィルドは息を吹き返せます!」

「それよりも王城へこの事を知らせに行かなければ!」

「待て。まずは私の話を聞け」


 興奮していた従業員たちはゴードンの一言で静まり返る。興奮醒めずにうずうずしている人物も数名いるが、ゴードンはそれくらいは許容して口を開いた。  

 

「これは王都への帰国中、行き倒れかけた私を助けてくれたさるお方がこの国の実情をしって私にお恵みになられた物だ。馬車には同じ品質の物が複数置いてある。後で確認しておいてくれ。さらにそのお方はこの金にも勝る水だけではなく、麦や様々な野菜を育てていらした」

「ちょ、ちょっと待ってください! グランフィルドで水だけでなく、畑? それは本当にグランフィルドの話ですか!?」

「と言うか、会頭がそれだけへりくだるだなんて一体どんな人物なんですか!?」

「すまんが、それは秘密だ。その方は目立つことを嫌い慎ましやかな生活を望んでらっしゃる。あのお方の平穏を守るために個人情報は全て黙秘させてもらう」


 ゴードンの言葉に従業員たちが絶望したような表情を浮かべる。だが、ゴードンはそんなことを気にせず更に続ける。


「だが、そのお方は実に慈悲深いお方だ。自身の存在を秘密にする代わりに、この水はいくらでも譲ってくれるとおっしゃった」

「「「会頭!」」」

「察しの良い者たちで何よりだ。このような至宝をただで享受するだけでは、誇りあるフォックス商会の名折れである。男女問わず様々な衣服、この国や周辺四国の歴史書、宝石、なんでもいい。対価となりえそうなものをかき集めろ!」

「「「はっ!」」」


 流石はグランフィルドを支えてきた商会と言うべきか、会頭の掛け声1つで従業員たちはすぐさま行動を始めた。そもそも彼らはこの死に体となった国を見捨てる事無く支え続けた者たちだ。グランフィルドの為になると分かれば全力を出すのは当たり前だ。

 

「分かっているとも思うが、変なものを混ぜてみろ! この水は我らグランフィルドの未来だ。私自ら潰してやる!」


~~~


「……いったか」


 従業員たちが立ち去ったことを確認すると、ダンジョンのある西側に向かって膝をつき最敬礼をする。それはまるで、懺悔する罪人のようにも見える。


「ヒナ様、お許しください。私は祖国の為に、約束を破り貴女の平穏を乱します。ですが、この命に代えても貴女の命だけは守って見せます」


 自分の存在は秘密にしてほしいというヒナとの約束を、ゴードンは早速破った。だが、ヒナの個人情報や詳しい居場所、そしてダンジョンマスターであるという事は口にしていない。


 ゴードンはヒナがダンジョンマスターであることは分かっていた。と言うよりも、ダンジョンと言う存在は隠すことはできないのだ。

 ダンジョンマスターがダンジョン外では違和感を感じるように、人間がダンジョンに入っても、そこがダンジョンであると分かるのだ。理屈ではなく、感覚で。

 そしてダンジョンの中に住んでいるなどと宣う少女がただの一般人なわけがない。冒険者ではない一端の商人であるゴードンでさえすぐに察しが付く。


 本来ダンジョンは発覚次第出来る限り攻略することが推奨されている。ダンジョンからは、ダンジョンを防衛する魔物の素材や様々なアイテムという旨味があるが、一歩間違えると魔物があふれかえりスタンピードが起きる危険性がある。グランフィルドでそんな事になれば、マーレイに攻め込まれる前に破滅だ。だからヒナもろともダンジョンは潰しておくのが一般論である。



だが、ゴードンはそうしなかった。


 ゴードンはヒナのことを思い出す。行き倒れかけていた自分の為に、ダンジョンマスター自らがわざわざダンジョンの外にまででて助けてくれたのだ。

 もしかしたら自分の命も危ないかもしれないと言うのに、もしかしたらこの水欲しさに自分が襲われるかもしれないと言うのに。困った時はお互い様と助けてくれた。

 歴戦の商人のゴードンでなくとも分かる。この娘は善なるものであると。

 

 が、それは今はどうでもいい。


 ヒナが善人だろうが悪人だろうがそんな事は些細な問題だ。重要なのはあのダンジョンで、作物が育てられ、水が湧いている。この二点に尽きる。

 

 あのダンジョンはこの国における福音であり、希望だ。


 まさかダンジョンの中にあのような畑や井戸を作れるとは、これまでの常識的に考えられないものだ。基本的にダンジョンは侵入者を排除する為に危険な魔物や罠を設置する者だ。だが、彼女のダンジョンにはそんなものは見られなかった。それも普通であればあり得ないことだった。


 冒険者ではないので詳しくは分からないが、話をした限りあのダンジョンはまだ若い。いずれ大きくなっていけば、その分多くの水や食料を生産できるようになるはずだ。

 

 もしそうなれば、グランフィルドは四方を囲う他国、特にマーレイに降る事無く甦ることが出来る。それができればなんと子気味良い事だろうか。

ゴードンはそのことに気付いた時、ヒナが女神か、はたまた聖女に見えた。祈った所で雨を降らせぬ神とも、契約した所で百害しかない悪魔とも違う、慈悲を持って救済をくれる本当の存在。なんなら忠誠を誓っても良いとゴードンは冗談抜きに本気で思っていた。



「ヒナ様。これより貴女様には七難八苦が訪れる事でしょう。平穏を壊した私を恨んでくれても構いません。だが、私は神でも悪魔でもなく、貴女に全額賭けると決めたのです」


 恐らく、彼女の存在を知ればグランフィルド王国は国の未来を全て彼女に賭けるだろう。水泥棒たる周囲の4つの国は彼女の存在を妬み、何かしらアクションを起こすだろう。とりわけ大陸一の大国となる野望に燃えるマーレイは苛烈に彼女を攻めるだろう。これからの歴史は彼女が中心に変換していく事は容易に想像できる。


 それ故に心が痛む。あのお人良しの命の恩人をこんな国の都合に巻き込んでしまう事が。出来れば約束を守り、全てを墓まで持っていき彼女の安寧を守りたい。しかし、それはこの国の現状が許さないのだ。既に砂のように乾ききってしまっていると思っていた自分の良心が、未だ残っていた事にゴードンは苦笑する。

 数刻後、従業員たちがこれでもかと言うほどに商品をかき集めてきたことを確認すると、ゴードンはすぐさま商会を後にした。再度、あのグランフィルドの希望へと赴くために。

 













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