痺れからの逃走
「悪いとは思わないさ。お前だって俺たちを騙して家に転がり込んだんだからな。しかし俺にも運が巡ってきたもんだぜ。目の前で賞金首がのうのうと生活してるんだからな……笑いを堪えるので精一杯だったわ。さてこれからお前はドスキモス王国に戻ることになる。それまではきっちり生かしておいてやるから安心しろ。……おい!イスト!こっちにこい!」
体の痺れは全身に周り喋ることも動くこともできなくなってしまった。
失敗した。
なぜ気付かなかった!!
カリドは毎日獲物を売りに行っていたじゃないか!
街の手配書を見ていても不思議ではない。
なぜそんな簡単な見落としをした!!
……いや答えは分かっている。
油断したんだ!!
イストやカリドの優しさに!!
その優しさが偽物だということにも気がつかずに!
「師匠!!何してるの!?痺れ矢をアズマに打ち込むだなんて!」
イストは俺の肩に刺さる矢を見て驚いていた。
……イストはこのことを知らなかったのか?
「ああ、こいつはドスキモス王国で指名手配されている男だ。理由は誉高き勇者の名を汚したとかなんとかだったが、これがまた報奨金が高いんだわ!殺してでも報奨金は出るが、生け捕りの場合はその倍払ってくれるらしいんだ!これで俺たちは大金持ちだぞイスト!!」
「……本当なのアズマ?」
違う、違う違う違う!!
俺は何もしていない!!
本当に勇者の能力を持った人間なんだ!
嘘なんかついていない!!
そう言いたくても言葉が出ない。
出たとしても言葉にならない。
「…………私たちを騙していたのね」
言葉が出てないのになんでそうなる!?
頼むイスト!!信じてくれ!!
「師匠、私も一発打ち込んでもいい?その男に私たちを騙した罪、贖わせてやるわ」
「かまわんよ。死なない程度にしてやれ」
「はい」
そう言ってイストは弓に矢をつがえる。
やめろ、やめてくれイスト!!
しかしイストの手は止まらない。
そして弓を引き絞る。
イストの顔をじっと見つめた。
少しでも言葉が出ないなら目で訴えるしかない!
頼む!信じてくれ!!
すると弓を引くイストの口元が少し動く。
…………
そしてイストは俺の背に向けて矢を放った。
「ぐっ!」
生きているうちに2度も矢を受けるとは思わなかった。
刺さったところが熱く熱をおびる。
「背中とはまた緩いところに刺したもんだな。お前のことだから俺と同じところか、膝のどちらかにすると思ったがな。さてイストこいつを運ぶぞ。お前が持て」
「えー、嫌です。私罪人には触れるなっていう家訓があるんですよ……嘘です嘘です。実はさっき弓を引いた時に肩を痛めてしまってちょっと力が入らないんですよ」
「はぁ、ったく仕方ねぇな。よっこらせっと」
カリドの肩に担がれる。
俺は抵抗することなくその肩に乗る。
「ほら行くぞ」
「はーい」
先を歩くカリドにイストが駆け寄る。
「というか師匠、こいつが犯罪者って知ってたなら最初から教えててくださいよ。そしたら私も師匠に協力したのに」
「バカやろう。お前隠し事できないだろうが。もしお前に教えてこいつにバレでもしてみろ。せっかくのチャンスが水の泡だ」
「……むぅ、師匠のバカ。そういえば師匠、なんで今日にしたの?捕らえるだけなら簡単にできたんじゃないんですか?」
「まぁそうなんだがな。こいつに俺たちのことを信頼させて油断させてから、さらに信頼した奴から裏切られるという思いをさせて捕まえたかったんだよ。なにいつでも捕まえられるからこそのちょっとしたお遊びだ。まぁ殺さなかっただけありがたく思えって話だな」
「うわ、師匠鬼畜ですね」
「誰が鬼畜だ」
好き勝手言いやがる。
たしかに油断したし、こいつのことは信頼していた。
人を見る目が俺にはないのだ。
「にしてもこいつ微妙に動きやがる……担ぎにくいな……」
カリドは少し立ち止まり俺を担ぎなおそうとした。
「よっこら……!!!っ!!!」
カリドは急な斬撃に襲われた。
さすがは元最強の狩人。
殺気を察知し、間一髪で首をはねられるのは回避したが、その首に確かな傷が刻まれていた。
カリドの首から血が吹き出す。
「な…………なんで動けるんだ……ブラブルが丸1日動けなくなる痺れ矢だぞ!?」
「さぁ、なんでだろうな?詳しくはお前の弟子にでも聞いてみたらどうだ?」
地面に降り立ち、血のついた剣をふるい血を落とす。
体が自由に動くってのは幸せなことだ。
「イス……ト!?お前が……何かしたのか!?」
そう俺が動けるようになったのはイストのおかげだ。
俺に向かって放った矢。
おそらくあれは解毒の矢だったのだろう。
そして弓を引いている時に動いた口元。
『大丈夫』
そう動いたように感じた。
確証はなかった。
でも最後の希望を込めて俺はイストを信じた。
たとえそれが幻想だったとしても俺はもう後悔しないと決めて……
イストの矢が刺さってからしばらくすると体が動くようになった。
そこからはカリドが立ち止まるタイミングを図っていた。
確実に首を取るために。
命を奪う。たしかに怖いとは思った。
それ以上に憎しみの感情が勝った。
結局、殺気だだ漏れで避けられたんだけど。
しかし動けないと思っていたカリドの油断のおかげで、かすらせる事はできたのだ。
「ごめん師匠。でも師匠が悪いんですよ。私、師匠がそんなに卑劣な人間だと思わなかった。ただ犯罪者だから捕まえるっていうならわかる。でもお金に目が絡んで、しかも犯罪者だからって絶望を与える?私はそんな人間に弟子入りした覚えはない!!」
それにとイストは続ける。
「この1週間アズマの行動を見て、彼が犯罪を犯すような人間に見えたのですか?勇者を騙った?そんなことをする人間に見えますか!?」
言っていることはめちゃくちゃだ。
感情的に物を言っているとしか思えない。
しかしイストの言葉1つ1つが胸に染みた。
たった1週間。
そんな短い期間で俺のことをこんなにも信頼してくれる彼女に胸がいっぱいになる。
首からの出血は止まることはなく、カリドはついに立っていることすらできなくなった。
放っておいてもこのまま死んでしまうだろう。
「師匠、今までの情けでとどめは刺さないであげる。最強の狩人なら最後くらいは自分で逝きたいでしょ?」
「……あぁ、そうだな…………感謝するよイスト…………その甘さにな!!!」
カリドは上空に向けて一本の矢を放った。
そして上空で弾け、けたたましい音を響かせた。
「まさか!轟音の矢!!」
「そうだ……俺がなんの対策もしてないと思ったか?万が一にもないと思っていたが、失敗した時のために街の仲間に知らせる術を用意していたのだよ!!すぐにこの森に人が集まるぞ!!今から逃げてももうおそいわ!!グハハハハッ!!ではさらば我が人生!!」
カリドは矢を自分の胸に突き刺しその場に倒れた。
「アズマ!!逃げるよ!!もうこの森は安全じゃない!!」
「あ、ああ……」
俺はカリドの最後に圧倒されていた。
そしてイストの声で我に戻った。
「こっち!!ひとまず街とは反対の方に逃げよう!私から離れないでね!!」
「だがイスト、君は……」
犯罪者なのは俺だけで別にイストは逃げる必要はない。
関係ないイストを逃亡に巻き込むわけにはいかない。
「アズマ!!君は家に帰れなんて言わないでよ?師匠のことだから師匠が死んで私が生きている時のことも想定して、私を殺す指示も出しているはずだから!!だから私も一緒に逃げるんだよ!!ほら早く行くよ!!」
「あ、ああ!」
イストに続いて俺も走り出す。
今はただ逃げることだけ考えよう。
30分くらい全力で走り続けただろうか。
すでに体力の限界が近い!
呼吸することすら体力を消耗する。
そう言った感覚に襲われる。
これだけ走ったのにまだ森は続くのか!?
「……アズマ止まって」
先を走るイストが急に走るのをやめた。
俺は足に精一杯の力を込め停止する。
「どうしたんだ?出口が近いのか?」
「ええ、近づいているのは確かよ。でもね少し問題が発生したわ」
「問題?」
「そう問題。どうやら私は勘違いをしていたみたい」
「何を?」
「師匠はドスキモス王国の仲間と言ったよね?それを聞いたからドスキモスとは反対方向に逃げた。でもそれすら師匠の誘導だとしたらどう?」
「まさか……!!」
「そう待ち伏せされていたのよ私たちは。……いるのは分かってるよ!!出てきなよ!!」
イストがそう叫ぶと正面の木の影から数人の黄色い布を頭に巻いた集団が現れた。
そのうちの1人が俺たちの方へと近づいてきた。
「よくいらっしゃいましたお嬢さん、そして賞金首さん。私たちはあなた達を歓迎いたします。あ、私はこの集団の副団長テリヤと申します。以後お見知り置きを……いや以後はないか」
気味の悪い人間だ。
顔に笑みを浮かべニヤニヤとこちらを見つめてくる。
「カリドさんのことですから上手くやると思っていたのですが……あの轟音の矢が放たれそしてあなた方2人が生き延びているということは……カリドさんは死んでしまったのでしょうね……なんと嘆かわしい。我々の団長が死んでしまうとは」
「団長!?私師匠からそんなこと聞いたことない!」
「でしょうね。あなたにだけはバレないように行動されていましたから。不思議に思いませんでしたか?2人で行けば荷物運びも楽になるはずなのに何故あなたをドスキモスに連れて行かなかったのか。理由は簡単。我々はあくまで非合法な狩り団体。獣以外も狩りますから。だからあなたを近づけたくなかったみたいですね」
獣以外も狩る。
それが意味すること。
簡単だ。ようは殺し屋というわけだ。
「カリドさんは元とはいえ最強の狩人。弓を使えば右に出るものはそうはいない。その腕を使ってカリドさんは見事に目標を殺してくれました。彼は金さえ積めばどんな暗殺でも請け負ってくれましたから」
「そんな……」
自分が師と仰いでいた人間の最悪な一面を知ったイストは膝から崩れ落ちた。
「さてさて、これ以上話すことはないでしょう。私たちも仕事といきましょう。皆さん、彼を殺さない程度に痛めつけて捕らえてください。あ、彼女の方もですよ。彼女は後で私が美味しくいただきますからっ!」
部下に命令を出しながら舌舐めずりをする。
「全く、テリヤさん終わったら俺たちにも回してくださいよ?いつも壊して使い物にならないやつしか回してくれないんだから」
「善処しましょう」
「というわけだ。俺たちも仕事だから勘弁してくれな。なに痛いのは最初だけだ。慣れればどってことねぇさ」
周囲を賊に囲まれる。
逃げ場はない。
やらなければやられる。
「イスト!!」
「……大丈夫よ、ちょっと私に人を見る目がなかったことが悲しくなってただけ。もう大丈夫だから。私も戦うわ!!」
賊の掛け声で戦いは始まった。




