事は突然に
俺たちが村に滞在し始めてから1ヶ月が過ぎた。
俺たちは相変わらず狩りと村への奉仕の日々を続けていた。
草抜き、家屋の修理、荷運び、肩揉み、子守……といいように使われていた。
まぁそれ故、村の人々とも打ち解け、今ではもう村の一員と言ってもいいくらいの関係を築いただろう。
外に出れば
「おーいアルマ!こっち来て畑耕すの手伝ってくれー!」
「あ、アルマ!荷物があるんだ。隣の家まで運んでくれ」
「アルマ!買い物行く元気がないから行ってきてー」
と声をかけられるほどに大人気なのである。
…………いや、ただのパシリか。
明らかに最後のは悪意があるだろう。
俺はそこまでする義理はないと思うのだが。
とはいえ村に馴染めたのはいい事だ。
1ヶ月が経ってもこの村には手配書が届く事はなかった。
手配書がない村で身を隠し、資金を稼ぐ。
上手くいきすぎていると思う。
1ヶ月がすぎた今、逃走費用はある程度貯まり、そろそろ潜伏場所を変えても大丈夫なくらいにはなっている。
しかしこの村は居心地が良すぎるあまり、つい長居をしてしまっている。
俺もイストもそろそろ移動を考えているとは思うのだが、なかなか言い出せずにいた。
そして今日もイストは狩りに、俺はパシリ……村への奉仕に向かい、それぞれの仕事を終え、宿に戻った。
いつもと変わらない日々。
そう思っていた。
ただ一つ違ったことといえば、今日の晩飯が少しだけ豪華だった。
イストが狩った獲物の肉を贅沢に丸焼きにし俺たちに振る舞われた。
最初は何か罠があるのではと思ったが、イストは毒はないと言った。
なんでもこの1ヶ月村のために頑張ってくれた俺たちへの村人からの感謝の気持ちだということらしい。
この世界に来てから感謝されるなんて思ってもいなかったから、俺は不意に涙が出そうになった。
そして丸焼きを残さずたいらげ、俺は感謝を伝えるために村長宅を訪ねることにした。
まぁ斜め向かいだからすぐ着くんだけどね。
宿からふらっと村長宅の玄関に行く。
そしてドアをノックしようとしたとき、中から聞こえた声にその手を止めた。
「………上手くいっているみたいだな」
村長とは違う男の声だ。
村人の誰かか?
「え、ええ。もちろんですとも……カイチ様のおっしゃった通りに……」
……カイチ様?
「このまま演じ続けろ。明日にはドスキモスの精鋭部隊が到着する。ちなみに俺たちは様子を見るために先行してきたのだがな。呑気そうに暮らしてやがるあいつを見て……笑いが止まらなかったぞ!お前らが全員あいつを騙しているってことに全く気がついていないじゃないか……!滑稽な野郎だ」
「は、ははっ全くもってその通りですな……」
……騙している?
村人たちが俺たちを?
あんなに親切にしてくれた村人たちが?
「逃げなきゃ………「そこでなにしてるんだアルマ」……!」
扉の前で息を殺し中の様子を窺っていた俺の背後から声をかけられた。
俺たちが泊まっている宿の店主の声だ。
その声はいつもの優しく気前のいいオヤジの声ではない。
明らかに人を脅すときの声だ。
「中に……入らないのか?」
「い、いや俺は……」
「そうかなら俺が開けてやる。そこをどけ」
店主は俺を押し除け村長の家に入ろうとする。
そして家の中からも、
「おい、そこにいるのはだれだ!!」
叫び声が聞こえた。
間違いない。
鶏内 充の声だ。
足音が近づいてくる。
……逃げるしかない!!
俺は扉が開くとほぼ同時に地面を蹴って駆け出した。
「東!!待ちやがれ!!」
鎧を着ているのか、動きはあまり早くない。
これなら逃げ切れる。
イストはどうする?
声をかけるにも宿に入れば逃げ場はない。
しかし置いて逃げるわけにはいかない。
この世界において唯一俺の味方をしてくれた相手を置いて逃げるなどあり得ない。
どうすればいい…….
「アズマ!!こっち!早く」
「イスト!!」
村長の家が接する道の先に荷物を背負い手を振っていた。
すでに逃げる準備をしていたかのようだ。
俺は道を走り、イストに追いつく。
そして村を出るべく、門の方を目指す。
「イスト、なんで逃げる準備ができてたの?」
走りながらイストにそう聞くと
「今日は明らかに村人たちの様子がおかしかったから。極め付けは今日の晩ご飯。何か最後の晩餐のような気がして……万が一のためにも準備していたの。で、アズマが宿から出た後、神妙な面持ちをした店主が出て行くのに気付いて、部屋から飛びでたのよ」
なんとできる相棒なのでしょうか。
俺にはそんな危険察知能力はない。
村人たちの異変にすら気付いていなかったくらいだ。
あまり大きくない村だ。
門まではすぐに着いたのだが……
「やっぱり……囲まれてるよね」
入り口は完全に畑農具で武装した村人たちによって固められていた。
「外にはおそらく鶏内が連れてきた兵隊がいると思うし……でも村にいれば明日には精鋭部隊がこの村に到着するみたいだから外に出るしかない」
「じゃあ……柵を壊しましょう。登るよりも壊したほうがずっと早いから。この際音が立って人が集まってこようと邪魔をするなら殺してでも駆け抜けるわよ」
逃げるならば悪人でない人間でも殺すしかない。
俺はこの世界では逃走者で犯罪者だ。
今更人を殺すことぐらい躊躇っていてどうする。
しかもここは日本じゃない。
例えここで人を殺して元の世界に帰ったところで犯罪になるわけじゃない。
ならば覚悟を決めるしかない。
「……それでいこう。イスト柵は俺が壊すよ。壁を壊すと同時に2人で外に出て左右の確認。敵がいない方に全力疾走で向かう。両方ある場合は比較的少ない方を選択するということで大丈夫?」
「分かったわ。じゃあ村人がいない方までは私が先導するから着いてきて」
そう言ってイストは門に向かって右側方向へ走り出した。
程なくして柵に到着。
2.5メートルくらいある柵を持っていた剣で思いっきり叩く。
すると案外あっさりと壊すことができた。
しかし高い柵が倒れたのだ。
かなりの音が鳴り響いた。
「こっちは5人!!そっちは!?」
「こっちはゼロよ!!」
「了解!!じゃあそっちに行こう!!」
村から出て左側には兵隊がいたので、右側方向へ全力疾走で駆け抜ける。
後ろから待て!!という声が聞こえるが止まるはずもない。
村から脱出に成功した。
「なんて思ってるんじゃないかな、東くん」
ふと俺の左側から声がかかり、顔を向けるとそこには鶏内とは違うもう一人のAクラスの生徒が並走していた。