英語の教科書を借りに来ただけなのに……
ダーク系が書きたいと思って書いてみました!読んでいただけると幸いです。
はぁ……はぁ……
『おい!どこに行った!!』
『まだそう遠くに行ってないはずだ!!人数を追加して探せ!!』
はぁ……はぁ……
『絶対に逃すんじゃないぞ!!見つけ次第殺せ!!』
なんで……
『こっちだ!!こっちに人が通った跡がある!!』
くそっ!足音が近づいてくる!
このままここに隠れていていいのか!?
『間違いなくこの辺りにいるはずだ!!』
暗い穴の中俺は身をかがめ息を潜める。
『足跡が途切れた!この付近をくまなく探せ!!』
……見つかるのも時間の問題か……
ぐっと目を閉じ俺はその時を待った。
なんで……なんで俺がこんな目に遭わなければならないんだ……
俺はただ英語の教科書を借りに行っただけなのに……
◇◆◇◆
私立盈帝学園高等学校。
俺、東 健吾はそこに通う2年生だ。
これと言った特徴もない平凡な高校生。
特に目立つこともなくただのうのうと学生生活を送っていた。
そんなある日、俺は英語の教科書を忘れた。
うちのクラス担当の教師は忘れ物に厳しい。
つまり忘れたとなればかなり面倒なことになる。
「仕方がない、新堂のやつに借りるか」
俺は席を立ち、隣のクラスの友人新堂 翼に教科書を借りることにした。
彼女は家が隣ということもあって幼い頃からの腐れ縁だ。
廊下に出て新堂のいるAクラスの扉に手をかけた時、急に教室内が紫色の光によって包まれた。
そう俺はこの時に気にせず教室に入るのではなく、危険を察知して後退するのが正しかったのだろう。
しかし英語の教科書のことしか考えてなかった俺は気にすることなく教室に入ってしまった。
「おーい新堂ー、英語の教科書貸してくれー。このままじゃ俺、鶴岡に怒られちまうよ」
「健吾!?今はそれどころじゃ!!きゃーー!!」
「うおっ!!」
新堂の言葉を遮るように光は輝きを増し、俺たちの視界を完全に奪ってしまった。
そして次にAクラス総勢30人と俺が見た光景とは、とてつもなく広い部屋とその中央に伸びる赤い絨毯。そしてその一番奥にたたずむ頭に王冠を乗せたおっさんプラス側近と思わしき人物と数人の警備兵が立っている。
まぁ見た目からして国王だろう。
どうやら状況から考えて俺たちは異世界へと転移したらしい。
まぁこんなことはよくあることだろう。
別に今更驚くこともない。
……ってんなわけねぇか。
どう考えても現実離れしすぎやろ。
こういった類を好む連中は「異世界転移キター!!」なんぞと叫んでいるが、ほんの一部であり(まぁ俺もどちらかと言えばその一部に含まれるわけだが)大半の奴らは友人同士で固まり、怯えている。
こちらの方が普通の反応と言えるだろう。
「ねぇ健吾……私たちに何が起きたのかな……?これ健吾がよく読んでる漫画とかと似たようなことが起きてるんだけど」
不安そうな顔をした新堂が近づいてきた。
「さぁな。俺にも分からん。ただあの辺のオタクどもが叫んでることで間違い無いんじゃないか。状況から考えても」
「……やっぱりそうだよね……」
俺の隣に腰を下ろし、膝に顔を埋める。
こういう時にどう声をかければいいか俺には分からない。
なにせ生まれてこの方まともに会話をした女子といえば新堂ただ1人だ。
それ以外の女子とは必要なこと以外話した覚えがない。
そんな彼らをよそに国王と思わしき人物が
「よくぞ参られた救世主達よ!ワシの名はクレイド・ドスキモス、このドスキモス王国の国王じゃ!」
やっぱり国王か。
王冠だけじゃない。その太った体と似合わないウェーブのかかった金髪もいかにもって感じだもんな。
「突然の召喚すまないと思っている。しかし我々にも相応の事情というものがあってじゃな……今この世界は魔王ディレクによって支配されようとしているのじゃ。だから君たち救世主に魔王を倒し世界を救って欲しいのじゃ」
無難・ザ・無難。
面白みにかけるとはまさにこのこと。
魔王が暴れてるから異世界から勇者を呼んで対抗しようなんて今更流行らないぞ?
「ちょっと待ってください!!」
そう叫ぶのはAクラス学級委員長、佐々木 塔矢。
「そんなことを急に言われても納得できない!我々は普通の高校生だ。戦ったこともなければそれをする技量もない!だから僕たちを元の世界に帰してください!」
素晴らしいリーダーシップだ。
言っていることも素晴らしい。
そんな佐々木を国王は鼻で笑い、
「何をおっしゃるか救世主殿。魔王を倒すまで元の世界に帰すことはできない。なぜならワシらには召喚することは出来ても元の世界に帰す魔法は生憎持ち合わせておらんからな」
「なっ………!!ふざないでください!!」
「ふざけてなどおらんよ。ワシらは大真面目じゃ。まぁそうじゃな……帰す魔法は持ち合わせておらんが、この城から追い出す魔法はあるのじゃ。つまりどういうことかわかるかの?」
国王の言うことはつまりこうだ。
ワシに従わなければこの城から追い出す、知らない世界で路頭に迷え
心ゆくまでクソ野郎だな。
ま、異世界の国王なんざ大抵はこんな奴だろう。
「あのー、国王陛下。拙者から1つ質問よろしいでしょうか?拙者達は魔王を倒すためにこの世界に召喚された。ならば我々にはそれなりの能力や職業が付与されているのではありませんかな?」
Aクラス最強のオタ、大田 蓮が固まってしまった佐々木のかわりに口を開いた。
さすがはオタ、この状況でいつもよりも冷静に見える。
「もちろんじゃとも!ほら救世主殿、ステータスと唱えてみるのじゃ。そうすれば自分に付与された能力が分かるじゃろう」
「なるほど……では『ステータス!』……フォォォー!!拙者まさかの忍びではないですか!!ふふっ!ついに拙者の真の力が発揮される時がきたでござるな!!」
早速語尾がござるになってるぞー。
順応性の高さに驚きだ。
さて……俺もやってみますか…『ステータス』っと。
そう唱えると、目の前にスクリーンウィンドウが現れた。
そこに書かれていたのはただの一行だけ。
『あなたは勇者です』
それだけ?と思った。
普通だったらその下に能力値とか書いてあるものだろ。
手抜きにも程があるんじゃないか?
俺につられたのか新堂もステータスと呟いた。
「氷の魔術師……」
「なぁ新堂、書いてあるのはそれだけか?」
「え?うん、そうだよ。あなたは氷の魔術師ですとしか書かれていないよ」
おそらくクラス全員がそうなのだろう。
……にしても俺が勇者だと……!
はぁ……まったく……テンション上がってきたな!
っといかんいかん。これではオタと一緒じゃないか。
でも勇者だろ?間違いなく俺は主人公というわけさ。
元の世界で特に特徴のなかった俺が異世界で勇者になる。
ああ素晴らしきかな異世界転移。
「さて、救世主達よ。この中に1人、勇者の能力を手に入れた者がおろう。手を上げるのじゃ」
こうみんなの前で手を上げるのは恥ずかしいんだがな……
まぁ仕方がない。
「「はい」」
……ん?佐々木どうしたんだ?
何か気になることがあったのか?
でも今はタイミングとしては間違っているぞ?
ほら国王も困っているじゃないか。
「……ワシは勇者に手を上げろと言ったのじゃが……どちらが勇者じゃ?」
「「俺(僕)です」」
「……どちらが嘘をついているのじゃ?」
「俺は嘘をついていない」
「僕もそうだ」
国王が頭を抱える。
それもそうだ。なにせ1人しか現れないはずの勇者が2人現れたのだ。
しかし妙だ。あの佐々木が嘘をついてまで勇者と言い張りたい理由はなんだ?
見栄か?それともただ目立ちたいだけか?
分からない。
「……1つ確認するんじゃが、救世主達は盈帝高校の2年Aクラスの生徒30人で間違いないかの?」
Aクラス……
その言葉にどきっとする。
俺はBクラス、つまりはこの世界に呼ばれるべき人間ではなかったということか。
「東殿を除く、30人がAクラスでござるな」
「なるほど。つまりは……貴様が偽物ということか」
国王が俺を睨む。
いや、おかしい!
たしかに俺はAクラスじゃない。
だが勇者の能力は間違いなく付与されている。
「警備兵たちよ。やつを捕らえるのじゃ。勇者を騙る不届き者を捕らえ処刑に処すのじゃ!」
処刑ーー
殺される。
そう思った瞬間俺は走り出した。
この広間入口にはたまたま警備兵がいなかった。
俺は入口から飛び出し、長い廊下を抜けて窓から外へと駆け抜けた。
ただ生きるため。
頭に浮かぶのはそれだけ。
死にたくない死にたくない死にたくない!!!
「早くやつを捕らえよ!!絶対に逃すでないぞ!!」
ここからは本当に運が良かったと思う。
警備兵の警戒を潜り抜け街を出ることに成功した。
近くにあった森に駆け込み、隠れることが出来そうな穴を見つけた。
そして今に至る。
近くにいる警備兵。
終わりを覚悟した。
『おい!こっちにも足跡があるぞ!!』
『本当か!?全員転進だ!我らが発見し、褒美を受けるぞ!!』
『おおー!!』
足音が遠ざかっていく。
助かった……のか?
まだ安心はできない。
夜が明けるまでは……ここに隠れていよう。
………なぜこうなったんだろう。
俺は英語の教科書を借りに行っただけなのに。