03話:オレの初恋は無残に散ったのです。助っ人あるあるのアレで。
余暇の三分の一を友達との外遊びに、そして栄えある三分の二を家庭用ゲームに費やす。
(余談ではあるが、00年代中期の小学生男子にとってのアウトドアとは、殆どの場合、公園などで任○堂ディー○スで対戦or協力ゲームに興じる事を意味する)
そんなある日曜の昼下がり、姉がコントローラーを手にデリクエのストーリーを進めるのを横で眺めていた。
シナリオの一環で、これまで旅をしてきた中で得た情報を父親である王様に伝えるため、生まれ故郷の王都へ帰る事となったデリータ姫。
全フィールド中、故郷を含めた六つの大陸のうち五つを攻略した後だったからか、セリフが聊か説明臭かったのを覚えている。
王都の名はヴァロア、王城はテュイルリエ城。王の名はデュシェーヌ王。
居住地区をすっぽりと囲んだ城塞と“外”を結ぶ堅牢な城門の手前でキャラクター達が止まり、画面が僅かにスクロールした。
イベント発生の合図だ。
剣士、咒法使い、デリータ姫の列から、最後尾のフリージアだけが数歩遅れたまま立ち止まっている。
友人の様子に気付いたデリータ姫が後方へ向かい、メッセージウィンドウが開かれる。
人物名の上に該当キャラの胸から上のイラストが表示された。デリータ姫は愛らしく、フリージアは美しい。
文字に合わせてポポポ、と機械音が鳴る。
『フリージア、どうしたの? 早く行こう』
『いいえ、デリータ。ここでお別れ』
『え? なぜなの? いやよ、そんなの』
『理由は言えない。ごめんなさい、さよなら』
会話にもなっていないような短いやり取りで二人の対峙は打ち切られ、フリージアは画面外にフェードアウトする。
そう。
途中で強制加入したキャラが途中で強制離脱するというやつ。
プレイヤーが熱心であればあるほど無情に、残酷無比に、絶望の淵へと突き落とされる、ありがちな展開である。
前情報を持たざるオレの後頭部がザワっと鳥肌を立てる。
は?
おいおい待てよ。なんだよそれ。ウッソだろ???
混乱しきりのこちらを置いてけぼりにして、姉は淡々とイベントを消化した。
姉はデリータ姫を操作して跳ね上げ門をくぐる。フリージアは戻って来ない。
旅立ちの始まりの地テュイルリエ城に入る。フリージアは戻って来ない。
デリータ姫の父デュシェーヌ王と会う。フリージアは戻って来ない。
各地の情報を伝えて、王都を出る。フリージアは戻って来ない。
マジか。
本気と書いてマジなのかフリージア。
オレの初恋の愛しい彼女は、オレの汗と涙の結晶である激レア巻物の恩恵と、その時点での最強武器&防具を全部持ち逃げしたのだ。
悲しげに一筋の涙を流すスチルだけを残して。
オレは泣いた。
平然とゲームを続ける姉の横で盛大に泣いた。
フィールドマップに降り立ち、コントローラーを手渡してくる姉に「お前の番!」と叩かれるのにも構わず泣いた。
受け取ってやる余裕もなく涙を流していたらコントローラーの角で殴られて痛くて泣いた。
後日談ではあるが、フリージアがゲーマー達の間で巻物泥棒と呼ばれている事を高校生となった頃に知る。
オレと同じ経験をした人が他にもいた事も。
そしてやはり、彼らもオレと同じく彼女を憎みきれなかった事も。
だがその瞬間のオレには愕然と狼狽と銷魂しかなかった。
初恋の相手を恨みすらした。たかがゲームに、などとは考えられなかった。
小学生男子の世界と情熱と純情とはそういったもんである。
……なんて、幼少期のほろ苦くも切ない取り留めのない事を。オレは。
「ぅひぃいいーッ 裂けるー! いだいー! いだぁああー!!」
「我慢しろー! お母さんになるんだろーっ! はい息んでー! 息めーーー!!!」
やだあ、もういたいのやだよォー。と、簡易な椅子に座らされて絶賛喚き中の女の身で、思い出したのだった。