18話:中世(風)の馬車が快適って錯覚どこから来た?!
夜も明けたばかりというのに、穀倉庫周辺は早くも賑やかだ。
馬車の荷台に村の男が総出で貢租となる小麦の入った袋を積む。
1人頭で50kg、100人だと5000kg。これを女の肩くらいの体高をしたポニーを2頭繋いだ荷馬車2台に分けて、レーヴェ邸まで運ぶというのだから、税の重量ってえげつない。
オディロン様所有のポニーは全部で6頭。4頭が運送を担い、年寄りの2頭は留守番である。
実はフリージアが寝ている合間を見て、オレは一昨日に荷台を雑巾でめっちゃピッカピカにした。
いや所詮は磨いてもニス塗ってもいない木製だから光らんけど。
むしろベイベーにしょっちゅう泣かれて中断してたから角の方とか汚れ落としきれてないけど。
でも蜘蛛の巣とか固まった謎の泥状物質とかスゴかったんだよ? ほめて?
横面にレーヴェ家の印が彫られてるの発見したわ。拭かなきゃ分からなかったわ。ほめて?
などとは曖気にも出さず内心だけで凄んでいると、見る間に小麦の載積が終わった。
片方の御者席の両端に香草の束を、もう片方の荷台に着替えと家財道具の入ったチェストと鍋を置いた旦那様(仮)が、表へ出ていた酒場の亭主に対して挨拶を交わす。
それから差配役然とした風情で、民衆へ向けて一言。
「行ってくる」
キリリと真面目な表情をしたオディロン様が先導する荷馬車の御者席に。
フリージアをスリング状の長布で抱えたオレが後続の、チェストと鍋がある方の御者席に乗り、いざ、出発!
意気揚々たる高揚感で胸が高鳴るオレ。
しかし。
旦那様(仮)から軽く鞭をかけられたポニーさん達が村の小道を歩き出し、釣られてこちらのポニーさん達も歩き始めて早速に問題が発生した。
馬車がゴトンでオレもゴトン。
ゴトンwwwやばwwウケるwwwww
……とか草生やしてる場合じゃねえー!
2時間以上もゴトンし続けたらケツと腰と背中と腹と肩と首と顎が即ち全身の肉と関節が死んじゃうー!
一体どういう事よサスペンションないの?
こう、車軸と車体の間に……アッ、そういやねえわ!
荷台にも車軸にも形跡なかったし組み立てる時も新たに取り付けた様子なかったわ!!
えー。ウソだぁー。
だって中世風が舞台のよくあるフィクションにおける馬車の旅っつったら、快適とまではいかないにしろ和気藹々のリラックスタイムが挟まれるシーンなハズだろ。
何よ何だよ何なのよ。デリクエってフィクションそのものじゃなかったっけ?
ポテンヒットのJRPGでしたよな???
またしても製作者のコダワリポインツってやつ? やだ、やめてマジで。
確かにプレイ中のデリータ姫は常に徒歩だったけどさあ。
「あのボスしつこすぎっしょ」「それな」「早く宿で休みたーい」とか「お嬢ちゃん、どこからきたんだい?」「あそこの村から」とかありがちな会話絶対無理じゃん。
ウッカリ口でも開こうものならもう絶対すぐ舌噛む。
車体に背中を預けて仰向け気味に浅く座る奴なんか速攻で腰いわすやん。ヘルニア確定やん。
しくじった。やっちまった。
車輪が木製の時点でこうなる事態を予測しておくべきだった。
いっそ歩いた方がマシなのに、なにゆえどうしてその発想が浮かばなかったオレのバカ。
納税の宣言した直後に同行者が御者席を下りるとか旦那様(仮)の世間体が地に落ちる。
恥辱これに極めり的なアレ。
それにしても砂利と窪みが其処彼処に犇いている状態ではゴトンって表現なんて生温すぎる。
ゴンゴンゴンゴンゴットンゴンゴンゴンゴンがエンドレス。
フリージアもほっぺプリプリプリプリ頭ガクンほっぺプリプリプリプリがエンドレス。
街道の手前まで来てみて悟ったけど簡易な地獄だコレ!
道理でオディロン様がキリリとキメ顔したはずだよ。もう大変な使命だわ。
そりゃ大多数の平民も旅出ねえわ。各種通行税もそうだけど道程自体がキツすぎるわ。
あらフリージア起きた。マジかみたいな顔してこっち見てる。様子的に泣く。
ほっぺプリプリプリプリ頭ガクン「ぅう゛え゛え゛~」
はい泣いたー!!!
ゴメンね下りようね歩こうね! メンツより赤子の無事確保大事だもんね!
旦那様(仮)も心配そうにこっちチラッチラッ盗み見し放題状態だもんね!
どうにか歩を止めさせずに御者席を降り、仲良く並んで荷を運ぶポニーの横につく。
踏まれないよう気を配りながら体重を少しだけその横腹に預けた。
長い鬣を垂らした短い首がコーラルの目先でゆったりと揺れている。
くすんだ体毛に焦げ茶色の鬣。引き締まった体躯からすらりと逞しい脚が伸び、器具をかけてズシズシ歩かされる農耕馬よりも自由に駆ける姿が似合いそうだ。
跨がれたら随分と楽しかろうな。
畑の間を抜けてから更に10分ほどで広い道が現れる。
行く手を見遣れば、来た当初と同じく地平線にレーヴェ邸の屋根の天辺が突き出していた。
来し方を眺めれば、村落の景色。密集していない家々、川沿いのパン屋と水車小屋、村外れに近い場所に置かれた多数の野壺。
川を挟んだ向かい側に鬱蒼としていない林が静かに佇んでいる。あそこは人の領分だ。
デリクエの森林エリアでは、夜間にトカゲのような魔物がエンカウントしてきては『ヤクルス が 落ちてきた!』の文字と共に必ず先制攻撃されたので毎回イラッとした覚えがある。
でも、周囲をハーブで囲んだ、疎らな老木+若木と切り株の割合が半々くらいの林にヤクルスはいない。とても安心。
今、村落の境界を越え、荒地を過ぎ、オレ達がいるのは、馬車が擦れ違える幅の街道。
建設直後は恐らく某カンザスから飛ばされた女の子が緑色に輝く都を目指す御伽話で歩む道に匹敵するほど美しい煉瓦敷きだったであろう。
今や風化と損傷で見るも無残な有り様である。
土に埋もれたレンガの欠片と、その隙間にボツボツと生えた雑草。
嘗ては魔物の侵入を防ぐために道の両側を保っていた魔除け効果がある香草の長い列は枯れ、或いは野生化して荒地に呑まれ、役目を果たす事はもう二度とない。
先行する旦那様(仮)の御者席に未乾燥の香草が積まれているのはそれが理由だ。
街道は安全地帯ではない。証拠とでもいうように、ズワイテの草原エリアでよく出現していた雑魚敵角ウサギの上位種特有の羽先が立ち枯れした灌木の影から覗いている。
ほーらフリージアちゃん、見てごらーん。ウサちゃんだよー。茶色いねー。羽生えてるねー。
ねー。
すごいねー。
……スッゲーー怖えーーーー!!!!!
なにあの、なに?
いやいやいやあれあのあれ隠れてるつもりなのあれガッツリめに見えちゃってんだけどディテールがクッソ恐ろしいんだけど。
ウサちゃんなんて形容が許され得る範囲を軽々しく超越してんだけど?
愛らしさの欠片もない野性の害意モロ出しな眼差しがオレらを射抜きにかかってんだけど???
でもでもデリクエだと結構キュートさ有ったのに……エッ、画素数? データ用量の関係で表現できなかった系?
デリクエのモンスターデザイナーふざけてんの?? それともドット絵に起こしたグラフィッカーの仕業ですかァ???
野兎より確実に2回りはデケぇーー!
頭からニョキってる角超枝分かれしてるーーーー!! しかも先っぽ超尖ってるゥーーーーッ!!! 外敵殺す気満々ーーーーッ!!!!!
翼になってる耳の形状超リアルでキモーーーーッ!!!! 怖わぁーーーーーッ!!!!!!!!
ハンバァーーーーグ!!!(混乱)
ど、ど、どっか隠れる場所ないか。とりあえず安全なトコ行きたい。一旦落ち着かせて。
だ、駄目だいけないそれだけは待て慌てるなこれは孔明の罠だ冷静になれビークールだパリラの語源は天パのゴリラであってテンパってるゴリラじゃないぞオレ。
位置関係はポニー・オレ・道の向こうの灌木の影に角ウサギの上位種。
つまりオレが温厚な反面臆病で恐慌に陥りやすいポニーの衝立の役割になっている訳で、もし衝立が現在の位置から消えれば、既に若干不穏になりかけ始めな聡い家畜は哀れ魔獣の害意に晒される。
するとどうなるか。
2頭の無邪気なポニーさんはヒヒィーンと戦慄いて暴走し、前の荷馬車に激突。真後ろから衝撃に襲われたポニーさん達もオディロン様を乗せたまま暴走。
魔避けの香草積んだ荷馬車が走り去り、効力外に取り残されたオレとフリージアはデリクエ終盤一歩手前の草原エリアに生息する魔獣にやられて死ぬ。
ヤダーーーーーー!!!!!!!
「だ、だんなさま」
声メッチャ震えるやんけオレの声帯役立たず!
「大丈夫だよ、コーラル」
頼もしいけどオディロン様も顔面蒼白だな!
「ほ、ほ、ほんとう、ですか」
オレ情けねー。けどしょーがねー。記念したくない魔獣初遭遇だもの。
ウサギ風情だけど人間が殺られる側だって本能ガンガン警鐘鳴らしてくる。
そらもう膝だって笑っちゃうわ。
「ああ。何があっても、僕が守るから」
無理じゃい!!!!!!
ごめんホント思わずツッコンじゃったけど保証もなしに安請け合いはやっちゃいかんよ旦那様(仮)。
ゲーム内でも最低レベル40ないと雑魚敵にすら嬲り殺される地だよズワイテって土地は。
コーラルなんて処刑されモブだしお前だって自殺モブだろ。いやモブ未満だろ。戦いのステージに立つ資格さえ持ってねえよ。お互いに。
「おそわれる、まえに、い、い、行きましょう」
オレはそう言って、口元を固く閉じてソワソワと耳を動かすポニーに、やっとこさドウドウと声をかけ、首筋を撫でて歩行を促す。
軽めに揉んでやると落ち着きを取り戻してくれたのか、目を狭めてブルブルと鼻を鳴らし、後ろ肢を先へと踏み出した。
旦那様(仮)が繰る荷台の車輪も回り始める。
ヨッシャ! この調子で慌てず騒がずゆっくりとそれでいて着実に逃げるぞオラァ!