17話:存外簡単だったー!
起きてるうちにバスケットに置くと泣くフリージアちゃんを抱え、しかしオレには秘策があった。
オレの肌着からオシメを、旦那様(仮)の長靴下からベビー服を、旦那様(仮)の上衣からお包みを作り、それらを身に付けるフリージアは、生後1ヶ月にも関わらずパパっ子の萌芽を表し始めている。
例えばグズッててもオディロン様が抱き上げると即泣き止む。
あやし方なんかオレに対するよりもオディロン様への方が良い笑顔でニコって返す。
夜は寝てるオディロン様の胸の上で大人しくスヤァだ。
お陰様だかで空腹を夜間の活動時間に合わせてくれてる感さえある。
エッ?
嫉妬?
そそ、そ、そんなの、しししてねえし。ホントだし。嘘じゃねえし。
変な言い掛かりすんのやめてくれるぅ?(錯乱)
いやあれよ。成り行き(?)で女体になった訳ではあるけど、今は人の親なんだなーって実感してる。
ただママでちゅよー的な母性的なアレは未だに全然わからねえ。
寝てる顔かわいいなとか守り育てなきゃなとは思うけど、そうしたい!っていうのが、何か……薄い?
オレよりパパに懐いてない? とか思ってないからね?
オレもある意味パパなんだけど? とか思ってもみてないからね?
腹痛めて娘は勿論超可愛いんだけどね? 真顔塩対応にヘコんでないからね?
そんな微妙な悩みを抱えるコーラルのすぐそばで、オレが仕向けているとはいえ順調に子煩悩お父ちゃん化しちゃってる旦那様(仮)。
仕事モードの時は公私を切り替えて我が子と極力接しないようにしつつの夕方には、もう、フリージアを目に入れても痛くないモード突入である。
そう。子煩悩パパ化するようこっちから仕向けたんだから別に嫉妬なんてしていないオレの妙なる秘策とは!
フリージアの世話、パパに丸投げ。
以上です!
オディロン様の里帰り(と、オレとフリージアの同行)を明日に控え、支度の時間を夕過ぎに回す。
前世の旅行感覚でいえば暴挙でしかない。確実に忘れ物するパティーンのやつ。
されどここは中世ヨーロッパ風RPG……の、田舎。ド田舎。片田舎。
チェストと呼ばれる椅子くらいの箱に被服や食器類などの財産を入れれば終了だ。
服を3着持っている女は果報者といい、コーラルにはその通りにコットが3着ある。肌着は2枚。
旦那様(仮)は外套のケープ1着、チュニックが2着、肌着が3枚、長靴下が2足。
更にシャペロンという、赤ずきんちゃんの頭巾がもう少し短くなった形状のものが1頭ずつ。
チェストに着ていない服を畳んで入れて、明日の朝はその上に調理器具とカトラリーと皿を置いて蓋を閉じれば準備万端。
楽ゥー。超楽ゥー。
電車やら飛行機やらで移動中の、もう一旦帰宅とか無理な距離で愛用の髭剃りがないのに気づいて落胆したり、充電器やらイヤホンやらコードが絡まってヴボホーッ(怒)とかならないシンプルライフとんでもねー楽ゥー。
ついでに今日作った……ボ、ボルシチ? の鍋に蓋して汁が漏れないようにテーブルクロスで巻いて縛って持参すれば料理できる女中アピールも出来ちゃうって寸法よォ!!
ヒャッホー! 手に職つければ何とかなるって古今東西いろんな人がゆってるぅー!
旦那様(仮)の現地妻を解任されても大丈夫な気がしてきたー!!!
だから早く帰ってきて旦那様(仮)ー!!
順調に育ってきてるフリージアちゃんを抱え続けるにはコーラルの筋力が圧倒的に足りてないから腕ツライのォーー!!
腰も背中もキツいのォー!!!!!
椅子に座りたいけど立ってゆらゆらしてないと泣くんですゥー!!!
オディロン様の帰宅はいつもと同じ夕暮れ時。
午餐を終えて食器拭いた布巾も洗えないまま、おっぱいとオムツ交換と「オッ寝たから置いてみよ……ダメだ起きた!」を延々と繰り返したオレが全部諦めた後の事でした。
我が子の顔見て目尻下がってる系の好青年にフリージアを任せて夕食の準備に取り掛かる。
何でもない普通の日の夕飯っていいよね。
黒パンを何枚かスライスしてピクルスかチーズを添えれば済むんだから。
食卓の彩りとして登場するチーズ。コイツは中々の曲者だ。
ザインの輸出品で、前世で記憶している食べ物とは幾分か異なり、なんと山羊乳から作られている。
その製法は秘匿であり、また輸送に時間がかかるため取引価格がクソ高くてしかも何か臭い。臭くてエグくて塩辛れえ。
コーラルがどうだったかは知らんけどオレこういうの好きじゃない。
というわけで希少品は全てオディロン様に押し付け……譲り、オレはピクルスをポーリポリしちゃう。
分かち合わなくても大丈夫だって。酸っぱい漬物食えればそれでいいから遠慮すんなって。
通例の祈りを水の精霊に捧げ、黙々と食事が開始される。
旦那様(仮)はいつも通りだが、オレは最近慌しい。
理由? そりゃアナタ、ゆっくりメシ食おうにも、放置の時間がちょっとでも長いと感じたら途端にフリージアがヌヒィーンと泣き出すからですの事よ。
ついこのあいだまで腹の中にいた乳児だって産後1ヶ月も経てば寝てる時間が減るのだ。おめめパッチリで親の横顔ガン見してくるのだ。
前世で「研究結果によれば抱き癖なんて嘘さ!」と姉に教えられたオレは、毎度毎度赤子の圧力に敗北を喫してしまう。
加えて主人に不便を齎してはならぬというコーラルの女中根性がこの身に染み付いているせいもある。
先に食事を終えたオディロン様がイソイソとオレからフリージアを抱き上げてくれるので、その隙にパンとピクルスを水で掻っ込む。
父親の腕の中に収まった赤ん坊は泣き止んでニコッとしてくれても、うんことおしっこは止まりなどしない。待ったなしで垂れ流し。
ニコッ、あうー、モリモリッ、ウエーン。
そして出した汚物の処理はこっちに回ってくる。大黒柱たる旦那様(仮)そういう事しない。
食前と食後の祈りを男だけが上げるのは、こういう事が要因の1つなのかと納得してみる。
そういえば、コーラルの中でオレが記憶を取り戻してから夕食後に新しい習慣を作った。
酒場の売品棚の隅に古びた小さな縦長の馬毛ブラシが2本あったので、オディロン様に頼み込んで購入してもらい、歯磨きをするようになったのだ。
オディロン様など初めての時には怪訝さが窺い見える表情でブラシを口に突っ込んでオレの真似をした後、「確かにさっぱりするね」と得心が行った風に答えたっけ。
レーヴェ邸やこの村には鏡がないので視認不可能ではあるものの、舌の感覚でザラザラしていないから良しとする。
ハリウッド俳優みたいな綺麗に並んだ白い歯キラリとはいかないが、こんな情勢の中では上等だろう。
井戸の傍で買ったばかりのブラシを木灰などで丹念に洗っていたオレに、一体何をしているのかと農婦が聞いた。
歯ブラシとして歯を磨くのに使うのだとバカ正直に告げると、周りを囲んでいた皆は弾ける様に笑った。
黄色い乱食い歯を煌かせて黒ずんだ裏側を見せながら笑う村民の姿を思い出して、イケナイとは思いつつも優越感を覚える。
旦那様(仮)の歯の裏はオメーらと違って綺麗だぞコノヤロー。オレも多分綺麗だぞチクショーメ。
やだー、パリラくん性格よくなーい。
仕方ないだろこっちは死んだと思ったら女体に転生してて子育て中とか色々あんだよ(シャドーボクシング)
勿論この歯ブラシも明日一緒に持って行く。だって大事な財産だもん。