表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オレが母ってなんだそれ!?  作者: 嶌与一
二章:よし、生活しよう!
16/28

16話:お出かけ準備、できま……セェン!!

 この世界と地球にどれくらいの差があるのかは分からないが、同程度と仮定しよう。

 コーラルの背も比較対象がないので不明だが、他の人の頭身やパリラ時代の感覚と比較して1.5mほどと考えよう。

 身長が1.5mの人間が平野に立って遠くを見渡すと、大凡(おおよそ)で4.4km先に地平線がある。

 健康な人の歩行速度は時速4km~6km程度だから、1時間で当初に見えていた地平線の位置まで行く事ができる。


 旦那様(仮)が差配役をこなしている村落からレーヴェ邸まで約9km。

 単純計算で2時間あれば着くが、当然ながら村と目的地は平坦な1本道で繋がっている訳がない。


 ぽつぽつと建つ住宅をぐるりと囲む計60haの畑と、その先の荒れ野。街道は更にその先にある。

 荒れ野に魔獣や魔物の類いが生息している世界では、農民は一生を村落内で終える者が過半数を占める。


 人や家畜が踏みしめて草が生えていないだけの生活道から、かつては舗装されていた記憶を語る崩れた煉瓦が大小地面に埋まっている街道


が辛うじて見える。

 より正確には風に揺れる雑草やハーブの合間から覗いている。


 村の外に意識を向けると、コーラルの記憶が脳裏に再生される。

 村へと赴任するオディロン様に同行して、馬車からあの道の上に降り立った時、振り返ればレーヴェ邸の屋根の天辺が見えた。


 地平線の先。

 前世における夏休み期間の小学生ボーイ達がチャリに乗って冒険へと出発するノリで行く見知らぬ場所。

 大人からすれば車で20分もしない隣町、くらいの感覚だろう。

 しかし今オレが暮らしているこの世界では、たったそれだけの距離でも出歩く事の出来る人間は限られているのだ。


 友達集めて菓子とジュース詰めたリュック背負って出たはいいけど疲れて迷って泣きそうになる奴が出るしケンカもする。

 翌日には既に素敵な思い出となり、休み明けにはクラスでちょっとしたミスもアクセントな自慢話にしちゃう系のアレ。

 そういうノリ、農民にはない。

 至極残念。残念無念。


 季節は秋。

 周囲の夏まで麦畑だった箇所はフェンネルやセージ、ディル、サンシキスミレなどのハーブ類がそれぞれ離れた箇所に生えている。

 境界線上を築くローズマリーやラベンダーを除き、その内側に茂るハーブや庭先のベリーを管理するのは女と子供だ。


 庭に生えているシュレーエの木は実を膨らませ始めており、あと1ヶ月か2ヶ月後の初霜が下りる頃に収穫する。

 明け方の気温が氷点下となり、実が凍って皮が破れたものに蜂蜜を混ぜて煮ればジャムに、破れていない丈夫なものは塩酢漬けにすれば前世でいう梅っぽく仕上がる。

 コーラルの記憶様様(さまさま)である。

 実が食える上に枝は薪となり、樹液はインクになり、果汁は染料になる。万能な樹木だが、棘があるからと彼女は苦手だった。

 オレとしては、今年の夏は臨月間近でグーズベリーもラズベリーも他家の女に任せてしまったから、シュレーエくらい自分で収穫したいと思う。


 ベリー類やシュレーエなどは茎に鋭い棘を生やす。

 チクチクと刺さる灌木の中に手を突っ込まないと実は採れない。

 これを素にした仕事歌があり、それはこんな風に始まる。



  麦を刈るは男の仕事 果実を採るは女の仕事

  男は鎌で指を跳ね 女は棘で指を刺す


  小鳥は歌う 跳ねるは怖い

  小虫は歌う 刺されば痛い

  だから私達が取りましょう



 麦を守る男に対する小鳥を女と子供が演じ、果実を守る女に対する小虫を男が演じ、即興で応酬が続く。


 辛い労働を紛らわす手段として、また作業の進行を促す拍子として用いられる歌の旋律は、幼少期に教会で習う聖歌が下敷きとなっている。

 他にもパン屋が生地を捏ねる時にも用いられ、そういう時は木の実を宝石に、麦の粉を金砂に例えた。


 しかしオレが庭先で、畑で、川辺で、村人達が口ずさむのを耳にした多くは、仕事とは無関係な恋の歌だ。

 婚姻は親や親戚同士の縁組によってほぼ強制的に成立する事ばかりなのに、何とも不思議なものである。


 そんな歌が響き渡るであろう明日が。

 コーラルになってからのオレ、初めての外出記念日である。




 事態は先週のある昼過ぎに遡る。

 小麦の帳簿を付けていた旦那様(仮)から貢租を貴族の邸宅(ヘレンハウス)に持って行く予定日を告げられた。

 つまりそれが明日という事だ。以上です。


 他の地域がどうかは知らないが、ズワイテは特に集落間の距離が長い。

 何故かというと、ゲームの終盤になってようやく訪れられる土地であるために、雑魚敵が超強い。

 こっちの立場は前世で目にした事のあるラストダンジョン前の村のモブよりちょっとだけマシなやつ。


 単なる村人Aからすればちょっとだけなんて誤差ですよ!!

 魔除けの香草(ハーブ)切らした瞬間にエンカウント&先制攻撃されて即デッドだよ!!!


 しかも町くらいならまだしも人口100人規模の村に宿泊施設はない。

 お貴族様が雇った徴収人さまがいらっしゃっても オ・モ・テ・ナ・シ が不可能なのである。

 偉そうな輩がやって来て、偉そうに小麦の重量を数え、偉そうに田舎のメシは不味いとかゲヒャヒャりながら、偉そうに村娘なんか抱いちゃって、偉そうに賄賂せびって、偉そうに帰って行く通常の納税風景はここにはないのである。


 やったぜ!!!!!




 ごめん話が脱線したわ。

 とにかく、家令の長男様であるオディロン=バルカン・フォン・レーヴェ様の一時帰還を聞いてオレは閃いた。

 華麗なるバナナ色の脳味噌が導き出す!


 その名も!


 『じーじとばーばに孫の顔見せてメロメロにしちゃおうぜ!

  ついでにオレは女中らしく進んで雑事をこなして貞淑な手弱女っぷり発揮しちゃおうぜ!』


 作戦(サァクスェン)


 アホ丸出し? ですよねー。

 地方国立大をあまり優秀ではない成績で卒業後ブルーカラー系企業に就職したジオラマ大好き人間の思考を甘く見ないでほしい。

 異常な発想力も特殊な知識もねえぞ。

 この木の実食べれるーとかその程度だぞ。農民みんな知っとるわ。


 まあ予定を聞いて直後に作戦(サァクスェン)を思い付いたんだからオレ天才。まちがいないよ。

 コーラル特有のたどたどしい言葉と上目遣いで「旦那様、私も、行きたいです。ウヴァル様と、奥方様に、フリージア、見せたいです」と提案してみたら旦那様(仮)は「うん、いいよ。勿論だよ」と快諾してくれたので全て良し。




 外出を翌日に控えた昼下がり。オレは乳を放り出したままフリージアを抱っこしている。

 着替えとか色々と用意しなきゃいけないんですよ。わかっちゃいるんです。ええ。

 でも最近のフリージアちゃんったら親の顔が見えないと泣くのよ。

ストックが完全に尽きたので次の更新は30日にします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ