14話:オレ、ソウジ、スル。メシ、作ル。フリージア、オッパイノム、ネル。
家族全員で平和に同衾して、1晩、2晩と無事に過ぎ、そして産後1ヶ月ほど経った朝。
明け方にパン食って教会に行くオディロン様を見送り、藁と籾殻を詰めてオシメの布を敷いたバスケットにフリージアを入れ、食堂のテーブルに乗せた。
乳飲み子抱えた母親以外の村中みんなが教会に集まるのが週末で、1週間は7日間。
恐らくはユリウス暦か、それに近いものが採用されているのだろう。
家庭教師から教わった気がする。
3ヶ月ごとにそれぞれ、冬から春にかけて火の精霊が、春から夏に風の精霊が、夏から秋に水の精霊が、秋から冬に土の精霊が。月ごとに、参られ・御座し・出で座す。だったような。
つまり前世でいう1月がピュールの参られる月、2月が御座す月、3月が出で座す月となる。
しかしその時の記憶にモヤがかかっており、フォーカスの調整が非常にメンドイのでもう1月~12月でいいや。
過去のコーラル覚える気なさすぎだろ。当時の意識が全くない部外者の方が分かるって何なんだ。
それはそれとして、今のコーラルはオレである。
生活に支障がなくなったという事で免除させてもらっていた家事を一手に引き受けており、これは中々の重労働だ。
今日は週末なのでベッドの藁とシーツを外に干し、新しい藁を納屋から運び入れてベッドに敷く。
シーツは日光に当てまくった後に使い回しをする。
藁を詰め終えたらフリージアに乳をやる。
こぼれた藁屑を埃と一緒に掃き出して、板張りの床を水拭きする。
拭き終えたらフリージアに乳をやる。
そして太陽が高い位置へと昇り始めた今、午餐のメシを作っている。
作るのは炒め物。簡単だ。料理名を挙げるだけなら。
「んぬぉおおお!!」
非常に苛立たしい声が聞こえますね。オレの声です。
「ナイフぅうう! 切れ味クソだろぉおおお!!!」
そういう事です。
キッチンナイフは刃先が所々欠けてる上に殆ど丸くなってるし俎板はこれまたスゲー小っさい。
土間に置いてある机の上に俎板を乗せ、食材を切ってはいるが肝心の机の天板ガッタガタである。固定し辛いったらありゃしない。
砥石はコーラルの記憶でも見た事がない。刃が完全に丸まったら自宅のヤスリで削るか、パン屋さんに頼んで窯の余熱で熱して打ち直してもらう。欠けたり小さくなり過ぎたら酒屋兼商店で買い替え。
手元のナイフは直しに行ったら鼻で笑って突っ返されるレベルだ。つまりこの状態が標準である。
前世とは刃物に対する認識が違うのだ。
肉は切るというより叩きながら裂くに近く、野菜は皮ごとか皮を分厚く剥いて、5センチくらいにザックリ割る。
ナイフの刃を筋張った肉や繊維質な植物に体重をかけて押し込むのが基本だから、峰の部分は見慣れた包丁の倍くらい分厚い。
食材は土臭いか、饐えているか、固いか、またはその全部。
生鮮食品は畑で採れた野菜や屠殺直後の肉、産みたて卵など。
本日の旬野菜はビーツとフェンネルとキャベツ、マッシュルーム的なキノコ類。
それから我が家の元ブタさんのお肉。
豚はフリージアが無事に生まれたお祝いと称して、産婆さんの家のご主人に屠殺&捌いてもらい(庭先でぶち殺していてびびった。屠畜場という施設は概念ごと存在しない)、村中に配ったものだ。
産婆さん達への礼に大目の肉と肉以外の部位を渡し(皮は鞣し、血も食材に使うとの事)、肉は各御家庭に少々の戸惑いを含んだ笑顔で受け取られた。
キロ単位の肉は他家では全て塩漬けや燻製にし、我が家では保存分を分けた残りの少量を炒め物の具材とする。そしてやがては我らの血肉となりゆくのだ。
切り終えさえすれば……!
大量の汗と文句を垂れ流し、時にフリージアの様子を見、乳を吸わせ、切った野菜を脇に置いては肉に刃を入れて裂き。
食材は無事に歪な塊の群れと化した。ビーツとフェンネルを水にさらし、キャベツとキノコ類と肉を半分ずつ炒め物に使う。
余る半分は取っておき、アク抜きしたものと一緒に後で煮物に使う。
一旦手を洗ってフリージアに乳をやる。
具、ヨシ!
鍋、ヨシ!
囲炉裏、アツゥイ!!
どうしてシステムキッチンの原始的なやつも暖炉もないんだ!
中世風! 風だろ!! 風なんだからあってもいいだろ!!! 変なコダワリポインツやめろ!!!!
などと怒り心頭になっても虚しいだけ。わかっちゃいるけど腹は立つ。
これからもオレは無い物ねだりをし続けるに違いない。
コルドロンなる鍋を五徳に乗せて熾火に当て、豚の脂身をぶち込む。
鍋から煙が出始めた所で肉とキノコを、その上にキャベツを投入する。
二人分の具材に熱が通る前に火にかざして脂を溶かしたナイフで硬いパンを切りトレンチャーを二つ作る。
鍋からジューと音がしてくる所へ味付けの塩を撒く。塩オンリーである。胡椒というものはないらしい。あれよ! 存在しろよ!!
鍋をフックで五徳から外し、炒め物をレードルでトレンチャーに載せ、食堂のテーブルに置く。
まだ熱を保った空の鍋に取っておいた具材と水を入れ、今度は囲炉裏の上に吊ってあるフックにハンドルを引っ掛けて煮る。
出来上がりがボルシチっぽいスープになってくれる事を期待し、それを明日の午餐とする。
次の作業へと移行する前にフリージアに乳をやる。
乳飲み終える間際にチーと放尿したのでオシメを換えて、バスケットをテーブルから椅子に下ろす。
汚れた布を別の籠に入れ、手を洗い、一息つく。
囲炉裏の向かい側の壁際に立つ棚に並んだチーズ類、ピクルス入りの壺、ジャム入りの瓶を眺める。
ラズベリージャムとグーズベリージャムがそれぞれ四瓶。
ピクルスはラディッシュとパースニップとセロリとアスパラとコールラビとチコリ、後はソーセージも漬かっている。
保存食はたっぷりあるが、これで冬を越すのだから贅沢には使えない。
非常に酸っぱいセロリのピクルスを二切れトレンチャーに載せ、異様に甘いジャムを薄い四切れの食用パンのうち二つにケチ臭く塗って挟む。
茶やコーヒーでもあれば良いのだが、生憎と豆や茶葉などこの世に存在しないらしいので、こちらもまた内心でゴネつつ井戸水を汲みに行く。
中世ヨーロッパの印象として、多くの地域で水が鉱物や腐敗などで汚染されて飲用できないためエールやワインが飲まれていた、とされている。
しかし当時の人々は清潔な水を求めて井戸を掘ったり川の上流を目指したりと弛まぬ努力を続けた。
この世界におけるこの村でも、井戸の底から綺麗な水が湧く。
コーラルの記憶が正しければ越して来た初日に掃除のために汲んだら余りにも透明度が高かった。
思わず飲んだら腹も下さず、村の女達もコーラルに続いて水を家に持ち帰っていた。
それがここでの日常的なのだなと思い、角杯に注いでオディロン様に渡したところ、僅かに眉を顰めて嗅いだ後に口をつけ、目を丸くして飲み干した。
年下の主より先に発見したのが嬉しく、また自分が主にそれを教えられた事に誇らしさを感じた。
パコられたのはその日の夜である。
関連して思い出すのヤメロォ!!! シナプス切れろォ!!!!!
水差しを片手に井戸端で身悶えていると、旦那様(仮)が帰ってきた。
「……コーラル?」
「お帰りなさい、旦那様。食事の用意ができました」
瞬時に気勢を立て直し何事もなかったかのように返事してみると、旦那様(仮)は微妙に遠い目で微笑みなされる。
オレの恥ずかしい瞬間に遭遇される確率の高さがエグいけれど、こうして見なかった事にしてくれるのでノーカンだ。
よかった!(現実逃避)
腕を組まされて帰宅して、テーブルにつくといつものお祈り。
オディロン様はまだまだ育ち盛りらしく、オレの男メシをもりもりとよく食べる。
この世界は料理がメイン一品だけでも大丈夫な所が良い。
というか、オレ程度の腕前でも作れるメシの幅が広いのではないかと感じる。
庶民の基本は黒いパン、ドロドロのポリッジかドロドロのスープ、ハムやソーセージ、そこに付け合せのチーズかピクルス。
祭日に木の実を詰めたクラップフェンを作るが、普段の生活にお菓子はあまり登場しない。
都市部へ行けばまた違うのかも知れないな。バナナ食いたい。バナナ。ないかなー。多分ないだろなー。
ないといえば、食事中の会話はほとんど交わさない。
何か変わった事や新たに取り組む事があれば報告をする程度。
だからメシが旨いかどうかはガッつきっぷりで察する必要があるのだが、どうやら目の前で炒め物を手掴みで口に運ぶ相手はお気に召しているようで何より。
メシを食い終えるとまたお祈りをして、旦那様(仮)は差配の仕事をしに出かけた。
とはいえ夏に刈り取って天日に干しておいた麦は、先々週に脱穀を終えて各家の印を描いた袋に収まり、先週のうちに穀物倉へと積まれた。
農家の主たる仕事は終わり、諍い事も特には起こっていない。故にやる事といえばいつもと同じ境界線の見回りだ。
内と外を隔てるのは香草で、葉をつけたまま越冬できる種類を差配人が手ずから育てる。
基本的にさほど手間はかからないものの、株が小さかったり茎が木質化していない箇所があれば降雪時に地上部が枯れてしまう。
そうなれば定期的に境界線の切れ目へ、セージ、タイム、オレガノなどの精油を垂らす必要がある。
農作業が順調であるか監視し、税を徴収する。一方で村民の安寧と、村落の境界を守る。これが差配人の任務である。
この世界はよくあるRPGのフィールドマップと同じように、村と村が隣接していない。
広大な荒野に村落が孤立して存在する理由は、外に魔獣や魔物がいるからだ。
村の範囲が広がればそれだけ周囲に香草を生やさないといけなくなる。
家庭教師の教えでは、レーヴェ地方が香草の常緑を保つ限界線であろうとの事だった。
フィース・デュ王国の最北に位置する大陸フィアーデは針葉樹の深き森が広がり、厳冬に加え太陽の光が木々に遮られて地面に届かないため香草は育たない。
そのせいか、人の入植がなく、彼の地は魔獣、ゴースト族、妖精族の棲み処となっている。
オレの記憶を辿れば、フィアーデこそが、デリータ姫とフリージアが出会う場だ。
デリータ姫は探しものの最中だという彼女をパーティーに迎え入れ、共に森の中を探索する。
仲間のうち誰か一人がレベル5上がると、邪悪の種に蝕まれたドヴェルグのヴォローが現れる。
フリージアの探しものは父と母の魂。
デリクエにおいて、彼女はずっと、ゴースト族となったであろう両親を求めて方々を旅していた。