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オレが母ってなんだそれ!?  作者: 嶌与一
一章:気付いたら、出産!?
12/28

12話:中世(風)の食事ってヤバい。味が? うん、それもあるけど顎関節的に。

 格好良く決意表明をしたは良いが、全身が悲鳴を上げているんじゃ仕事はできない。

 そういや産後二日目だったわ。やだー記憶甦ってからの時間経過が濃密すぎて逆に曖昧だわー。

 という訳で当面の下女を雇おうという事でまとまって、今朝辞したばかりの産婆さんに再度の御足労を頂く次第と相成った。


 相成った。この言い回し、ちょっと時代劇っぽくね? かっこよくね? ヒュー(口笛)


 オディロン様に呼ばれた産婆さんは自宅で調理住みらしい鍋を片手に、空いた腕に巻いてある布を抱えてやって来た。

 調理場に鍋を置くと、寝室に入って、産後のオレが汚したシーツと毛布を


 レーヴェでは昼にガッツリ&夕は簡素と相場は決まっているらしい。俗に言う午餐(ディナー)夕食(サパー)だ。

 穀類と根菜を混ぜて煮て潰したものと、黒パンが供される。

 雑穀煮潰し汁(オレ命名)は|硬くて四角いお盆のパン《トレンチャー》に乗せられていて、コーラルの幼かった頃の部分を切なくさせた。


 通常、庶民はトレンチャーを使わない。調理した鍋をテーブルに置き、それを家族全員が囲んで直接食べるからだ。

 トレンチャーは使い捨ての食器であり、上流階級の人間が食器などを食べるのは非常にはしたない事と看做される。

 使用後は捨てるか、使用人や家畜に与え、または貧民街に運んで売るなどするため、別名施し皿とも呼ばれる。

 故に食べるのは下賤の者か家畜である。


 産婆さん改めコックさんは食事を用意するや否や矢のように帰宅してしまった。

 これまでやこれからを考えると、必ずや丁重な礼をしなければと決意しながらオレも席を立って調理場へ引っ込む。

 オディロン様はコーラルを妻だと言うが、残念ながら立場が違う。

 それを分かってくれているからコックさんもテーブルに置いたのは一人前だけだった。


 調理場でフリージアを膝に抱き、さて飯を食うかとパンを手にした所で、何者かが背後に立った。

 言うまでもなく、旦那様(糞)である。


 「ご用でしょうか」

 「まさか」


 オレの質問をぶった切って、オディロン様は鍋を手に居間へと戻る。

 なるほどー。働かざるもの食うべからずってやつー?


 空腹をグッと堪えて雑穀煮潰し汁を見送っていると、


 「どうしたの? コーラル、おいで」


 ホワッツ!?!?!?


 「家族なんだから、一緒に食べよう」


 リアリー?!?!?!


 思い返せばそうだった。オディロン様は身内に、つーかコーラルにめっちゃ甘い。

 さすが身代わり友達(ウィッピングガール)が鞭打たれる事を厭い(よわい)四歳にしてほぼ完璧な行儀作法を身に付けた男だ。

 ヘイヘーイ、すごいぜ旦那様(糞?)ー。その優しさ村人にも示せー?


 テーブルの中央に置かれた金色の燭台。その上で蝋燭が小さな火を揺らめかせている。

 案外、臭くはない。


 “デリクエ”の世界は全体的に中世ヨーロッパ風で、生前に聞き齧ったそういう世界観では蝋燭や石鹸には獣脂を使っているのが相場だった。

 しかしコーラルの記憶と擦り合わせて見ると、どうやらRPGの内部で実際に暮らしている身からすれば状況は幾らか異なるらしい。

 石鹸は昔ながらの柔石鹸なるものこそ獣脂由来であるものの、使い勝手と保存の容易さから一般に普及している硬石鹸はフィース・デュ王国の南部、ザインとテルセラで生産されるオリーブ油から作られている。

 蝋燭に至っては、下賤の使う物こそ獣脂で作られているが、上流階級の使う物は蜜蝋から作られていた。


 古代文明の最新鋭からすれば衰退している分野もあるものの、手作業で何とかなる分野は地道に発展しちゃってるのだ。すごーい。

 やだ、オレったら上から目線。

 でもでもだってアレじゃない? 異世界転生といえば現代知識とチート魔法の併用でお手軽無双が定石じゃない?


 それが、なんとっ! オレには不可能なのだっ!


 コーラルは生まれてこのかた咒法使えた事がないし、そんなもん存在してない世界で生まれ育ったオレも使い方わかんない。

 ジオラマ他で培った知識は多分使えないものの方が多いし、身一つでどうにかできそうなものは既に開発済みである。

 兵器なんて作った日には危険因子発見って事で王家直属のお役人様がスッ飛んできて首スポーンor火炙りボーボー。

 耕具作るにしても先ず余剰の金属が無い。形成に必要な工具も無い。協力者を得るためのコネもゼロ。周囲を説得する実績もゼロ。

 無い無い尽くしのナッスィンちゃんである!!

 ヘコむー。すんごいヘコんじゃうわー。むしろ引くわー。ドン引きー。


 切実にホームセンターが欲しすぎてパリラ時代の超恵まれっぷりを実感する。

 でも割り切るしかないのだ。無いもんねだっても腹が減るだけ。


 とりあえず今は飯を食うのが第一。

 黒パンと雑穀煮潰し汁。有難い事だ。


 オディロン様がそうするのに併せて、向かいの席に着き、俯いて、手を組む。テレビで見た欧米の宗教に似た動作。

 

「万物に宿る四大元素(テッセラ・リゾーマタ)の精霊よ」


 祈りの言葉は家長が紡ぐ、低く囁くような声が良いとされる。


「照らし給う精霊よ。慈しみ給う精霊よ。清め給う精霊よ。与え給う精霊よ」


 全てに言祝ぎを述べる。


「今日も我らを愛し、支え給う事を願い奉る」


 最後にヒュドールと締めて、祈りは終わり。

 締めは自分の属する物質(アルケー)を指して言う。

 王家は火、即ちピュール。

 貴族は気、即ちアーエール。

 準貴族は水、即ちヒュドール。

 平民は土、即ちギー。


 一つだけ例外がある。神官や修道師達だ。

 彼らは人民に道を示すべき存在であり、また世界に対して平等である。故に四大元素(テッセラ・リゾーマタ)のどれにも属さない。

 そして自らの使命を知覚した瞬間に、魂に激しい衝撃を受ける事から、四つの言祝ぎの頭に『導き給う精霊よ』と付け、締めを雷、即ちストロペーで結ぶ。


 コーラルは平民の出であるから本来はギーと締めなければならないのだが、自宅に幽閉されていた事やそれによって洗礼を受けていないなどの事情を考慮し、また純化によって色を得た事から、レーヴェ家の計らいでヒュドールの洗礼を水の地位に就いた。

 オディロン様と同じ精霊の加護を得られる事が嬉しかったと記憶している。


 ま、色んな思惑は置いといて、食事に取り掛かるとしよう。

 そう考えたオレは、ここで酷いミスを犯す。


 見知らぬ異世界。限界を突破していた空腹感。などなど要因は多々あるが。

 色々な事柄を脇に追い遣ったせいで、肝心な事をド忘れしていた。

 目の前の食べられるもので頭が一杯になったオレは、事もあろうかパンに直接(かぶ)り付いてしまったのだ。


 パンには二種類ある。一つ目は料理から染み出した肉汁や液を受け、食事が終わったら捨てるもの。トレンチャーの事だ。

 もう一つは主食。煮物の具材に使ったり、或いはスープなどに浸してから食すもの。


 そう。パンは堅い。ナイフ当てて体重乗せてギューと押し切らないと分割できないくらい硬い。

 食べるためにはそこから更にふやかす工程が必要。

 単体では食さないのは、まだ物心のついていない幼児にとってすら常識。


 この基本中の基本をド忘れ。



 パン! 全粒粉のライ麦パン!

 ミッシリ詰まったズッシリ重たいハードパン!!

 ガッチガチ!!! でした!!!!


 顎が!! 死んだ!!!



 新妻が突如として引き起こした前触れのない奇行に旦那様(仮)もドン引きである。


 「こ、コーラル……?」


 ほらあ! 何かもう、声かけようにも忍びなさそうな感じになっちゃってるよ!

 出て来い言い訳! ナイスなやつ! 頑張れオレの灰色の脳細胞!!


 「う……」


 「う?」


 「うれしくて、我を忘れてしまいました……」


 なんだこの理由!?

 恐怖!! 幸せ故に堅パン丸齧りする女!!

 変人爆誕の瞬間じゃねーか!


 「そうか……?」


 短い反応は、字面だけで表現したらフーンそうなんだヘーエみたいな御自由にって感じだろうけれども実態は真逆だった。

 やだーオディロン様ったら口角変な風に歪んでるー。両端とも斜め上矢印みたいになってるよーやだぁー。


 堅パン丸齧り女コーラルは静かに口からパンを外して雑穀煮潰し汁へ投入し、脳内が修羅場のままヒタヒタに沈んでいく主食を見下ろし続けた。


 誰かー!

 旦那様(仮)の短期記憶を司る脳細胞の機能を一時的に停止させてー!!!

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