11話:一家全滅の宿命にだって抗いたい
頭ん中じゃつらつら重なる言葉が口から全然出てこない。文字数制限有りのメッセージウィンドウでも付いてんのかこれ?!
もうちょっと流暢に喋らせてくれーい!
思考の片隅でコーラルの回路が仕方ないと呟く。
こちらは所詮下級家事使用人なのだからと。主人を不愉快にさせる事は許されない、否定する言葉は吐けないのだと。
はあー???
そんなテメーらの事情なんか知るかバーーーーーーーーカ。
嫌じゃボーケ。なんだバーカ。おまえら夫婦になったんだろーが。夫婦っちゅーのは主従じゃなくて共存だろ。封建制度か!!
あっ、今世ってそういや封建制度だったわ。うっかりしてたわ。メンゴメンゴ。
兎も角、ここでフリージアを手放されるのは本能的にマズい。
この世界が本当に“デリクエ”なのだとすれば、消滅エンドまっしぐらな気配がビンビンする。
ゲーム本編におけるフリージアはファンの評価が極端に割れている。
巻物泥棒&ザマア or 悲劇の貴種流離譚。
というのも、パーティーを離脱した彼女がゲーム終盤で再度登場する時に、デリータ姫の敵として現れるせいだ。
デリータ姫が訪れる六番目の大陸“ズワイテ”のボス撃破後に生じる強制バトルイベントにおいて、フリージアは一人っきりで、かつて仲間だったデリータ姫のパーティーと対決する。
余談ではあるが、ここにとんでもない仕掛けが潜んでいる。
プレイヤーがフリージアを強化したステータス値に、フリージア離脱後にデリータ姫のレベル上昇分が加算されるという、巻物を貢いでいればいるほど打倒困難になる、正にえげつねー仕様が。
製作者の性格がやべえとオレの中で話題になり、同時期に世間の一部も騒然としていた。
ここでフリージアを撃破すると彼女が夜間のバトルに強い理由が明らかとなる。
彼女の父オディロン=バルカン・フォン・レーヴェは残酷な世を儚んで自死を選び、母コーラル=ティールは魔女として処刑された。
二親は無念の余り怨霊化し、互いに絡まりあい、周囲に漂う瘴気をじわりじわり吸い寄せて少しずつ肥大化していった。
ズワイテにおけるボスであるドラゴン“エリーザベト”から飛び出した邪悪の種までも取り込んで、遂には種を発芽させて完全なる憤怒の化身となっていまう。
ゴースト属の中でも特に凶大な、怨念の集合体たるゴースト属のボス。その娘であり、ボスを“消去”させまいと孤独に戦うフリージア。
そう。
そうなのだ。
死 ん で ん だ よ コ ー ラ ル !
パリラに続いてコーラルまでも老死っつーか天寿を全うできない系。
現在過去未来全ての時空において不遇に夭折する宿命でも背負ってんの?
やだやだ畳の上で孫とか曾孫とかに囲まれて「いい人生じゃった……」とか言いながら死にてーのに。
フリージアを乳母に渡してしまうと、そんな平和な老後ルートが潰れる気がしてならない。
だから「いやです」と拒絶したのだ。
乳母候補は剣呑な雰囲気を察してか、「本日はこの辺で」と言い残してソソクサと帰ってくれた。
帰るついでにフリージアはオレに返してもらうぞ。更についでに腹ン中で悪りーけどもう来んなよと祈っといてみる。
「どうしたんだい、そんな怖い目をして」
旦那様(糞)が口を開く。
怖い目の原因はテメーだこのやろう。
残酷な世を儚んで自死って、多分それ原因こういう事の積み重ねだよ!
ガキの頃に家庭教師がよく言ってたろーが!
領民を甘やかしちゃいけないけど、締め付けすぎてもいけないって!
繰り返し教わったこと忘れてんじゃねー!
この世界について全然詳しくないオレにだって想像つくわ!
名主や差配人を郷士に任せて取立てさせるのは、ヘイトを体制側の貴族ではなく貴族と領民の間に居る横柄な中間管理職に向かわせる事が目的……というだけじゃない。第一の目的はそれだが。
雇用を生んで金を地方に撒く効果も含まれる。
家令の嫡男が就任するなら下男や下女を雇い入れて税の一部を還元するもんだろ? 違うか? あ?
時には遊び相手となった女が嫡男様の私生児を生むかもしれない。
その場合も、母親の家の税をいくらか免除したり、食物を工面して、やはり還元するんだろう。
色んな事態や不作時に対応するために差配役の家は穀倉庫があり家畜が多いのだが、オディロン様は不文律のどれも果たしていなかった。
実家から連れてきた女中に身の回りの世話をさせ、余った麦束を金に換えて贅沢な蝋燭や嗜好品を買う。
しかもさっきの乳母候補! 絶対村の奴じゃねえなアレ。外部から工面したぞ。
確かに今のままでも村落の運営に問題はないだろう。
そっちの面では見回りも聞き取りも報告も地道で細やかで、元の世界のオレでも多分敵わないくらい地道に有能だ。
だが人を労わる事を知らな過ぎる。
例えば会社でだって、部下に「進捗は? 君の仕事だから責任持ってやってね。あとは健康に気を付けて。体調管理も自己責任だからね」とか言うだけの上司と、
「お疲れ! 仕事どう? 頑張りすぎんなよ!」とたまに缶コーヒーでも奢ってくれる上司では査定同じでも心情が違うってなもんだろ。
責任部下に取らすマンな上司でも会社が順調なら問題は起こらないだろう。
でもビジネスライクな関係しか築いてこれてなかったら、何かで躓いた時に誰も支えてくれない。
情けは人の為ならずってのは世界共通だ。ここでも通用するだろう。百姓だって人間なんだから。
つーか世間が悪いって自殺するって、村の運営どっかでコケたろ! お前の自業自得な面がでけーわ!
それで勝手に儚んでんじゃねーよ! 残された妻子どうすんだよ! バカかよ!
とりあえず旦那様(仮)も含めた家族みんなで一緒に仲良く逞しく倹しく暮らすんだなーって未来予想図を描いた矢先にコレって。
もう一回いうわ。バカだろ!
転生自覚して早々に、電子機器なさそうな社会の寒村で乳飲み子抱えた未亡人とかいうハードモード突入の危険性とか本気で勘弁しろ。ガチのマジで。
考えてる事の万分の一にも満たないけど、声に出せる単語をどうにか選んで絞り出す。
「よそから、人、よばないで、ください」
喉が震える。
上手く呼吸できない。
コーラルの受動的女中根性を御して拒絶ができたけど感動とか一切する余裕がない。
この子は産まれたてなのにこんな可愛いんだ。絶対に美人に育つんだ。
テレビ画面で見てきたオレなら断言できる。
そんで今度は幸せにするんだ。恋は叶わないけど構うもんかって強がらせてくれ。頼むよ。
フリージアは親による無償の執着に縛られ、ただ純粋に親を愛し、親からの愛情を求めていた。
だから、父さまと母さまがこの世界に存在するために必要な邪悪を“消去”するデリータ姫と対決する道しか選べなかった。
心の内側でガキのオレが泣く。コーラル姿のオレも声を上げずに泣いた。
だってオレの初恋の相手は、倒した後もバトル画面から転換せずに、立ち向かってきて、“消去する”を選ぶまでずっとずっと抵抗をやめないのだ。
そして通常のフィールド画面に戻って、両親の魂が融合したボスゴースト“オーディラル”との対決に続き、“消去する”。
非道いじゃないか。あんまりじゃないか。
デリータ姫が行うのは消去だ。浄化じゃない。フリージアは存在ごと消えた。
魂が肉体から離れてなお愛娘を想い続け、殺された我が子の仇を討とうと襲いかかってきた両親だってデリータ姫は消してしまう。
消去した直後に哀れんで、以降は一切触れられないちっぽけな過去。
死に逝く者は誰も救われない。
そんな、絶望しか残らないなんて、絶対に嫌だ。
悲愴なまま何一つ救われず独りぼっちで死なせるなんてしたくないんだよ。
だから。
「わたし、フリージア、育てます」
何か打てる手があるとしたら、きっと今しかないんだ。
評価&ブックマークありがとうございます。
進みが遅いですが、どうぞお付き合いください。