01話:父ちゃんと母ちゃんの馴れ初めって誰得?
なにぶん初めてなもので何かと勝手がわかっておりませんが、末永くお付き合いください。
九十年代初頭。
ある街角の、タール臭くて薄暗いゲームセンターに、一組の男女がいるとしよう。
がっしりとした背中を丸め、スト○ートファ○ターIIでチュン○ーを操る男――通称カマゴリラ。
綿の如き髪にちんまりとした体型でイカついガ○ルを操る、ワタナベ姓の女――通称ナベパーマ。
この冴えない二人は、新婚である。
カマゴリラの生家は東海地方南部の山際、ナベパーマの生家は北陸有数の豪雪地帯と、郷里は別であり、旧知でもない。
しかし、期せずに進学先を同じくした。
慣れ親しんだ土地とは違う、首都圏の聊か外れにある国立大学。
邂逅は数年前に遡る。
見知らぬ土地の見知らぬ街角で見知らぬ人々の一員となり、生まれて初めて体験する一人暮らし。
慣れ親しんだ自室とは違う賃貸物件特有の無機質さに、たじろぐような、腑抜けたような、漫然とした居心地の悪さが腹の内から湧き上る。
据わりの難さを解消したいが、はて、と考えた後、以前よりの趣味で気を逸らすのが適任だと思い付く。
偶然それが同じ日であった事から、二人は、越して来た集合住宅のに近くにひっそりと存在する、薄暗いゲームセンターで出会った。
ビデオゲームが好きで、過集中の嫌いがあり、大勢が一堂に会して浮かれ騒ぐ事が苦手と、お互いに似通った気質。
意気投合した同い年の二人が、スコアを競う好敵手として、また時には相棒として精錬し合うのに長い時間は要しなかった。
戦友の感情を保ったまま、流れるように男女交際へと発展するまでも、また然り。
学業と娯楽、時々アルバイト。長期休暇にはサークル仲間との合同貧乏旅行。
一組のオタクはバブル経済の渦中にあった四年の大学生活を、そうやって多いに満喫した。
その中で、付き合っては冷やかし、また冷やかされ、今日は誰のアパートに溜まろうかと気楽な悩みを抱えた幾人かの同志も出来た。
カマゴリラにナベパーマというふざけた呼称も、在学中に誰からともなく付けられたものだ。
ともすれば蔑称にも聞こえるが、これは当時の彼らを取り巻くオタク達の間で、外聞を歯牙にかけぬナンセンスな綽名を付ける事が流行した事が理由である。
他にも、戦国期の宣教師に似た風貌の“ザビエル未満”
博多生まれの俊敏な肥満体“背脂”
何かの拍子に声真似をしたアニメの登場人物とイメージが合致し過ぎた“トンガリ”
注意力散漫故か道端に転がる何かを踏んだ“ウン坊”
桃○郎電鉄の憎たらしいアレに顔がそっくりな“なのねん”など。
因みにウン坊となのねんは女だ。
予断ではあるが、後年、頭頂部が宣教師そのものとなった“ザビエル未満”と“ウン坊”も結婚する事となる。世間は狭い。
月日は流れて、卒業。
相も変わらずどこか垢抜けない風貌の同志達と二人は肩を寄せ合って泣いた。
多くの元学生達が輩出され、それぞれが就職し、また院に進みと別々の道を歩む事にも慣れた、冬。
発売したてのスー○ァミを掲げて結婚のプロポーズへと挑んだカマゴリラに、ナベパーマが食い気味で「こちらこそ!」と頭を下げた事で、この絵に描いたようなオタクカップルの婚約は恙無く結ばれた。
年明けから少し経った頃に婚姻がなされ、披露宴の時ばかりは普段だらしのないゲーム仲間も礼服に身を包んで、他人行儀かというほどコチコチになっていたそうな。
門出を祝われ、籍を入れたは良いが、肝心の新居の用意が遅れた。
ナベパーマがカマゴリラの住む狭い1kアパートに足を運ぶ、所謂通い妻状態であった。
学生向け集合住宅の一角に防音効果など期待できるはずも無く、紆余曲折の末、新たな棲家候補は二つに絞られた。
地方都市の駅近アパート三階2K物件と、そこから徒歩で十分ほど離れたアパート二階2DK物件。
どちらも大学時代の住まいからは僅かに遠く、翻ってゲームセンターからは近い。
ここで冒頭の対決に至るという訳だ。
対決は接戦の末ガ○ルの勝利に終わり、二人の職場に程近い、風呂トイレ別2DKに決まった。
流血や罵詈雑言を伴わぬ、それでいて血潮の滾る熱い決戦の立会を務めた友人達は、結婚祝いと称してメガド○イブやPCエ○ジンやネオ○オ等々を持ち寄った。
錚々たる家庭用ゲーム機達は、送り主の愛称が名付けられ、居間のテレビの真ん前に鎮座する。
カマゴリラとナベパーマが中年に差し掛かる頃、かつて夫婦の家庭に花を添えた彼らは、ガラスキャビネットの一等席に仲良く並んだ。
話を卒業時期に戻そう。
カマゴリラとナベパーマの外見は共に地味な凡百どもに埋もれる存在であった。内面も恐らく同義だろう。
前述の通り時代はバブル期。誰もが東京を夢見て、高級なスーツとスポーツカーに憧れた。
出会いを求めては海へ山へと遠出をし、煌びやかなビル街で深夜まで浮かれ騒ぐ、刹那的な生き方が持て囃された。
正にそういった華やかな日々を送る同年代を遠目に、地味な凡百は手近の異性と恋をして、近場でゲームを楽しんだ。
ビジネス界もまた、二十四時間戦えますかという有名なキャッチフレーズが世間を席巻した通り、商社に金融にゼネコン等々、大卒の若者は引く手数多。
企業説明や面接会場では万札が配られ、路面で万札を振りかざしてタクシーを拾う時代。
雇用に大枚を叩けない会社は活気がないと忌避されて、人手不足で倒産する程であった。
生き馬の目を抜く世界に足を踏み入れる勇気を、地味な凡百どもが持ち得ようか?
答えは否。
他人を出し抜くのは架空の世界で十分。派手に稼ぐより定時で帰りたい。おうちでゲームをしていたい。
周囲を取り巻く環境、社会に出る時節。そこに当人達の性根がマッチした結果、運命の女神は彼らに微笑んだ。
抜群の安定志向を誇る精神が遺憾なく発揮された結果、カマゴリラとナベパーマの脳みそは二人を首都圏の一等地から綺麗に回れ右させて、全くの不人気だった公務員の職に就かせたのだ。
二人は初任給で郷里の両親にささやかな恩返しをし、ボーナスでゲームを買い、休日はそれで遊んだ。
インドア派の地味な凡百であるお陰で支出はそこそこに抑えられ、公務員という安定した職のお陰でバブル崩壊後も二人は馘を刎ねられる事なく安穏と過ごし、地価下落に乗じて手にした郊外の小さな庭付き中古一軒家を買うに至る。
結婚二年程で福々とした女の子に恵まれ、アパートから上記の一軒家に越す。長女誕生の二年後には男の子が産まれた。
まるで嵐を呼ぶ永遠の五歳児が住む某カスカベの、画面の端を通り過ぎるだけの名もなき一般家庭のロールモデルの様な――実際の地域は某カスカベよりも幾分か田舎だが――地方都市に暮らす地味な家族。
二歳差の子供達は俗に言う一姫二太郎であり、前置きが長くなったが、この二太郎、即ち弟こそがオレである。
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