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S(少し)F(不思議)な町のしおり

雨の日としゃべる猫

作者: 五春 束頁

全く関係のない話だけれど、私は雨の日が好きだ。

町行く人々の差す傘を眺めるのも好きだし、雨に濡れる野花を見るのもいい。降り続く雫が屋根を叩く音も好きだし、流れを増した川のごうごうという音もお気に入りだ。普通ならあまり好まれることのない雨を好きなのは変わっている、と友人にもよく言われる。けれど、私はなぜか雨が好きなのだ。

私はいわゆる健常者だ。精神にも不調をきたしたことはないし、五体満足の身だ。だから、身体的精神的コンプレックスのせいで雨が好きになったわけではない。

きっと、雨の日に出会った不思議な猫との出会いで、私は雨の日が好きになったのだ。

その猫と出会ったのは今から十年前のことだ。まだ小学校低学年だった私は、その日小学校からの帰り道で通り雨に降られた。私の母親は人並みに笑い、怒る人で、雨に濡れて帰った日には困った顔をしながら私を叱る。その日はたまたま折り畳み傘すら忘れていて、ずぶぬれになった私は、これはきっと普段よりも叱られるだろうな、と思った。

仕方なく、通学路にあった神社へ駆け込んだ。

私の実家は一面田んぼが広がっているような田舎で、その中にぽつんぽつんと小高い丘があったり小さな林があったりする土地だ。そして、その岡や林の中には大抵神社があって、お稲荷様や、名前のよく分からない土着の神様が祀られている。そんな神社が、私の通学路には点在していたのだ。

たまたま私が駆け込んだ神社は、参拝客を見掛けることのほうが珍しいような寂れた神社だった。手水鉢なんて贅沢は無くて、社のみの小さな神社は既にボロボロ。軒先は既に雨漏りでしっかりと濡れていて、目的の雨宿りはできそうにない。

仕方なく、手早く手を合わせて勝手に入る非礼を詫び、引き戸をくぐって本殿の中へと足を踏み入れる。じっとりと湿った空気とカビ臭さこそあれど、埃や雨漏りはしておらず、十数分いる場所としては思った以上に快適そうだった。

本殿に入り、何もすることが無い私は開けたままの引き戸から外を眺める。時折雫の落ちる向こうで、蛙の合唱が響く。

そんなとき、一匹の猫がふらりと扉をくぐってきた。猫はずぶぬれで、体をブルリと震わせ水を飛ばすと、私の隣に座り込んで毛づくろいを始める。時々小さく震えては、寒そうにしていた。

最初は親切心だったんだろう。気が付くと私はポケットからタオルハンカチを取り出し、猫の体を拭き始めていた。最初こそ猫は驚いて暴れたけれど、私のすることに気付いたのか、すぐに暴れることを止めた。

数分もすると、猫の毛並みはすっかり乾いていて、代わりに私のタオルハンカチはじっとりと湿って獣の香りがするようになっていた。

満足したのか、猫は私の膝の上で丸くなる。おずおずと私が頭や体をなでると、ごろごろと喉を鳴らす。そんな様子がかわいくて、私はなで続ける。その内に、私は雨についての不満を猫に向かって話していた。

そんな時だ。突然、知らない声がしたのは。

「人の子よ、そこまで雨は嫌うものではない」

最初は誰か知らない人が隠れているのかと思って慌てた。その拍子に立ち上がると、猫は膝から転がり落ち、フシャー、と威嚇をする。そして、

「急に立ち上がるのはよせ。私でなければ怪我をしていたやもしれぬ」

と、明らかに人間の言葉を話し出したのだ。耳触りのいいテノールが、目の前の猫の口の動きに合わせて聞こえてくる。最初は夢かと思った。ほっぺたをつねる。痛い。

「そんな古典的なことをするものがあるか、たわけ」

そう言って、猫は背中を舐める。私は状況が呑み込めなくて、ぺたんと座り込む。すると、猫は再び私の膝の上に乗っかってきて、話を始める。

大昔の雨のこと。自分が出会った雨の神様のこと。雨の日にあった困ったこと。雨が降ってよかったこと。

そんなことを聞いていると、世界が突然静かになった。雨が止んだのだ。そのことに猫も気付いたのか、それまでの話を止め、一言喋る。

「我は、雨の間しか話せぬのだ」

え、と聞き返そうとすると、猫は戸口まで走り、振り返ってにゃーん、と鳴くとそのままどこかへと行ってしまった。

それから、雨が降るたびにその神社で猫の話を聞くようになった。猫の生まれた場所。猫の育った場所。猫が今まで訪れた場所。私の知らないところの話を聞くのはとても楽しくて、いつも「雨が長引きますように」と祈りながら話を聞いていた。けれど、天気の神様は意地悪なようで、猫の話が二つ三つ終わる頃になると雨がやむ。そうなると猫は普通の猫のようにしか鳴けなくなり、神社を出ていく。

そんなことを繰り返して一年が経とうとする頃、私は引っ越した。父親の転勤が原因だった。

引っ越した先での猫は雨が降っても喋らず、私は少しがっかりしたが、そのことがあってからは雨の日が好きになった。

だから今でも私は雨の日が好きだ。あの時の猫のように、しゃべる猫を期待するからだ。

これは私の体験したファンタジー。ちょっとふしぎな出来事。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネコのしゃべりがダンディー [気になる点] 雪の日とかはしゃべらないのでしょうか [一言] 雨の日は猫に話しかけてみます
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