Intro
一週間後、ユイと妖夢は裂け目を背にして立っていた。
2人と向かい合う形でクルと妖忌が立っている。
「んじゃ、世話になったな。」
ユイが声をかけた
「あぁ、こちらも随分と勢力を拡大させてもらった。もう少しすればロスを飲み込む組織になれるだろう。かなり大きな組織からも目を付けられているがな。」
クルも挨拶を返す。
「そいつは災難だな。何ならまだいてやろうか?」
「結構だ。酒だけでエンゲル係数が一般家庭と同じような大喰いは今回ぐらいで縁を切るのがちょうどいい。」
「厳しいこと言うねぇ。」
そういってユイはけらけらと笑った。
「んで、改めてだが――」
「幻想郷にはいかないぞ。」
「…そうかい。まあ、生きていたらまた幻想郷で会おうや。」
「それまで生きていたらな。」
「あんたは生きていられるさ。いつまでもな。」
「お前はすぐに死にそうだな。」
「違いねぇ。ま、そうやって裏で糸を引いてずっと生きているのがあんたって奴だもんな。」
「ひどい言われようだな。」
「褒めてるんだから気にするなって。紫さんに目を付けられるってのは相当なことだぜ?」
「…一応そう受け取っておこうか。」
「そうかい。」
一方、妖夢と妖忌の方でも別れの会話が交わされていた。
「…幻想郷に戻ってきませんか? 今の私なら――」
「天狗になるな、魂魄 妖夢。外に出た以上儂はもう戻れん。せいぜい珍しい刀使いの年寄りとしてロスで暮らすしかないのだ。」
「……。」
「それに西行寺一人でかなり色気のなくなっている新婚生活をこの老害が邪魔するわけにもいくまい。」
妖忌は妖夢の頭に手を置いた。
「強くなったな。」
妖夢は目をつむって軽く頭を下げた。
「…今まで、お世話になりました。」
「…儂は何もお前にしてやれんかった。魂魄の一族としての古臭いあり方のみをお前に押し付けただけだ。」
「いえ、そんなことは――」
「『老兵は死なず、ただ消えゆくのみ』。もっともな話だと思わんか? 古木はいずれ朽ちゆくだけだ。であれば、後の若者の土壌となるのがふさわしかろう。」
「師匠…」
「元気でやれよ。」
妖忌は懐から煙草を取り出して火をつけると背を向けて去っていった。
「…まったく、ほんとは帰りたい気持ちでいっぱいだろうに。」
クルがため息をつきながら言う。
「こいつの師匠としての最後の意地っ張りだろうな。」
ユイは妖夢の頭に手を乗せた。
「帰ろうぜ。」
「…はい。」
目に涙を浮かばせながら妖夢はうなずいた。
ユイと妖夢は同時に隙間に足を踏み出した。
「おかえりなさい、幻想郷へ。」
「ただいまだな。」
幻想郷に戻ってきたユイたちを最初に出迎えたのは紫だった。
そのそばには藍も控えている。
「アメリカはどうだったかしら?」
「んー、別にどうってことねぇよ。」
「そうかしら?」
「何も得るものはなかったっていえば納得するか?」
紫はしげしげとユイの顔を眺める。
「えぇ、納得したわ。何か得られてもどうってことはなかったってね。」
紫はくるりと身を翻した。
「藍、帰るわよ。どうやら頭脳の七賢人様は幻想郷に来ることにはあまり乗り気じゃなかったみたい。」
隙間の中に2人は去っていった。
隙間が完全に閉じたのを確認したユイは大きくその場で伸びをする。
「疲れたな、温泉にでも行こうぜ。」
「旅行から帰ったばかりですよ?」
「いいじゃねぇか。向こうにはシャワーって奴しかなかったんだからな。」
「確かにそうでしたね…行きましょうか!」
「あぁ、どうせなら旅館で一泊していってもいいかもな。」
ユイはニヤリと笑うとすたすたと歩き始めた。
「置いてくぞー。」
「待ってくださいよー!」
妖夢も笑顔で駆け出す。
「これで、一件落着だな。」
――18年後
ユイは陰と陽を手に笑みを浮かべていた。
目の前には短剣の切っ先を不愛想な顔をした青年が立っている。
「今日こそ片付けてやるよ、オヤジ。」
「さてさて、俺程度を倒せるかな?」
「片付けてやるさ。」
時代は引継ぎ、次へと続いていく…




