踊る
ユイはビュッフェ形式のレストランで妖夢を探していた。
「全く、どこに行るのやら。割と広いレストランだから余計に困ったもんだ。」
あちこちをふらふらと歩いているとユイの後ろから声がかかった。
「ユイさん。」
「おう、来た…」
振り返ったユイはあんぐりと口を開けた。
「似合ってますか?」
どことなく恥じらいながら妖夢は髪を弄る。
「…似合ってるぞ。」
ドレスに身を包んだ妖夢をまじまじと見つめながらユイは答える。
「そんなに見ないで下さいよ…」
「クルが見繕ったのか?」
「はい。」
「あいつは絶対にこういう仕事の方が向いてる気がする。」
どことなく気まずそうにユイは目を逸らす。
「…そういえばそっちに美味そうな料理があったな。取ってくるよ。」
逃げるようにしてユイは妖夢から離れた。
少し離れたところでロビーに向かって歩みを進める。
「そんなに私のコーディネートは気に入らなかったか?」
自動ドアを潜ると腕を組んでクルが立っていた。
「阿保言え。ありゃ化け過ぎだ。」
「ということは相当お前の好みに合ったんだろうな。」
「挙句の果てには殴るぞ?」
「おぉ怖い怖い。」
ニヤニヤ笑いながらクルは腕組みを解きポケットに手を入れる。
口では怖いと言いながらもクルにその様子はない。
「ったく、白々しい奴だ…」
ユイはため息をつくと頬を人差し指で軽く搔いた。
「良ければあのドレスはプレゼントしよう。」
「なんだって?」
「プレゼントだよ、贈呈。そんなにお前が気に入ってくれたのなら私としてもうれしい限りだ。」
そういってクルはその場を後にしようとした。
「いや、お前には一応任務があったんだったな。」
そう呟くとクルは体を反転させると懐から手紙を取り出した。
「これを妖怪の賢者に渡しておいてくれ。いや、私が直接渡した方がいいかな? 八雲 紫さん。」
「いいえ、あなたの口から聞きたいわね。」
ユイはくるりと振り返った。
紫の服に身を包んだ紫がクルに微笑みかける。
「という事は私は完全に謀られていたというわけか。」
「うーん、中正解ね。私がここに来たのはそろそろ幻想郷に戻ってきてもらうため。ちょっとめんどくさいことが幻想郷で起こっているからね。」
「面倒ごとか?」
「えぇ、一応大まかには片付いているけど念のために監視してほしい人がいるの。」
「ほぉ、ってことは新婚旅行は打ち切りか?」
「いえ、旅行を覗いていたらこっちまでほっこりしたから旅行はあなたたちの気が済むまで楽しんできて頂戴。」
紫はクルに向き直った。
「竜人クル、ダメもとで訊くわ。幻想郷に来ない?」
クルは首を横に振った。
「私はこのLAですべきことを見つけた。それを果たす義務がある。妖忌の為にも仲間の為にもな。」
「…素敵ね。」
紫はなぜか嬉しそうに目を細めた。
「滑稽だと思うか?」
「幻想郷なんて解決を先延ばしにしたたわ言だと思うかしら?」
クルは驚いたように目を見開いた。
「完敗だよ、八雲 紫。今はできないが、またいつか、千年後でも二千年後でも、あなたの所に会いに行きたいものだ。」
「ぜひ来て頂戴。その時には、このアメリカもどうなっているのか教えて頂戴な。」
「あぁ。」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「会えて良かったわ、クル。」
「私も、会えて良かった。」
紫は隙間の中に消えていった。
「…なんで俺が幻想郷に来ないか誘うって分かったんだ?」
「おや、お前はリュックに入っていた手紙を読まなかったのか?」
「手紙?」
「あぁ、地図と一緒に入っていたあの手紙だ。」
「そういえばそんなのあったな…結局アレは読まずにリュックに戻しておいたが。」
「そこに英語で八雲 紫からの手紙があった。筆記体なんてずいぶんと久々に見たがな。」
「そんなことが書いてあったのか。」
「まあな。それよりずいぶんと嫁さんを待たせているようだが?」
「おっと、俺はこれで。」
「あぁ、存分に楽しんで来い。」
ユイは片手をあげて簡単に応じると会場に戻った。
会場に戻ると男たちが妖夢の周りを囲っていた。
英語で何かを話しかけているが言葉の違う妖夢には一切理解できていない。
『おい、俺の妻に何か用か?』
ユイが男たちに話しかけた。
『お前には関係ないだろ、ジャップ。』
「あぁ?」
ユイは眉を吊り上げた。
それだけで周りの人間がシンと静まり返る。
"Get out."
爆発しそうな怒りをこらえながらユイはそれだけを口にした。
押しつぶされそうな威圧感に男たちはただ下がるしかなかった。
「ユイさん?」
「気にすんな。」
「…分かりました。今日は思いっきり楽しみましょうね?」
妖夢は優し気な笑みを浮かべた。
その笑みにつられてユイも破顔する。
「いつまでも怒ってても疲れるだけか。」
「えぇ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「ユイさん、踊りませんか?」
「踊る?」
「えぇ、音楽に合わせて。」
「残念ながら俺は踊ったことがないんだが…」
「大丈夫ですよ。私もですから。」
けろりとそういった妖夢にユイは唖然とした。
「"Trying something."ですよ?」
きょとんとした表情をしていたユイだがやがて顔を押さえて笑いを押し殺しはじめた。
「一本取られたな、ダンスフロアにでも行くか。」
ユイは妖夢に手を差し出した。
「エスコートっていうらしいな。」
「えぇ、ぜひお願いします。」
妖夢は微笑むとユイの手を取った。




