依頼
ユイは「Splited Coffin」の通路を走っていた。
傍らをクルが走る。
「勘弁してくれ! ここの情報はバレてない筈じゃなかったのか!?」
「内密者だ。放っておいて泳がせていたのだがここまで来たとは…」
「ふざけんなよお前! 何が楽しくて新婚旅行中にヤクザな暴動に巻き込まれなきゃならねーんだ!」
スタンガンを手にかかってきたギャングを蹴り飛ばすとユイは素早く頭を掴んで握り潰した。
「おまけにこいつら、変に肝が据わってやがる!」
「奴らはテロリストの一種だ。下手に死を恐れない分余計に質が悪いだろうな。」
「ったく、いい趣味してんぜ! 何が楽しくてこの世界に入り込んだのやら! お前らしくもないな!」
「自覚はあるさ。」
ユイはそれには返事をせず魔法陣から陰と陽を取り出す。
「仕事だ。悪いが今回は昔の悪友の尻拭いだ。」
「なんで俺達が…」
「ごたごた言うな。俺も同じ気分なんだから。」
二振りを何とかなだめるとユイはクルに向き直った。
「で用意周到なお前の事だから既にそいつらの拠点も把握してるだろ。早く行こうぜ。」
「あぁ、そうだな。」
そういってクルはワッペンを取り出した。
「カエルの紋章。連中、フロックスの奴らだ。」
「それを言うならフロッグだろ。」
「どちらにせよ既に奴らの情報は握っている。そこを攻略してきてくれないか?」
クルはユイに装着型の無線機を渡した。
「何だこれは?」
「通信機だ。見取り図を見せている余裕はないから私が指示を出す。そこにいるボスを片付けてここへの襲撃をやめさせろ。」
「軽く言うじゃねえか。まあ、お前の事だから裏で糸を引くのは得意分野だろ? どうせなら操って見せてくれよ。」
そういうとユイは耳に通信機をねじ込んで駆け出した。
『ユイ、そこを右に曲がってくれ。』
「うおっ! 声が聞こえるのか!?」
『それを知らずに何故耳に突っ込んだんだ…』
「さぁ? で、右だったか?』
『そうだ、お前のいる位置は私が逐一把握している。安心して私の指示に従ってくれ。』
「了解! 後できっちり報酬は払ってもらうぜ!」
『そうだな。お前の妻の為にロスで一番のレストランでも予約しておこうか。』
「そいつはいいな! で、こっからどうすればいい?」
ユイは大通りを見回した。
『トーランス大通りか。そこを右に行けば交差点がある筈だ。そこまで言ったらそこを左に曲がってくれ。クレンジャー大通りになる筈だ。』
「了解! ちなみに敵さんの拠点は何処にあるんだ?」
『ガーデナにあるハスラーカジノの地下を連中は根城にしている。カジノとは所謂賭博場だ。金が頻繁に動くところを根城にしているからかなりの財力を持っているぞ。』
「ほう、それはお誂え向きだな! で、どっちの方角だ?」
『大まかに北東だな。』
「それだけ聞けば十分だ。」
『そこの通りを少し南下するとガソリンスタンドがある。そこに車を手配してあるから使ってもいいぞ。』
「いいや、方向さえ分かればどうという事はない。」
『言っておくが距離は6.4マイルだぞ。普通に向かっても2時間はかかる。』
「だから普通じゃないんだろ?」
『…?』
「おいおい。鈍くなったな、クル。屋根を伝っていけばほとんど直線だろ?」
『なるほどな…まったく、お前らしい…』
クルは苦笑すると指示を出した。
『なら微調整は私がしよう。しばらくはそのままで構わないぞ。』
それから1時間程で、ユイは目的地にたどり着いていた。
「ここが例の場所か?」
『そこね。後ユイ、地下に入ると私は指示が出来ない。精々頑張ってボスを倒してくることね。』
「あいあいさー。」
ユイは気軽な様子でカジノの入り口に向かった。
"少し失礼、お金は持ってますか?"
ドアマンがユイを止める。
"そうだな、持ってはいないがちょいとここの地下に用事がある。"
"…どうぞ。"
案外あっさりとユイはカジノの中に通された。
派手な会場を抜けて地下への階段を見つけたユイは階段を下りだした。
地下7階を指し示す看板がユイの目に留まったとき、ユイは剣を構えた。
踊り場にワンピースに身を包んだ女性が立っていた。
"落ち着いて、私は話し合いに来ました。"
"こんなアンダーグラウンドに呼んでか?"
"このカジノは地下10階まであります。これから出向くところでした。"
その言葉にユイはひとまず剣を階段に突き立てた。
亀裂一つなく剣が差し込まれる。
"あんたが武器を持っていないことを証明してもらおうか。"
"フロックコートを羽織っていないことで信用してもらえませんか?"
"生憎と俺はそんなハイカラな人間ではないもんでな。"
それを聞くと女はやや残念そうな表情をすると体を揺すった。
布のこすれる音が静かな階段に響く。
"これでいいですか?"
"ひとまず信用してやるよ。"
"そちらの武器はその剣だけですか?"
"イグザクトリー。"
ユイはその場に座り込んだ。
"「割れた棺桶(Splited Coffin)」の…なんつったかな? 雇われだ。名前はユイ。"
"私はジェシカ。フロックスのボスをしています。"
"驚いたな。クルといいギャングのボスは女が多いのか?"
"そちらのボスが女性であることは初めて知りましたがおそらくアメリカでもそんなにいる物ではないでしょう。"
"ほー。で、話し合いに来たようだが何の用だ?"
"「割れた棺桶」に攻め込んでいるメンバーを殲滅してください。"
ジェシカの言葉にユイは目を見開く。
"恥ずかしながら、私は父からギャングのボスを継いだのです。その所為でフロックスは2つの派閥に分かれてしまいました。"
"なるほど、お前さんの派閥と親父を支持する派閥か。"
"その通り。そして今回そちらに襲撃を掛けたのは私の父の派閥です。"
"ふーむ…おおよその事態は把握した。"
ユイは顎に手を当てた。
"だがこちらがその用件を了承したとしてお前さんは何を対価に払うつもりだ?"
"私達フロックス全てをそちらに譲ります。"
ジェシカはあっさりと言い放った。
"驚いたな。本当にそれでいいのか?"
"元々私も望んで手に入れた訳ではありません。"
"なるほど、足を洗うってことか。"
"その通り。ですが部下を放って自分だけ逃げる訳にもいきません。そこで「割れた棺桶」の配下に入ることを提案した結果反発した彼らが攻め込んだ次第です。"
"つまるところ連中は殺しても問題ないと?"
"はい、降伏してもいつかは牙を剥きます。"
"なるほどな。お前さんの言いたいことはよく分かった。"
ユイは立ち上がると剣を引き抜き、鞘に収めた。
"悪くない話し合いだったな。ボスに伝えておこう。"
"えぇ、一刻も早く。"
"言われずとも。"
ユイは階段を駆け上り始めた。
「全く、どいつもこいつも人使いの荒い奴らだ。」
ぐちぐちと言いながら地上に出たユイは通信機に話しかけた。
「クル、いるか?」
『聞こえているぞ。ボスは仕留めたのか?』
「2つ報告。ひとつ目にそこに攻め込んでるフロックスの奴らは全員ぶっ殺していいらしい。フロックスのボスから許可をもらった。」
『嫌な予感がするなもうひとつはなんだ?』
「フロックスが合併を申し出てきた。」
通信機の向こうでクルがうめき声をあげた。
『これ以上はもう本部に入りきらないぞ。』
「ハスラーカジノには地下10階まであったぞ。そこを使ったらどうだ?」
『丁度ここも手狭になってきたところだ。ぜひそちらを使わせてもらおう。』
そこで通信が終わった。
「やれやれ、これでひと段落ってとこか?」
ユイは顔を上げると晴れ上がったロサンゼルスの空を仰いだ。




