凶行
「素敵なお庭でしたね~」
妖夢は満面の笑みで、ユイに話しかけていた。
「お、おう。そうだな…俺は針の筵に座らされているような気分だったぞ…」
対するユイはげっそりとした顔で妖夢の話を聞いている。
ロサンゼルスのホテル。
ほとんどが満員の中奇跡的に取れたスイートルームである。
妖夢が庭とキラキラとした目で見ていた中、ユイは周りの男性陣から刺すような視線を受けていた。
それも、妖夢が長時間に渡って庭を鑑賞していたためその視線はより多くの人間から飛んできていたのである。
「まあお前さんが楽しめたのなら何よりだ。」
ユイはそういって頭を掻く。
妖夢はその様子をみて自分が楽しんでいる間、ユイがどんな状況なのかを察してしまった。
「なんか…ごめんなさい。」
「まあいいさ。旅行なんだから楽しんだもの勝ちだ。」
そう言ってユイは妖夢の頭を撫でた。
「ところで、ホテルだっけか? ここでは飯が出ない様に頼んじまったから外に外食でも行こうぜ。」
「そうですね! そうしましょう! 現地の食事、ワクワクしますね!」
「随分とご機嫌だな。」
「機嫌のいい私は嫌いですか?」
「阿保抜かせ。何が楽しくてむすっとした顔した奴と新婚旅行なんか行きたがるんだ。」
そういってユイはホテルの扉を開けた。
「夜の街も活気がありますね~」
妖夢は興味深そうにあたりをキョロキョロ見回す。
「そもそも、幻想郷では夜は真っ暗だからな。暗視でも持ってるような奴らは話が別かもしれないがな。」
「そうですね。それでも、こんな光景を見てると少し気分も上がってきますね!」
「まあ、そうだな。幻想郷に帰ってきた時にここの土地柄に染まっていないことを願うばかりだ…」
「そんなことにはなりませんよ?」
「それもそうか…な?」
「『な?』とは何ですか!」
妖夢は頬を膨らませる。
「まあそう怒るなよ…ちょっとした冗談だ。」
ユイはふと目をあげると一軒の店を指さした。
「あそこで食べないか? どうも外の世界の居酒屋っぽいな。」
「居酒屋ですか? とてもそうは見えませんが…」
「まあまあ、ここは外の世界だし。何より使っている言語が違うからな。恐らく俺らには想像もできない程離れた土地ならこんな居酒屋があっても不思議じゃあるまい。」
「出ましたね。最近は鳴りを潜めたユイさんの変なしゃべり方。」
「変なのか? むう、日本語ももう少し勉強する必要がありそうだな。」
「そもそもユイさんは竜人の里で何の言葉を使っていたんですか?」
「そうだな。基本的には竜人の言葉を使っていたが、戦争中だったからな。交渉の為の中国語も話せるぞ。それから、勉強の為に海を渡ってきた奴から多少の日本語を、砂漠を越えてきた奴からはアラビア語も少々。他には…」
「もういいです! 結構話せるんですね。色んな言葉。」
「まあ、学習しといて損はない。基本的な文法さえ押さえていれば後はお茶の子さいさい。文字はいちいち勉強する必要もないからな。」
「能力の無駄使いですね…」
「効率的と言ってほしいもんだ。」
そんなことを良いながらユイは扉を開ける。
"2人ですか?"
"あぁ、出来ればテーブル席をお願いしたい。"
"こちらへどうぞ。"
そう言って店員は2人を窓側のテーブルに案内した。
ロサンゼルスの街灯が2人に降りかかる。
「やっぱりユイさんは何でもできますね…」
「別に何でもは出来ないさ。武器を扱う事と多少の言語を話すこと。兵法はさっぱりだ。」
「そうでしたか。戦争と言ったらやはり兵法ですからね。」
「そう言うこった。だから俺はあの集落にいたころは強力な奴らを育てるために四苦八苦したもんさ。」
「兵法が駄目なのにですか?」
「駄目だからこそさ。味方としても強力な手駒がいた方が物事を動かしやすいからな。それで、今回紫さんに依頼されたのも兵法に通じる奴さ。」
「そう言えば依頼を受けたんですよね。その人を仲間にしろって。」
「あいつは癖があるぞ。一を問えば千を返す。下手をすれば紫以上の頭のキレを誇る。」
「博識なんですね…」
「それが齧った知識ならどれほど良かったことか…あいつの頭はすべての謎の答えを自分の頭だけではじき出す。」
そこまで言ったところでユイは店員を呼び止めた。
"ちょっといいかい? ジャックダニエルを2つ。それからチップスセットを同じく2つ頼むよ。"
そういってユイはポケットから軽く札を見せる。
店員はそれを見ると軽く頭を下げた。
"少々お待ちください。"
"ちゃんとしたものを持ってきたらもう少しだけ払ってもいいかもな。"
"かしこまりました。最高の物を持ってきます。"
そういってにやりと笑みを浮かべると店員は厨房に消えていった。
「…ユイさん。何か悪いことを企んでませんよね?」
「チップっていうここの文化だってさ。店員におもてなしをしてもらった時に少し払うのが良いんだとか。」
「何処でそんな知識を…」
「姐さんは世渡り上手だな。」
「ハルヴィアさんは人生経験が豊富なようで…」
そんな会話をしていると店員がトレーを手にやってきた。
"サンキュー、お会計の時でいいかな?"
"勿論です。どうぞゆっくりとお楽しみください。"
そういって店員は去っていった。
「うんうん。愛想のいい店員は嫌いじゃないぜ。」
「なんか、ユイさんの方が染まってそうですね…」
「確かに空気は肌にあってるな。でも幻想郷の緩い空気の方が俺は好きだな。だらだらしてても誰にも殺されない。」
「あなたは物騒過ぎる世の中を生きぬいてきたようで…」
「おかげさまで弟子も俺を卒業したしな。」
「弟子?」
「お前さん以外に俺は弟子を取った覚えはないんだがなぁ…」
「え? バルトさんとかは…」
「ありゃ部下だ。俺が私的に教えたのはお前さんが初だな。」
「訓練したのならその時の竜人のお仲間さんも…」
「望んで来た奴はいなかったよ。訓練後はよく絡んでくれたが訓練中は化け物でも見る様な目で見られたな。」
そういってユイはけらけらと笑う。
「つまるところ、俺の弟子は今んとこお前さんだけだな。」
「じゃあ最初の卒業生ですね?」
「そう言うことだな。」
そういって会話をしながら2人はゆっくりとテーブル上の食事を減らしていった。
「酒の肴を頼んだだけだが結構量が多いな。」
グラスを傾けながらユイがぼやく。
「私も…もうお腹いっぱいですよ。」
「そりゃあな。そろそろ帰るか?」
「いえ…全部食べてから…」
妖夢がそこまで言ったときだった。
ユイの後ろにいた男がが勢いよく立ち上がると銃を構えた。
"我らの主よ! 救いを!"
銃口がユイたちの席に向いた。
「こりゃマズいな。」
そんなことを言いつつもユイの口調には焦りという物が感じられない。
「妖夢、あれは銃弾が連射される種類だ。お前はいくらまで斬れる?」
「…5発くらいでしょうか?」
「そうか。」
そんな会話をしていた瞬間、銃が火を噴いた。
瞬間的にユイは文字を書いて防御する。
「…なんというか。俺も舐められたモンだな。」
ユイはゆっくりと立ち上がる。
"お前、何してるんだ?"
"我らの主に救いを求めたまでだ!"
ユイはそれを聞くとため息を吐いた。
"救いを求めるのは勝手だ。だがそれに人を巻き込むんじゃねぇ。"
そういってユイは座席から蹴りを放つ。
反射的に男は銃で防ぐがユイの足は銃を真っ二つにして男を吹っ飛ばした。
ガラスが派手な音を立てて割れる。
それに続いてユイも外に飛び出し転がった男を確保する。
"おい、警察を呼んでくれ。"
"…はい! 分かりました!"
我に返った店員の1人が電話を掛ける。
ユイは男を縄で縛りあげると店の中に担ぎこんだ。
"ここのリーダーに会いたい。"
"リーダー、ですか?"
"俺達は知られるわけにはいかない人間だ。だから…"
そこまで言ったところで大体の意味を察したのか店員は頷いた。
"ではリーダーにそのことを伝えておきます。"
"助かるよ。"
ユイは札を何枚か無造作に渡す。
"悪いね。"
"ご心配なさらず。"
テーブルまで戻るとユイは妖夢の手を取った。
「戻るぞ。さっきの奴らには口止めを頼んどいた。」
「料金は…」
「渡した中からいくら食事代を見繕うのかはあいつら次第だな。」
2人は店を出た。
近くに落ちていた銃を拾うとこっそりと魔法陣の中に放り込む。
「全く、災難だな。」
「とてもそうは見えませんが…」
「本来は目立たずに隠密であいつをみつける必要があった。あの狂人の所為ですべてが水の泡だ。」
そういってユイは不満そうにホテルを目指す。
「失礼、ユイ殿とお見受けしましたが。」
次の瞬間、ユイの衝撃と共に目の前が真っ暗になった。
「ユイさん!」
妖夢が駆け寄ろうとしたが同じように倒れ込む。
2人の後ろにはフードを被った男たちがスタンガンを手に立っていた。




