有給休暇と痴話喧嘩
祝言を挙げて3日目になるユイは拗ねた妖夢を必死になだめていた。
「なんで異変の時にフランさんを抱きしめてたんですか? 創筆さんから聞きましたよ?」
「いや、あれは能力の封印の為だ。文字を書き込もうとしたら暴れたもんだからな。」
「そんなもので信用するとでも?」
「いや、それが事実だからしょうがないだろ。」
ユイは困ったように頭を掻く。
とその時、ユイの後ろで隙間が開いた。
「あら、朝から夫婦漫才かしら?」
「な訳あるか。」
紫の言葉をぴしゃりと跳ね除ける。
「酷いわね。それが雇い主への態度かしら?」
「ひでぇ奴だな。寝起き1番に部下をこき使う奴がこの世にいるか?」
しばらく2人のにらみ合いが続く。
「はぁ~そういう事言っちゃうのね。」
「なんだよ?」
「ちょっとした有給休暇を上げようかと思ったんだけど。」
「有給休暇ってなんだ?」
「働く者へのお休みの権利よ。」
「お前の式神にそんなものは付いてないだろうよ。」
「アレは私の物だもの。」
身内のブラックをいともたやすく暴露する紫。
そこに悪びれた様子は微塵もうかがえなかった。
ユイは呆れたように額に手をやる。
「まぁもらえるならもらっとこうか、その有給休暇って奴を。」
「あら、上司に反抗するような部下がそんなものをもらえるとでも?」
「今すぐにでもあんたのほっそい首叩き落としてもいいんだぞ?」
「あら怖い。」
紫はけらけらと笑いながらユイに1枚の写真を投げた。
「出来れば有給休暇中にそのお友達を仲間に入れてほしいのだけど。」
ユイは地面に落ちた写真を見ると顔色を変えた。
「…こいつは死んだはずだ。」
「ところが残念。あなたが捕まった後に生き延びたらしいわよ。なんて言っても準七賢人だものねぇ。」
「はん! お前さんからすれば俺の情報ももうちょい詳しく知れたってところか?」
「えぇ、あなたが準七賢人だったのはちょっと意外だったわ。」
「えぇ!?」
紫の言葉に驚いたのは妖夢だった。
「ユイさんは七賢人じゃなかったんですか?」
「えぇそうよ。七賢人見習い、『準七賢人』で後に第二賢人になるようだったわね。」
「とはいっても俺が七賢人にさせられる3日前にあの野郎がいろいろやらかしたからな。」
「どうして七賢人を名乗っていたのかしら?」
「名乗った覚えはねぇよ。俺は竜人ユイ、七賢人ユイといった覚えはねぇ。」
「あら、物は言いようね。」
「屁理屈の塊には言われたかねぇな。」
再び2人は睨みあう。
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。」
妖夢は2人の間に割って入った。
その様子にユイは少し驚いたような表情をする。
「珍しいな。」
「何がですか?」
「お前さんの事だからもうちょいおろおろするかと思ってたんだが。」
「もう慣れたものです。」
「強者感がましたわね。」
紫も感心したように口を覆う。
「そんなに驚くことですか?」
その台詞に紫はため息を吐くと額に手を当てた。
「まあいいわ。明後日に出立するから準備しなさい。」
「まった。…あいつは何処にいるんだ?」
紫は扇子で口元を隠すと目を細めた。
「それは…行ってからのお楽しみってことで。」
紫は隙間の中に消えていった。
「まったく…で、どうする? 行き先すらも不明の新婚旅行だが。」
「行きましょうよ。祝言も挙げたことですし…でもユイさん。お話はまだたっぷり聞かせてもらいますからね?」
妖夢の目が鋭くなる。
「やれやれ…前門の虎後門の狼ってか?」
ユイは疲れた様なため息を吐いた。
それから妖夢の誤解が溶けたのは1時間後である。




