彼岸の思い
ユイは彼岸で剣を2振り抱えて座り込んでいた。
のんびりとした様子で対岸を眺めているとユイの後ろから小石を踏む音が聞こえた。
「…ユイさん? ここに呼び出して何かありましたか?」
魂魄 妖夢は白髪を撫で付けながら想い人の名を呼ぶ。
「…ん、来たか。」
妖夢の質問には答えずユイはゆっくりと立ち上がる。
「妖夢、俺が稽古をつけてから随分と成長したな。」
対岸を眺めたままユイは言葉を紡ぐ。
「はい、ユイさんのおかげで随分と。」
「だがお前さんはまだ足りないと思っている。」
「…かもしれませんね。」
妖夢はやや顔を赤らめて答えた。
「正直に言おうか。俺は技術こそ与えていないがお前さんに教えることはすべて教え込んだつもりだ。」
「…白玉楼を、去るんですか?」
「いや、白玉楼にはもうしばらく世話になる。」
「だったらどうして――」
そこまで言ったところで妖夢は息を詰まらせる。
ユイが殺気を放っていた。
妖夢は思わず一歩後退る。
「逃げるな魂魄 妖夢。」
初めてユイは振り返った。
その顔にはいくつもの傷跡が刻まれている。
「ユイさん、その顔は――」
「これが俺の本当の顔だ。傷こそいつでも治せるが数多の戦場を駆けた竜人は尊敬に値する者から受けた傷を決して忘れない。その傷をすべて思い出し、再現した。
今お前にこの顔を見せているのは最後の稽古をするに値すると俺が認めたからだ。だから、魂魄 妖夢――」
ユイが乱暴に鞘を振り払う。
「師弟として、稽古を始めよう。」
反射的に妖夢は蒼い刀を引き抜いた。
火花が彼岸に飛び散る。
「ユイさん――!」
「言葉を発するな! 己の剣にのみ集中しろ!」
いつになく鋭い声が妖夢を抉る。
妖夢は気を引き締めると白楼剣を引き抜いて戦闘態勢に入る。
「真実は――斬れば分かる!」
剣を構えると妖夢はユイに向かって刃を繰り出し始めた。
十合程打ち合いながら妖夢は淡々とユイの急所を狙い続けた。
その度にユイはそれを薙ぎ払い妖夢の裏を取って攻撃を仕掛ける。
しかし、その場に妖夢は居らず腕を狙って鋭い斬撃が放たれる。
ユイは跳んで空中で身を捻ると着地と共に一瞬で距離を詰める。
妖夢は慌てずに最初の攻撃だけを躱すと二撃目以降を全て受け流しカウンターを放つ。
それをユイは弾き上げながら攻撃を加速させた。
応酬が四十合繰り返される。
不意にユイが距離を置く。
妖夢は追撃するような真似をせずに剣を構え直した。
「…強くなったじゃねぇか。」
「…おかげ様で。」
「謙遜するな。その強さはお前さん自身が勝ち取ったものだ。」
「…?」
「理解できないって顔してるな。別に理解しろとは言わねぇよ。」
ユイはそういって微笑んだ。
「弾幕解除、持てるすべてを持って俺を倒してみろ。」
妖夢は眼を細めると10歩ある距離を一呼吸でユイとの距離を半歩まで狭めた。
ユイは攻撃を弾き上げると残身を取った。
「《剣伎――「桜花閃々」》!」
何処からともなく桜が吹き荒れる。
ユイはそれを笑って待ち構えていた。
桜の中を妖夢は疾走する。
ユイはその軌道を目で追っていた。
「ッ!」
刹那の隙を見計らって妖夢が飛びかかる。
「龍闘術『暴爆』。」
ユイの周りに爆風が吹き荒れる。
桜は吹き散らされ光と共に焼失した。
妖夢も吹き飛ばされたが素早く地上で体勢を立て直し、剣を構えなおす。
「遅いな。相変わらず。」
妖夢の後ろにユイが剣を構えて立っていた。
反射的に妖夢は上体を屈めて斬撃を躱すとユイの腹部に蹴りを叩き込んだ。
竜の鱗が衝撃を防ぐ。
妖夢は素早く体を反転させるとユイの顎を目掛けて刃を持ち上げる。
ユイは頭を軽く上げただけでそれを躱すと2振りの剣を同時に妖夢に叩き込んだ。
その暴撃を妖夢は受け流す。
ユイは笑って一度距離を取る。
刹那、妖夢はユイの後ろに回り込み首を狙って剣を振るっていた。
落ち着いた様子でユイは腕を上げて斬撃を防ぐ。
「《人智剣「天女返し」》!」
円を描きながら弾幕が展開される。
「やっと弾幕らしいもの撃ってくれたじゃねえか。」
ユイは笑うと襲い掛かる弾幕を片っ端から斬り始めた。
めまぐるしい速度で状況は変わる。
斬撃を交わしあったと思うと弾幕戦に、弾幕が消えるよりも早く剣の打ち合いに。
妖夢は鋭い表情で、ユイは笑いながら戦闘が過ぎて行った。
斬撃が空中で衝突する。
その消滅よりも早く2人は接近して剣を切り結ぶ。
妖夢の心流をユイの太極が弾き上げ、ユイの白金を妖夢の白楼剣が受け止める。
刹那、妖夢は心流を手放して腰に手をやる。
ユイが素早く距離を取るがそれよりも早く妖夢は3つ目の剣を抜刀する。
妖夢の姿がユイの後ろに現れる。
「魂魄 妖夢――」
妖夢の頭にポンと手が置かれる。
「よく頑張ったな。」
「えっ?」
振り返るとケロリとした表情のユイが笑いながら妖夢の頭を撫でていた。
その顔に傷はない。
妖夢の見慣れたユイだった。
「でもユイさん…」
「斬られたな。でも俺の能力を忘れてもらっちゃ困る。」
「…実戦だったら、私は死んでましたね。」
「あぁ、ただし1度だけな。」
「さっきのですか?」
「そうだ。正直なところをいうと能力を使おうか考える程度には余裕がなかった。」
だから、とユイは言葉を続ける。
「誇っていいぜ。お前は戦闘という括りで見れば博麗の巫女以上の実力者だ。」
「ユイさんには届きますか?」
「さぁ? お前さんの努力次第だな。」
「そこは届くって言ってくださいよ。」
「お生憎、俺はまだまだ上にいるぜ。」
「でも私はそこに近づけたんですよね?」
「あぁ、確実にな。」
そういってユイは妖夢を抱きしめた。
「ユイさん!?」
「あまり恋人らしいこと出来なかったろ?」
「…そんなこと…そんなことして頂かなくても私は幸せですよ。」
「傍にいるだけでって奴か?」
「そういう感じです。」
「ズルい奴だ。」
そういってユイは笑う。
「俺は欲張りだからそういう気持ちは分からないな。」
「分からないんですか?」
「あぁ分からない。」
ユイはより一層妖夢を強く抱きしめた。
「だから、俺と結婚してくれ。」




