氷結と豪熱
「《華符「芳華絢爛」》!」
虹の米弾が渦を巻きながらユイに襲い掛かる。
細い隙間をユイは身軽に通って距離を詰める。
「まずは一手詰み。」
そういってユイは美鈴の目の前に出現した。
「なッ!?」
美鈴は驚きつつも手の甲を上に持ち上げユイの顎を狙う。
ユイは一歩下がると拳を構えた。
「お前さんとは1回戦ってみたかったんだよな。弾幕と肉弾戦、どっちもこなせる数少ない実働部隊ってな。」
繰り出される攻撃を捌きながらユイは語り掛ける。
その中でもいくつがの攻撃が特別重いことにユイは気が付いた。
「なるほどね。何か使えるってことか。」
美鈴はそれには答えず一層攻撃の速度を上げた。
「少しは話の相手をしてくれてもいいんじゃないか? よく言うだろ。老輩の話はしっかり聞けってな。」
「あなたの攻撃が苛烈過ぎるんですよ!」
確かにユイは美鈴以上の手数で攻撃を繰り出している。
それも、美鈴が1発攻撃をするたびにユイは2発攻撃を繰り出しているのだ。
それで会話をしろという方が無理な話だろう。
そんな化け物じみた、というより化け物であるユイを倒すことが出来ぬまま美鈴はユイの拳をもろに喰らいノックアウトされた。
「…なんというか、人型での肉弾戦は本当に久しぶりだったな。」
「というより目覚めてからだったら初めてじゃないか?」
拳を握ったり開いたりしながらユイが呟くと陽が横から口を挟む。
「そうだったかもしれないな。んじゃ、今度はお前らにも出番がある様にしてやるよ。」
その時、ユイの目の前にナイフが出現した。
刃は確実にユイの眉間を狙い、ゼロ距離と言っても差し支えのない間には殺意が満ち溢れていた。
「ッ!?」
反射的に上体を捻って顔すれすれでナイフを回避する。
「陰、陽!」
「分からない! 一瞬だ! 何処からともなく現れた!」
陰が鞘から叫ぶ。
「だとすると今回の敵、ちょっぴり厄介過ぎねえか?」
流石に青褪めたユイは反射的に「守護」の竜人文字を展開する。
そこに当たったのは無数のナイフだ。
「くそ! またかよ! 一切の隙もねえし敵の姿も一切見えねぇ!」
「どうも相当の強敵だな。」
陰と陽が独りでに鞘から抜け、人の姿を取る。
ユイは魔法陣から新たに「黄金」と「白銀」を呼び出すと抜き身の状態で構えた。
「一切の間のないナイフ、突如現れる感知できないナイフ、姿の見えない敵…」
ユイは頭の中である結論を出した。
「恐らく相手は何か俺たちの認識できないやり方で攻撃をしている! ナイフが飛んで来たら飛んで来た方向だけじゃなく全域を警戒しろ!」
「つまりどういうことだ!?」
「恐らく相手の能力は『認識できなくさせる程度の能力』、あるいはそれに準ずる能力だ! 地底のあの無意識娘が一番近い!」
ユイは自らの付喪神に相手の推測を語った。
「残念、それは外れよ。」
そこには白髪のメイドが立っていた。
「紅魔館のメイド長をさせていただいています。十六夜 咲夜といいます。」
まるでマニュアル通りの様な挨拶の仕方で咲夜、と名乗る人物は頭を下げた。
今まで一切の気配を感じることが出来なかった3人は各々臨戦態勢に入る。
しかし咲夜は周りの様子を一切気にすることなく滔々と語り始める。
「そこの鋭い人が惜しいところまで当てたから説明すると私の能力は『時を止める程度の能力』。確かに認識は出来ないわね。
でも、そもそもの前提が崩れたらっていう考えはなかった? 『時間は常に流れ続ける』っていう前提が。」
そういうと咲夜はポケットに入っていた懐中時計を取り出すと、3人に向けて蓋を開けた。
時が氷結し、咲夜の姿が消える。
「ッ!?そこだッ!」
陰は後ろに気配を感じて剣を振るう。
「おい馬鹿野郎ッ! 斬り殺す気か!?」
しかし、そこに立っていたのは片割れである陽だった。
「なッ!?」
陽は慌てて流しの構えを取って陰の攻撃を凌ぐ。
「なるほどね。これが『時を止める程度の能力』か…」
ユイはしばらくの間黙考すると顔を上げた。
いつの間にか咲夜は最初に現れた場所でただ瀟洒にほほ笑んでいた。
「よし陰、陽。お前らは戻ってろ。」
そういうと魔法陣を2人の足元に展開して落とす形で2人を収納した。
「まずは1つ。お前の能力は複数戦闘、個人戦闘共に脅威だ。だからこそ、俺は俺の信じられる俺のみで戦う。」
そういうとユイは剣を混淆させた。
合金の冷たさが刃に輝く。
『鉱龍剣 白金』は冷たい気配で咲夜の首元を見つめていた。
「さて、ぼちぼち俺も戦闘を始めるか。妖夢の修行の所為か如何せん遊びになってしまうのはもはや悪い癖だな。少し切り替えをしっかりしないと。
って事で少しコイツにも慣れないとな。行くぞ、白金。」
「了解!」
そこまで独白するとユイは白金を片手に咲夜に突っ込んだ。
「時は停止する。」
咲夜は落ち着いた様子で懐中時計のふたを開いた。
時が静止し、ふと顔を上げた咲夜はぞっとした。
目の前にはユイの姿。
それも限りなくゆっくりとだが咲夜に向かってきている。
「時を止める程度の能力」といっても実際に時が止まるわけではない。
咲夜の感覚だけを異常なまでに加速させた状態で、その中を動くことが出来る。
それがさながら0秒の間に起こったように見えているというのが絡繰りだ。
そんな超低速の世界でユイは動いていた。
(速いッ!)
遅い動きとは対照の感想を抱き、咲夜はナイフを設置してその場から退避する。
「時は再び動き出す。」
流れが元に戻りナイフは加速を開始する。
「ッ!」
ユイは反射的に白金を振るいナイフを叩き落とす。
その勢いを地面に叩き込み、ユイは上昇する。
気が付けば咲夜はユイの動きを呆然とした表情で見ていた。
「さて、残念ながら俺は優しい男とは正直言い難い。殺している時点であれだからな。という訳で遠慮なくお前さんは肉塊にでもなってくれ。」
そういってユイは空中で白金を無造作に上段に構える。
「竜人流剣術、『銘刻』。」
次の瞬間、紅魔館の屋根以上に高い土埃が庭園に出現した。
「…咲夜、何をしているのかしら?」
空にいたのは日傘をさした紅魔館の主だ。
「申し訳ありません、お嬢様。」
ユイは爆心地から数メートル離れたところで防御の構えを取っていた。
(やっぱりとんでもねぇ奴だ。『龍闘術』は不幸を呼ぶなんて話がよくあるがあまり間違いじゃないな。)
そういうとユイは地面にささった白金を引き抜き、投げた。
土煙から突如として飛び出してきた剣はレミリアに向かって真っすぐに向かってきた。
レミリアはそれを一瞥もせずやや体を後ろに傾けただけで躱しきった。
「出てきなさい、竜人ユイ。それとも出来ないのかしら?」
余裕の表情でレミリアは土煙を見据える。
「もし俺がお前さんなら後ろに気を付けるな。」
土煙の中から声だけが響く。
「はぁぁぁぁぁ!」
レミリアの後ろから突っ込んできたのは飛ばされた白金だ。
己の分身である剣を手にレミリアの背中を狙う。
「お嬢様!」
「気にしないで、咲夜。」
レミリアは動くようなこともせずただ、白金に貫かれた。
淡い桃色の服が鮮血で紅に染まる。
「殺せるとでも…思ったのかしら? 銀でもない武器で。」
レミリアは痛がるそぶりを見せずに後ろから刺された体勢のまま手のひらを白金に向ける。
「目には目を…歯には歯を…武器には武器を。《神槍「スピア・ザ・グングニル」》」
赤い光で形成された槍が白金に向かって放たれる。
「ッ!」
白金は肉体を消すとレミリアの体から己の剣を引き抜いた。
「あ、危なかった…」
ユイの傍で再び人体を現した白金は警戒したようにレミリアを睨みつける。
「ふふふ…それが銀なら殺せる可能性も高かったのにね。」
流れる血も気にせずにレミリアはユイを見据えて笑う。
くるりと正面に向き直った体には先の穴が塞がりかけていた。
「あら、その剣は少し銀が混じっているのね。でも、純銀じゃないと私は殺せない。咲夜、手伝ってちょうだい。こんなにも陽が照る日でも、いつかは夜が来るのだから。」




